第40話『ノクス、血の記憶に触れる』
ばあちゃんの家の奥――一切の光を遮る結界の間で、ノクスはただ一匹、静かに座っていた。
封印陣に囲まれたその空間は、まるで外界との繋がりを絶った“内側”のようだった。
「にゃう……(力を馴染ませろ、ってか)」
小さく吐息を漏らし、ノクスは瞳を閉じた。
次の瞬間――闇が、深く沈む水のように広がり、その中に“記憶”が浮かび上がった。
◆
赤い月が空を裂き、世界が血に染まっていた。
燃える修道院。
聖職者達の祈りは空しく、黒い影が一つ、炎の中に佇んでいた。
それが、“彼”だった。
真名はノスフェラトゥ・アルフレッド。
真祖の吸血鬼。
死を超越した、常夜の王。
だがその身は、あまりにも傷ついていた。
「……もういい。終わりでいい……」
不死と呼ばれながら、彼は確かに“死”を望んでいた。
孤独、飢え、戦い、裏切り――何百年も続いたそれらに、心がすり減っていた。
血の渇きが満たされる事はなく、ただその存在が“災厄”と呼ばれるだけの人生。
それでも死にきれなかった彼は、夜の町外れで倒れた。
そして――。
小さな手が、そっと額に触れた。
「だいじょうぶ……? こわくないよ。ここにいていいから」
その声は、あまりに澄んでいて。
その瞳は、夜よりも優しかった。
少女は、幼い愛菜だった。
家族にさえ見放された“得体の知れない存在”を、彼女はただ、当たり前のように受け入れた。
「きみ……ねこさん、なの?」
ノスフェラトゥは答えられなかった。
言葉も、力も、なかった。
「怖くないよ。ボク、歌えるから……イノトゥア、導きの唄……」
妙に温かさを持つ唄だ……。
だがその夜から、彼は少女のもとに留まる事を決めた。
猫の姿を真似て、小さな命として。
常夜の王ではなく、ただの“ノクス”として。
初めて、名前を持った。
それは、呪われた怪物が“誰かに救われた”瞬間だった。
◆
「にゃう……(あの時、おれは確かに……)」
ノクスは目を開けた。
己の中に渦巻いていた“力”は、もはや暴れるだけのものではない。
静かに、形をなそうとしていた。
「にゃう……(見てろよ、愛菜)」
この力を、もう誰かを傷つける為にではなく、守る為に使いたい。
それが、今の“おれ”だ。
その瞳が、一瞬だけ赤く光った。
――それは、真祖の力と、幼い優しさの記憶が繋がった証。
次回予告
第41話『ばあちゃん式・地獄の霊力修行②:限界修行』
ノクスの秘められた記憶と“力の代償”を胸に、修は歩き出す。
待っていたのは、ばあちゃん式・問答無用のスパルタ修行!
飛ぶ!跳ぶ!祓われる!?
「これ……修行って名の地獄じゃねえか!」
「にゃにゃう!(しゅー、今こそ“本物”になる時だ!)」
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