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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第七話「コウジマチサトルは精霊と仲良くしたい」
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9・家族のように仲良くしたい

 いつも食事の時間に必ず全員が揃うわけじゃないんだぞと、クレソンはなぜか偉そうに言いながら昨晩と同じ位置の椅子に座り、サトルたちが給仕してくれる料理を待つ。


 全粒粉の硬いパンを人数分、テーブルに敷いた布巾に直接置く。

 深皿には春キャベツの芯と人参をすり潰し作った柔らかい団子のスープ。

 もう一つの皿にはホワイトソースをかけた、鶏ひき肉のロールキャベツと蒸かしたジャガイモに人参。

 飲み物は緑茶を一人カップ一杯。

 後は適当に買ってきた干した肉と干した果物だ。

 アロエやクレソンは自前で麦酒を用意している。


 サトルとしてはどうかと思う内容だったが、実はこれでもかなり豪華な夕食だとヒースが言うので、そういう物だと納得する。


「やべえな、こりゃ」


 皿が出てきてすぐに、クレソンは目を見開き、皿を凝視し感嘆の声をあげる。


「凄いな、ちゃんと料理だ」


 まるでちゃんとした店で出される料理のようだと言うクレソン。

 サトルとしてはそこまで感動される物じゃないと思ったのだが、クレソンのみならず、バレリアンやマレインもまた出された皿に感動を覚えているようだった。


「すごいだろ! 調理場あるってこんな感じだったんだって感じだった! あんなにたくさんのひき肉初めて使った! キャベツも! あとさ、サトルすっごい器用だった! 俺キャベツをあんな風に扱うの初めて見た。くるくるって」


 興奮してまくしたてるヒース。

 料理をするのに場所がこんなにも大事だと知らなかったと興奮しきりだ。

 確かにひき肉を捏ねるのに、ヒースの得意とする野外料理は無理があるかもしれない。


「サトルの手際、本当に凄かったわ……実家の母を思い出してしまったもの。うちの田舎でも特別な時には似たようなシューファルシを作っていたけど、結局私は一度も作らなかったのよね……あんな風に飛び出してしまったし……懐かしいわ」


「私もよ。作る所を見ていたことはあったけど、自分で作るとこんな風になるなんて……初めての経験だった。大変だけれどまたやってみたいわね」


 実家に専門の調理場があったと話すカレンデュラとアンジェリカも、サトルの手際はすごかったと頷く。

 話を聞くにカレンデュラは一つの屋敷に親戚で住んでいた大人数の農家の出。アンジェリカは元々寄生樹という特殊な技術を持つ術師の一族で、それなりに裕福だったという。


 サトルが二十人前を超える大人数の調理をしたのは、大学の時の食バザー以来だったので、三人の手を借りなかったらきっと上手く作業できなかっただろう。


「俺が凄かったんじゃないさ、三人のおかげ」


 言われてまんざらでもないのか、三人は互いに嬉しそうに笑みを返す。

 何せ出された皿を前にして、皆が皆笑顔になっているのだ。それが自分たちの功績だと思えば、喜ばないはずがない。


アロエが口に詰め込みながら不明瞭な声で問う。


「どうやって作ったん?」


「えっと、普通に?」


「普通って何?」


「えーっと、葉物の野菜の包み料理ってのは、結構どこの国にもあるだろ? それの俺の国バージョンってだけだからな」


 英語圏のロールキャベツの他に、カレンデュラの言うようなシューファルシ、他にも中東などにもある。

 中華のチマキのような料理も、包み料理という点では似たジャンルになるらしい。


「そういやあたしんところだとブドウの葉っぱで包んでたや。キャベツの方がちょっと苦みがあって大人の味ってやつ?」


 トルコにある似たような料理、ドルマが確かブドウの葉っぱの包み料理だったなとサトルは思い出す。

 どうやらアロエは元々この辺りの土地の人間ではないのかもしれない。


 野菜の違いもサトルにとっては衝撃的だった。


「ま、そうかもなあ。俺の国のキャベツはほろ苦い味なかったから、ちょっと意外だった」


 見た目はちりめんキャベツのような、白菜に似た縮れ葉のキャベツだったが、味わいや香りがチコリーに似ていた。買う時にルーに確かめたところ、キク科の植物で利尿作用などもある、レタスと同じような野菜だと分かった。

