判断力の欠如にご注意
執務室の扉に『重要会議中! 御用がある方は後ほど来られたし!!!』という張り紙をし、鍵を厳重に締めると、私はソファに寝かした王太子と宰相補佐様に駆け寄る。
「はぁぁあああああ! いでよ、我が元気玉!」
胸の前で手を開き、意味もなくそう言って気合いを入れると、手の間に氷魔法を展開させる。細かいギミックなどの必要のない単純な魔法ではあるが、いつもよりも魔力がガバガバと消費された。
じんわりと脂汗をかきながらなんとかバスケットボール大の氷を作ると、それを砕いて氷枕をいくつも作り、王太子と宰相補佐様の首元、脇の下などの太い血管がある場所に挟めていく。もちろん、二人のジャケットやスカーフは外している。
あのままだと普通に熱中症で死ぬからね!
「まったく、サラマンダー大移動のせいで火属性の魔素が濃いな。おかげで水属性の魔法を使うのが一苦労だよ。水属性魔法が得意な魔法使いでもキツいね」
とは言っても、休んでもいられない。王太子と宰相補佐様に簡単な治癒魔法をかけると、私はプロペラのように両手を振り回しながら氷魔法と風魔法を複合させる奥義を放つ。
「うぉぉおお! 人間エアコン!!」
腕も疲れるし、魔力も吸い取られるし、本当にめちゃくちゃ疲れるんですけど!
不平不満を心の中で叫びつつも、私は必死に冷たい空気を循環させる。これも王太子付き魔法使いとしての重大なお仕事だ……たぶん。
「…………ん、カナデ?」
「やっとお目覚めです、か。王太子、殿下」
室温が24℃くらいに下がると、王太子が目を覚ました。私は魔力と腕の筋力の使いすぎで満身創痍だが。
「とても快適な室温だね。でもやっぱり暑いな」
そう言いながら王太子は乱れた前髪をはらった。はだけたシャツからは鎖骨が覗き、小さく溜息を吐きながら色気のある仕草をする彼は、どこからどう見てもイケメンだった。
方や、人間エアコンでぜぇぜぇと息を乱し、汗だらだらで表情を取り繕うこともできない私。……なんか、すごいムカついてきた。
「貴族たちに弱みを握られないようにするのは分かりますけど、暑さで倒れては意味がないと思います。仕事の効率も悪いし」
「そうだね。僕のように倒れた貴族もいるだろうし……その中から適当に気に入らない奴の名前を挙げて、王宮内での節度ある薄着を許可する方向で行こうか。実際、仕事の能率は下がっていることだし、反対する者もいないだろう」
「さっきまで我慢大会していたとは思えない発言です」
「暑さって思考も鈍らせるんだね」
王太子は珍しく頭を抱えて呟いた。
なんとも言えない沈黙の中で、王太子の向かいにあるもう一つソファの上で宰相補佐様がもぞりと動く。
「……エドガー様、カナデ?」
眉間に皺を寄せ、焦点の合わない瞳が細められる。まるで物語に出てくる残虐無慈悲な魔王のようなお顔立ちに、私は胸をなで下ろす。
「あ、宰相補佐様起きました? 寝顔が魔王みたいでなんか安心します」
宰相補佐様は私よりの人間だ。寝起きが麗しいとか、普通あり得ないよね。
「……貴女が倒した魔王は確か、獅子の頭を持っていましたよね……?」
怪訝な顔でそう言うと、宰相補佐様はキッチリとシャツのボタンを締めた。
「ユベール、カナデのおかげで思考がクリアになっただろう。仕事の状況はどうだい?」
「芳しく有りません。エドガー様の仕事が溜まりに溜まっています。不眠不休でやっても、期日が間に合わないものが出てくるでしょう」
頭の中で計算をしたのか、パッと宰相補佐様が答える。
王太子はそれを聞いて、行儀悪くソファーの縁に頬杖を付いた。
「まったく、こんなことになるのなら取材なんて受けなければ良かった」
「カナデにも魔法や護衛関連以外の大きな仕事を割り振りましょう。今は……危険物の手すら活用しないとやっていけない状況です」
「仕方ないね」
「命の恩人に対して、いくらなんでも酷すぎません?」
危険物って……まあ、危険物だけれども! 危険物なりに頑張っているんだよ!
「まあまあ、カナデを頼りにしているってことだよ」
適当すぎるフォローが、さらに追い打ちをかけているんですけど!
私の内心を知ってか知らずか、王太子は執務机の引き出しから資料を取り出した。
「カナデに任せるのは、二年に一度開催される各国外交官の集会の企画だね。各国持ち回りでやるんだけど、今回は運の悪いことに空の国で行われる。昼に情報交換と歓迎の宴を兼ねたパーティー、夜は条約などの改正や制定をする会議が開かれるよ」
「一日で終わる集会なんですか?」
「通常だったら領地の視察なんかもやるんだけど、今年は異常気象ってことで中止。長くても二・三日の滞在で終わるスケジュールだ」
まあ、周辺国は空の国と同じぐらいの気候、もしくは寒いぐらいの気候が多いからね。外交官も暑さに慣れていないし、短期開催でみんな納得したんだろう。
「昼のパーティーの企画はカナデに任せます。各部署との連携を密にお願いしますね。暴れるのはほどほどに」
宰相補佐様の鋭い眼光がギラリと光る。
「暴れたりしませんから!」
「ユベール、百戦錬磨の殺し屋みたいな顔を止めなよ」
「……私はいたって普通の顔なのですが……」
私は王太子に賛同するように心の中で何度も頷いた。
「パーティーの企画運営を新聞社が取材に来るから。対応をお願いね、カナデ」
「ああ、ドライスデール新聞社ですか」
ドライスデール新聞社は、王太子御用達のメディアだ。古くからある新聞社で、報道関係に力をいれている。もちろん王太子と癒着――――もとい、協力関係にあり、独占取材を許す代わりに王宮の好感度を上げる記事を書かせていた。最近では、王太子の嫁たちの記事が人気らしい。
「そうだよ。密着取材したいんだってさ。今回は僕やユベールじゃなくてカナデに付いてもらうけれど、信頼できる新聞社だし悪いことにはならないはずさ」
「そうですね」
いつも取材に来る記者さんは、何年も王太子の記事を書いている熟練の記者だ。若い衝動や行き過ぎたジャーナリズムに任せて王族に目を付けられる……というか消されるような記事は決して書かず、しかし国民に分かりやすく、ユーモアのある記事を書くすごい人である。
……世間話程度は私もする仲だし、初めての密着取材だけどどうにかなりそうだな。
私は王太子から企画書を受け取ると、それに目を通す。そして見つけてしまった……この企画書の重大な欠点を。
「……王太子殿下。この企画書の最後に書いてある新聞社名、ドライスデールじゃなくて、トライステールになっていますよ!」
「なんだって!?」
王太子は私から企画書を奪い取ると、目を見開いて読み込んだ。
「……本当だ」
「しかも、小さく原稿の事前提出はなし、今日の九時三十分に執務室へ挨拶に来るって書いてあります! あと五分で約束の時間ですよ!」
典型的な詐欺契約書の手口に、わたしたち全員が頭を抱える。
「……やられた。使用している封筒と便箋がドライスデールの物だから見落としたのか。暑さで鈍っていたとはいえ凡ミスだね」
「これ絶対に悪質なゴシップ新聞社ですよ! 今すぐ取材拒否しましょう。大砲を撃たれる前に!」
8/10に自称平凡な魔法使いのおしごと事情の3巻(紙書籍)が発売します!
どうぞよろしくお願いします。