表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
螺旋の心臓  作者: 古の狼
PR
6/6

Curiosity killed the cat

店を出た私は、駅前のベンチに腰を下ろした。


火照った体に、少し冷たい風が気持ちいい。


駅前の大きな時計が鐘を鳴らした。


もうこんな時間か。


気づけば周りは、仕事帰りらしい人の群れで満たされていた。スーツ、革靴、スマホを見ながら歩く人。誰も彼も、どこかに帰る途中の顔をしている。


まぁ、家を出た時間が時間だしな。


私はひとりでうなずいた。


今日はこのあと、例の骨董品店に行くつもりだった。少しゆっくりしすぎたせいで、もう店が閉まっているんじゃないかと不安になる。


そう思った瞬間には、もう足が動いていた。


開いてなかったら素直に帰ろう。

あの気色悪い砂時計がなんなのか気になるだけだ。いくら払ったのかもわからないし、返せるものなら返したい。


話だけでもつけに行こう。


薄暗くなりはじめた街を、街灯が静かに照らしている。駅前の喧騒から少し離れるだけで、空気は急に住宅街のものになる。


犬の散歩をする人。ランニングウェアの男。買い物袋を下げた主婦。


どこにでもある、治安の良さそうな郊外の夕方。


女の一人暮らしには、まあ悪くない場所だと思う。


少し回ったアルコールを覚ますように、一歩一歩、確かめながら歩いた。


気がつけば、骨董品店へ続く坂道の前に立っていた。


あー、結構だるいなこれ。


それでも、ここまで来て帰るのもなんだか負けた気がして、私は坂を上った。


駅から二十分ほど歩いただろうか。坂道を登り、細い路地を抜けると、控えめに光る看板が見えた。


そこに、あの店はあった。


「骨董品店、猫の砂、か」


なんか意味あるのかな、この店名。


猫好きなのか。

砂好きなのか。

どっちにしても、よくわからない。


からん、からん。


扉を開けると、昔ながらの鈴の音がした。


「雰囲気あるね」


思わず小さく呟く。


店内は古いダークウッドを基調にしていて、薄ぼんやりとした照明が、並べられた品々を静かに照らしていた。


埃はない。

なのに、古い匂いだけがする。


綺麗な店だった。


綺麗すぎるくらいに。


せっかく来たんだし、と私は店内を見て回る。


不思議な、だけど綺麗な人形。

白い髭のおじいさんが座っていそうなレトロな椅子。

なんだかよくわからない壺。

硝子の調度品。


どれも高そうなのに、値札がひとつもついていない。


私、あの砂時計にいくら払ったんだ……。


奥に進むと、古い本を読んでいる店員がいた。


「あの……」


店員は顔を上げた。


「オー、イラッシャイ」


なんだこのカタコトの外国人は。

胡散臭い。

見たところ、中東系だろうか。


「あの、昨日の夜、私ここで砂時計を買ったみたいなんです。でもお酒に酔っていて記憶がなくて。いくら払ったかも覚えてないので、少し困っていて……もしよろしければ、返品ってできますか?」


「オー。昨日売レタ砂時計ネ。フーン」


店員は、私ではなく、私の胸のあたりを見た気がした。


「多分ソレハ、貴方ニピッタリナ時計ダネ。ダカラ返サナクテイイヨ」


時計。


砂時計じゃなくて、この人はいま、時計と言った。


「いえ、そうじゃなくて……えっ、あの気味悪いのがピッタリなの、私」


あっ。

やばい。

声に出た。


店員は気にした様子もなく、にこにこと笑っている。


「オ金ナラ気ニシナクテイイヨ。ソレニ多分、貰ッテナイネ」


えっ。


何それ。

タダほど怖いものないんですけど。


「ピッタリナ物ハ、トッテオイタ方ガイイ。ヤッパリ貴方ニピッタリダ」


「いえ、でも」


「アー、今日ハ店閉メルカラ、帰ッテクレマセンカ?」


「えっ、そんな」


「ハイ、カエッタ、カエッタ。モウヨウナイヨ」


気づけば私は、入口まで押し戻されていた。


からん、と鈴が鳴る。


扉が閉まる。


鍵のかかる音がした。


そんなぁ……。



ふと振り返ると、看板の明かりはもう消えていた。


さっきまで確かにあったはずの「猫の砂」の文字だけが、暗がりに沈んで、読めなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