 キャベツと同じアブラナ科の植物だと思っていたら、完全に違うものがキャベツと翻訳されていたらしい。


 アブラナ科のキャベツは残念ながらガランガルでは栽培されていなかったので、キク科のキャベツを使って作ったのが、今回のロールキャベツだった。


「へー、ところ変わればだね」


「ああ。でも気に入ってもらえてよかったよ。モリーユはどうだ? 苦手な味じゃない?」


 ヒースとどちらが年下かは分からなかったが、少なくとも女性陣では最年少だろうモリーユを気遣い、サトルは尋ねる。

 モリーユは覆面を下ろした顔で、はにかむように笑って「美味しい」と答えてくれた。


 サトルに答えた後、モリーユは自分の左と斜め前でごくごく普通の様子で料理を口に運ぶ二人を見る。


「……もう、喧嘩しない?」


 カレンデュラとアンジェリカは、それが自分たちの事だと気が付き、手にしていた食器を皿に置く。


「そうねえ、こんなにも美味しい食事の前で喧嘩はしなわ」


「美味しい物を前に喧嘩をするのは馬鹿のすることだと、何処かの紳士に言われたわ」


 それはサトルが調理中に二人に対して言った言葉だった。

 二人の言葉にサトルは苦笑し、モリーユは安どの笑みを浮かべた。


「よかった」


 それを見ながら麦酒を呷り、アロエが上機嫌に笑う。


「うへへへ、サトルさんって、お母さんみたい」


「またそれか、勘弁してくれ、産んだ覚えのない子供は」


 サロンでも言われた「ママ」の一言に、サトルは止めてくれと手を振る。

 あまりにも嫌そうなその様子に、クレソンがケタケタ笑いながらさらに煽る。


「認知してやれよママ」


「うるっさいな、そういうクレソンだって認知してない子供がいるんじゃないのか?」


 それは適当な煽り返しのつもりだったのだが、サトルの言葉にクレソンはふっと真顔になると慌てて首と尻尾を振る。

 その横でバレリアンも何故か目が泳ぎ耳がそっぽを向いたのだが、それは一体どういう意味だったのか。


「……いや、いない、うん、いないはずだ」


「……リアン?」


「は、いいえいいえ、僕は何も」


 ヒースが挙動不審なクレソンとバレリアンに、汚い物を見るような目を向ける。


「大人って」


 酒を飲んで気分がいいからだろう、アロエがさらに茶々を入れる。


「ママー、悪い大人がここにいるよー」


「悪いが俺はママじゃないから叱ってやらない。叱ってほしいならちゃんとママをしてくれる奴に言ってくれ」


 げんなりとしたサトルの言葉に、カレンデュラとアンジェリカが反応をする。


「そうね、そうよねえ」


「叱ってほしいというか、構って欲しかったのかもしいれないわ」


「気持ちに整理が付いたのなら何よりだ」


 穏やかにそれらを見守っていたオリーブが二人に言うと、二人は同じタイミングでふふと笑い、ごめんなさいねと、全く同じ言葉を交わした。


 食事も済んで、食器の片づけ等は支度に参加しなかった者達で請け負った。


 一人オリーブだけ何もしなかったが、それはオリーブがサトルの作った料理の材料費の半額を出していたから。


「すまなかったなサトル。彼女たちは案外と子どもっぽい所があって」


「いいや、こっちこそ思い切り楽しませてもらったから。それに案外と受けもよかった。こんなに反応があるなんて思ってなかったからな」


 サトルが料理を二人に手伝ってもらったのはサトルの独断だったが、珍しい料理でも作ってモリーユや二人の気持ちを少しでも喧嘩の事からそらしてほしい、と頼んだのはオリーブだった。


