別府温泉3
マイコは北海道でノゾミの不倫を止めてから、関東に戻っていた。
妊娠8カ月目というこもあり、家で安静にしていた。
そこでふとネットサーフィンしながらSNSを見ていた。
知人の楽しそうな写真にナイスボタンを押していた。
ナイスボタンを押すと、こっちもなんだか楽しくなるのだ。
同じナイスボタンを押した人たちと、楽しい気持ちを共有した気分になるし。
ナイスボタンを押された人も喜ぶ。
人を喜ばすのは良い気分だった。
そして気づく・・・・
(あれ、この写真・・・)
マイコが見たのはノゾミのページだ。
定期的にノゾミのページをついつい見てしまうのだ。
もはや癖になっていた。
そのページに映し出されていた写真は・・・・温泉地の姿。
ノゾミと男の人が仲良く写った写真がUPされている。
後ろには温泉の湯気が沸き立っている。
写真に書かれたコメントには・・・・・
『別府温泉、地獄めぐり中~湯気があっついっ』
どうやらノゾミは、北九州、大分県の「別府温泉」にいるようだ。
温泉地の写真が何枚もUPされている。
しかしマイコは思ってしまう。
ノゾミと仲よさそうに写っているこの男性・・・・果たして・・・・独身者なのだろうか?
自分でも嫌になるが、もはや癖になってしまった思考。
ついついノゾミを疑ってしまうのだ。
しかしさすがに不倫相手にオホーツク海に落とされ、殺されそうになれば・・・
いくらノゾミでも変わると思っていた。
だがマイコは念のためUPされた写真を凝視する。
写真に写っている男性の左手を見ようとするが・・・
(くっ、見えない)
上手く隠されていた。
さすがに結婚指輪をした人との写真をUPしない程度には、ノゾミも自粛したのかもしれない。
マイコは少し安心した。
ノゾミは北国の事件で変わったのかもしれないと思ったのだ。
人の恋人、婚約者、既婚者には手を出さないようになったのかと。
だがしかし・・・・
何か得体の知れない感覚がマイコを揺り動かす。
女の感が働いたのだっ!
―――この2人・・・出来てる
マイコは何故か強く確信してしまった。
マイコはすぐさま行動に移る。
北国での一件でお世話になった探偵に連絡を入れる。
そしてノゾミと写真に写った男性の調査を依頼したのだった。
マイコは思う。
(間違いだったらいいのに・・・・そう、そうすれば安心できる)
(ノゾミだって変わるはずだから)
(ノゾミだってまっとうな恋が出来るはずだから)
それはマイコの偽らざる願いだった。
―――マイコは天に願ったのだった
◆
数週間後。
ノゾミは賢治と出来ていた。
つまり不倫していた。
今回ばかりは不倫はしない。
既婚者には手を出さないと心に決めていたノゾミ。
だが季節は冬。
九州とはいえ肌寒い季節。
そんな中、土地勘もなく、知人もいない場所にノゾミは飛ばされたのだ。
人肌が恋しくなるのは人の必然。
ノゾミの固い決心は、温泉に溶かされてしまったのだ。
人の心を溶かすのは、別府温泉の魔力だろうか。
きっかけはささいな事だった。
ノゾミは賢治の提案を受け、休日2人で温泉巡りをすることにした。
賢治はこの地に詳しいこともあり、色々面白い話をしながら説明してくれる。
特に、地元の人ならではの観光客の笑い話は、ノゾミの心に深く刺さった。
温泉地で気を抜く観光客は多いようで、随分おかしな人が多かったのだ。
北国ですさんだノゾミの心に必要なのは、ほっと一息つける、暖かい笑いだったのだ。
自分を一生懸命笑わせてくれる賢治。
自分のために尽くしてくれる彼の姿に、ノゾミはなんともいえない暖かさを感じたのだ。
湯気が立ち上り、ネオンが揺らめく温泉地特有の暖かい雰囲気。
酔った人が楽しそうに笑いあう、和やかな雰囲気。
まるで別世界のような非日常空間。
それらに後押しされたのかもしれない。
~~
オホーツク海に落とされたノゾミは、やはり傷ついていたのだ。
不倫相手とはいえ、まさか崖から海に落とされるとは思っていなかった。
