第39話『ばあちゃん式・地獄の霊力修行』
薄暗い和室に、ぴんと張り詰めた空気が漂っていた。
正座する俺とノクスの前に、ばあちゃんがドカッと腰を下ろしている。
「ふむ……ようやく腹を括ったようじゃな。では、始めようかの」
ばあちゃんが静かに立ち上がる。
その目は、いつもの穏やかな祖母ではなく、一人の祓い師としての鋭さを帯びていた。
「修、お前には霊力の基礎から叩き込む。術式の再構築、精神統一、そして霊的耐性の強化……甘えは許さんぞ」
「やっぱりそうなるよね……」
「そしてノクス」
ばあちゃんは目を細め、ノクスを見下ろす。
「“喰ったもの”の力を制御するには、自分自身の霊圧を安定させねばならん。でなければ、いずれその力に呑まれる」
「にゃう(あーもー、やるよ!やるってば……)」
ばあちゃんはその猫語に、当然のようにうなずいた。
「なぁばあちゃん、ノクスの言葉ってさ、ばあちゃんみたいにもっと霊力があれば分かるようになるのかな?」
「いや、こいつの言葉は霊力等は関係ない、妖かしを感知する特異な能力が必要だ、あの場にいた小柄な少女のようにな」
「愛菜の事か」
「にゃう……(愛菜は……色々あるんだよ、色々……)」
ノクスを少し悲しげな表情で見つめるばあちゃん。
「二人とも、別々の場所で行う。それぞれに合わせた“部屋”を用意してある。……ついてこい」
俺とノクスは顔を見合わせる。
「……やるぞ、ノクス」
「にゃう(まかせろ)」
ばあちゃんは襖を開き、俺を奥の一室に導いた。
そこは、まるで古びた神社の本殿のような空間だった。
四方に封印札が貼られ、中央には円形の術式が刻まれた畳が敷かれている。
「修、ここがお前の修行部屋じゃ。最初は、“流し込み”から始める」
「……流し込み?」
「霊力を自分の中心に集め、写経で吐き出す。精神と霊を一直線に結ぶ基礎訓練じゃ」
ばあちゃんは、墨と筆、そして真っ白な巻物を俺の前に置いた。
「式神や札術のベースとなる“術式文字”をなぞる。雑念があれば、すぐに力が乱れて頭痛が走るぞ。……では、始め」
カッと灯された蝋燭の光の中、俺は筆を握る。
一画一画、慎重に筆を走らせる。
だがすぐに、肩に重みがのしかかってくるような感覚が襲ってきた。
視界がぼやけ、呼吸も浅くなる。
「っく……まだ、三行目……!」
呼吸を整える。目を閉じて、もう一度墨を含ませた筆を握る。
――逃げるなよ。
脳裏に、結先輩の姿が浮かぶ。
あの七不思議の夜、俺は無力だった。
ばあちゃんの術式がなければ、全員が巻き込まれていたかも知れない。
「……俺の力で、守りたい」
俺は顔を上げ、筆を持ち直した。
「お願いします、ばあちゃん。――やります」
ばあちゃんは目を細めて微笑んだ。だがその笑みには、容赦の色は一切なかった。
「よし、ならば次は術式を描きながら霊圧を安定させてもらうぞ。集中せんと爆発するからの」
「え、爆発!?」
「心配するな。小規模じゃ」
「小規模って言っても――!」
俺の叫びが、封印結界の中に反響した。
◆
その頃、別の部屋では――ノクスが静かに目を閉じていた。
彼に与えられたのは、自らの内に喰らった“根源”と向き合う為の場。
そこに待っていたのは、血の記憶。
そして、遠い昔の“約束”だった。
次回予告
第40話『ノクス、血の記憶に触れる』
根源の力を喰らった代償は、ノクスの内に眠る“記憶”を呼び覚ます。
顕現される真祖の力と、封じられた過去。
猫は、かつて“人”だったのか――。
それは、哀しき選択の物語。
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