「君はもしかしたら、料理人も向いているかもしれない」


「冗談よしてくれ。調理は体力仕事なんだ。俺はもう疲労困憊で死にそうだよ」


「鍛えた方がいいかもしれないな」


「考えとく」


 サトルはオリーブと適当に話をし、笑って別れて自室に戻ろうとしたところで、ルーに引き留められた。


「あの、サトルさん、いいですか?」


 時間はあるかと聞かれ、無いはずがないと答えるサトルに、ルーは数枚の草木紙を差し出す。

 パッと見てわかる、何かのレシピの書かれたそれにサトルは瞠目した。


「サトルさん、あの、これって読めますか?」


 訊ねるルーの目は、サトルの挙動を見逃すまいと言わんばかりに、めいっぱい瞳孔が開いている。


「これは?」


「先生が以前書いていた物なんですが……先生の故郷の言語らしくて、私には全く」


 そう言って差し出されるレシピを手に取り、サトルは声を震わせる。


「これ……日本語じゃないか!」


 日本語で書かれた料理のレシピ。そこに書かれていたのは、この世界の材料でも作れる肉じゃがのような料理だった。


 何度も挑戦し、分量や材料を変えて作ったのだろう。レシピには注意書きや次に作る際の改良点などが細かく書き込まれていた。

 一番上に来ていた紙に書かれていた内容が、最終的にルーの師が満足したレシピだったようで、「決定」と力強く漢字で書かれ、丸で囲ってある。


「やっぱり君の先生は」


「あの、このこと誰にも言わないでください」


 日本人だったのか、そう言いかけたサトルの目の前に、ルーは掌をかざし言葉を止める。


「……知られたらまずいことが?」


「分からないんです……ただ、先生は自分がこの世界ではない所の人間だと、話したくないようでした。言っちゃったら、人に嫌われると思っていたみたいで」


 ルーは理由ははっきりしないと答える。

 ただ、その理由はなんとなく想像は付くとサトルは思った。


 人間は自分たちで思うより、自分と違う存在に対して「不寛容」だ。特に集団になればなるほど、自分たちと違う存在に対して敵意に似た感情を向ける。

 同じ方言を話さない人間、両親のいない人間、国外から来た人間、アジア人、それぞれの理由で迫害に近い対応をされたことがあるサトルには、ルーの師が何を恐れたか理解が出来た。


「理由があると思うんです……だから」


「わかったよ。ただこの本に書かれている文章は、ちょっと俺の時代の文章よりも癖があるって言うか、言葉の使いまわしに違いがあるみたいなんだ。だからすんなり読めるかはわからない」


 紙に書かれているレシピにざっと目を通しサトルは言う。


 二十年か、三十年か、はっきりとは分からないが、少なくともサトルのいた時代とは文字の癖や言葉の回しが違う。老人の書いた文章と似ているが、そこまではっきりと年代の差を感じるほどでもない。

 文字の癖については紙質やペンのせいかもしれない。言葉の使いまわしも倒置法のような表現が多いので、もしかしたららこの世界の文法に慣れた結果かもしれない。


 とにかく読めるのは間違いないので、まあ大丈夫だろうと自分に納得をさせる。


「前言撤回、これなら問題ないか」


「時間は何時でも構いません、その内、そのレシピで作ったご飯、食べさせてください」


 お願いしますと頭を下げるルー。

 そう言えば、お辞儀という文化はこの国には有るのだろうか、と、ふとサトルは考える。

 もしこれがルーの師であったタチバナの影響だとしたら、ルーは若干日本人っぽいのかもしれない。


「ああ、分かった、それは必ず」


 サトルの答えに、ルーは頬を紅潮させ、満面の笑みで有難うと礼を述べる。

 その本当に嬉しそうな笑顔に、サトルは少しいたたまれない気持ちになる。


「これじゃあ本当にルーのママ役だな」


 何せおふくろの味の定番、肉じゃがを求められてしまった。

 もしかしたら自分には本当にママになる才能があるのかもしれない。渡されたレシピを握りこみ、サトルは深々とため息を吐いた。


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