北海道の病院に入院していた1週間。
さすがに自分の境遇をふりかえざるおえなかった。
ノゾミは、窓の外では雪が降る中考えた。
やはり、不倫はいけないことなのかもしれないと。
それは初めからわかっていた。
出来ることなら不倫はしたくなかった。
良い人とめぐり合いたかった。
だけど惹かれるのは他の人の者、他人の男ばかりだったのだ。
ついに独身者、フリーの人に惹かれることはなかった。
初めはこの癖も数年経てば変わると思っていた
でも・・・
数年経っても何も変わらなかった。
それよりもっと悪い。
結果は正反対。
友達の彼氏、友達の婚約者、そして既婚者とレベルアップしていったのだ。
だからノゾミは思った。
多分、この癖はずっと変わらないんだと。
勿論、自分が既婚者を選ぶ理由も悟っていた。
私は自分自身の判断に対して自信がないのだ。
だから誰かが選んだ人でないと安心できない。
心が休まらず不安を感じてしまう。
それに自分一人だけ損をしたくなかった。
選んだ男が悪かった場合、自分だけ傷つくのは嫌だった。
だから誰かが選んだ人を選んでしまう。
一緒に傷つく仲間が欲しかったから。
全ては・・・私自身に理由があった
私自身の弱さと自信のなさから来るものだった。
しかしノゾミは今では20代中盤に差し掛かろうとしている。
学生時代なら兎も角、20代の社会人ともなれば、価値観などそう簡単には変わらない。
自分自身の価値観を認めるしかないのだ。
だから思った。
多分、これからも不倫をし続けるんだろうと。
もしかしたら、良い人、運命の人に出会えるかもしれないけど・・・・
その確率は低いと思っていた。
それが現実的だと。
ノゾミはベッドの中でこう考えたのだった。
だけど・・・・こうして考えいると強く思う。
一人でベッドにいるのは寂しいと。
つらいと。
誰かと一緒に寝たかった。
横で穏やかな寝息を聞きたかったし、人の温かさを感じたかった。
触れられなくても良いから、誰かに近くにいて欲しかった。
別にそれは恋人でなくてもよかったのかもしれない。
自分の寂しさ、空虚さを埋めてくれる存在なら何でも。
こんなことを考えていると・・・誰かの暖かさを無性に欲しくなるのだ。
でもノゾミは決めた。
少しだけやってみよう。
せめて数ヶ月は一人で生きてみようと。
自分一人でも楽しく生きられるはずだと。
実際、この世には独身の女性で、楽しく生きている人も多くいるはずだと。
だから次の赴任地では一人で楽しく生きる。
それかもし寂しくなっても・・・独身の男の人と付き合おうと。
絶対に不倫はしないようにしようと。
心に誓ったのだった。
~~~
だが、その決意はもたなかった。
賢治と温泉巡りをする中で絆されてしまったのだ。
ノゾミの「不倫」に対する決意は解けてなくなった。
温泉めぐりでは、2人で温泉地を巡り、ご当地料理を食べた。
具体的にはこうだ。
まずは2人で観光地を巡りながら談笑。
賢治が逐一説明しながら面白い話をしてくれる。
彼が全部決めて案内してくれるので、ノゾミは気が楽だった。
2人はにぎやかな観光客の中にまじり、途中でお土産を食べたり、写真をとったりする。
きっと周りからは仲の良いカップルに見られていただろう。
現に、お店の人からはカップルとして対応された。
そうして食べたお土産は・・・
温泉で温められた温泉卵。
トロトロとした半熟卵は、口の中でとろけるほど美味しい。
それに卵なのに甘い。
不思議な味だった。
露天で売っていた、昭和天皇が食べたアンパン。
ちょっと怪しかったけど、これも美味しかった。
昔ながらのアンパンで、あんこが濃く、パンが固い。
でも、その懐かしさを感じる味がよかったのだ。
ちょっと大きくて、口に入りきらなかったけど、2人でちぎって食べた。
なんだか学校の給食のパンみたいだった。
そして少し疲れてくると、休憩のために温泉に入る。
勿論男女別々だ。
湯に浸かりながらまったりと疲れを癒す。
やはり天然温泉。
普通の湯とは違い、湯に感触があり、匂いも嗅いでいるだけで癒される。
肌もツルツルになり、髪もサラサラに。
それに開放感がある大きなお風呂は、入っていて気持ちが良い。
やはり家のお風呂とは比べ物にならない。
心が休まる。
同時に観光地を歩き、足にたまっていた疲れがおちる。
心からも、体からも疲れが落ちるのだ。
癒される。
その後は一緒にご飯を食べる。
湯前と湯後では、気のせいか、賢治の印象が変わった気がした。
心と体が湯でほぐれていたからかもしれない。
急に親近感が湧き、心の距離が縮まったように感じたのだ。
身も心も綺麗になったからかもしれない。
そして温泉地で食べるのはご当地料理だ。
刺身やお魚を食べることが多かったけど、ノゾミの一押しは別府名物『とり天』だった。
豚肉に衣を着けて揚げたモノ。
ポン酢をつけていただくと、衣が口の中でとけ、豚肉の香ばしさとあわさり、まろやかな味に。
さくさくとした衣と、プリッとした豚肉の甘さが口の中に広がる。
肉汁が口の中にあふれ出す。
白いご飯にのせ、上からポン酢をかけると、肉汁としょうゆがご飯にしみこんでいく。
たまらない。
とてもハシが進んだ。
飽きずに何度も食べてしまったぐらいだ。
こういった休日を何日も過ごしていくうちに、ノゾミと賢治の心の距離は、確実に近づいていた。
端的に言うと、ノゾミは賢治に惹かれていった。
賢治がノゾミにがっつかず、単純に楽しもうとしていたのも高ポイントだったのかもしれない。
多分、強く求められていたらノゾミも躊躇していたと思う。
だが、体の関係を持たず、楽しく一緒に温泉巡りを繰り返す。
それはとても楽しく、オホーツク海で凍ったノゾミの心をときほぐしたのだった。
そしていつの日か。
泊りがけで温泉旅館に出かけるようになった。
日帰りだとどうしても楽しめる料理や温泉が限られてくるのだ。
夜景を見ながら露天風呂に入りたい。
帰り時間を心配をせずに、美味しい料理を食べたい。
もっと別府を楽しみたい。
純粋にそう思うのは必然だった。
最初の数回は別の部屋に泊まった。
でも、その後は一緒の部屋に泊まった。
その方が安上がりだし、その頃にはすっかり仲良くなっていたからだ。
一緒の部屋に泊まったからといって、別段拒否感もなかったのだ。
それにやはり一人で寝たくなかったのだ。
旅館やホテルなど見知らぬ場所一人で寝るのは、自分の部屋で寝るより何倍も寂しく感じるからだ。
そうしていつしか・・・・自然に体の関係を結んでいた。
そう。
ノゾミと賢治は不倫関係になっていたのだ。
2人で過ごす時間は、ノゾミにとっては心地よいものだった。
賢治が自分に尽くしてくれる。
面白い話で常に自分を楽しませてくれる。
心が新鮮に驚く場所に毎回つれていってくれる。
それに気持ちのいい温泉に浸かり、美味しい料理を食べられるのだ。
文句がなかった。
とても充実した時間が過ぎていく。
休日が楽しみで仕方なかった。
だからこそ退屈な平日も我慢できた。
慰労人事で数ヶ月間滞在するだけの場所。
最初は何もなく過ぎ去っていくだろうと思った場所。
一人で楽しもうと誓った場所。
でも、実際は違った。
ノゾミは賢治といることで心の充実感を取り戻せたのだ。
一人で観光地を回るだけでは、同じ気持ちを味わうことは決して出来なかっただろう。
だからノゾミは思ってしまう。
やはり自分は一人で楽しむことなど出来ない。
それに、不倫をやめることなど出来ないのだと。
自分は、やっぱり他の人の男を好きになってしまうのだと。
だが、充実していたのはノゾミだけではない。
それは賢治にとっても同じだった。
妻との冷え切った関係から解放され、久しぶりに心が沸き立っていたのだ。
2人にとって、これは満ち足りた関係だった。
何も不足はなかった。
望んだ関係だった。
―――だが、幸せは長続きしないのだ
―――だからこそ幸せだともいえる
―――崩壊の日は刻一刻と近づいていたのだった




