5・仲良きことは美しきかな?
セイボリーの冒険者パーティーの面々とともに来客用サロンを占拠し、この世界の文化講座をサトルが受けていると、サトルを探しにルーが来た。
興奮したように良い匂いがすると言うので、お茶を飲んでいたんだと言うと、それが飲みたいとサトルにねだった。
どうやら「緑茶」はルーにとっても上手く淹れられずに持て余していた物だったらしい。
サトルが淹れた茶を飲みたいと、オリーブのパーティーメンバーもリビングルームに集まった。
一口飲んで、オリーブが感慨深く呟く。
「ああこれは確かにタチバナの味だ」
ルーもまた、カップを両手で握りしめ、嬉しそうにその中身をのぞき込む。
匂いが、味が、とても懐かしいと、目に涙を浮かべている。
「温度が大事だったんですね。知りませんでした」
「悪いルー、大事な物だったかな。このお茶って飲んでいい物だった?」
この反応から「緑茶」がルーの亡き師の物だったのだろうとサトルは考え、ルーに謝罪するが、ルーは謝る必要はないとすがすがしい笑み。
「大丈夫ですよ。むしろサトルさんがこのお茶の淹れ方を知っていてよかった。私が淹れるとやけに苦くて渋くて、しかもすぐ酸っぱくなっちゃって……でも、本当に良かった。もういっそ炊事場の物は好きに使ってください。サトルさんにならお任せできると思います! 好きこそものの上手なれです! あ、お酒仕込むための壺や甕も、左手の食糧庫に残っているのでどうぞ使ってください!」
それはサトルにとって願ってもない事だった。というか、妖精たちが好んで住み着いてしまった時点で、こうなる事は予想で来ていた。
ルーにとって炊事場も「緑茶」と同じように、使いこなせず持て余していた場所だったようにも思える。
「それじゃあ、有難く」
「はい、よろしくお願いします!」
食器やテーブルクロスの類は売ってしまっていたのにと、少し驚いたのはアンジェリカ。
「倉庫の物は売らなかったのね? 使うつもりがあったのかしら?」
ルーの性格上、重要度が低ければあっさりと手放すと思っていたのだろう。
キンちゃんやギンちゃんに髪飾を譲った時の事を考えると、実際ルーは自分の思い入れのある物に、すんなりと順位をつける人間のように思えた。
「ええ、大きなものでしたし、手放したら入手は困難です。それに料理はいずれ、どなたかの力を借りてもう一度と考えていたので。ダンジョン素材での料理を研究するって、先生の十八番だったじゃないですか! 私もいつかはそう言うのやってみたかったんですよね」
料理をやってみたいと言いつつ、ルーの作ったのは、管理が悪く黴臭くなっていた干し肉のスープである。
やってみたいと言っても重要度は高くないのだろう。それ故に、食事に必要な物が足りていない。
「食器は?」
昨日は食器が足りなかったので、酒は瓶のまま回し飲みをしたくらいだ。
「いくつかは残してあるんですよ、一応。でもいきなり十人以上に対応する分は流石に」
「やっぱり自分たちの食器は自分たちで買った方がいいだろうか?」
ルーの言葉を聞いて、オリーブが心配そうに進言する。
カレンデュラやアロエもその方がいいかもねと同意している。
ルーは少しだけ考え、ちらりとサトルを見てからオリーブに答える。
「そうですね、それ位は、甘えてもいいですか?」
甘えてもらえてほっとするというのもおかしな気はするが、ルーの言葉にオリーブは安心したように目を細めた。
「そう言えば、金の話というか、実はトレジャーハンターニコちゃんがもっと頑張りたいと張り切っているようなんだよ。だから近い内にまたダンジョンに潜りたいのだけど、無理かな? 依頼をするとしたらいくらかかるとかも聞ければと思うんだけど」
実は男だけでサロンを占拠していた時から、サトルの後ろ頭に貼り付いていたニコちゃんが、フォーンとやる気満々に鳴く。
お前たちの財布事情は把握した、私にすべてを任せるがいい! そう言わんばかりの気迫のこもったフォーンだった。
ニコちゃんの凛々しい声はオリーブにも届いていたようで、頼もしいなとオリーブはサトルの肩を叩く。
「無理ではないだろう。ボスに聞けば賛成してくれると思う。君の妖精たちの活躍が思った以上だったからね。ニコちゃん殿が手を貸してくれるというのなら、何の心配もないな。ダンジョンへ潜る際の金銭面は心配しなくてもいい、今回の探索のレポートが通れば、うちの互助会からの援助というよりも、ほぼ冒険者の互助会が作る組合が、君を支援していくことになると思う」
オリーブの言葉にフォフォフォフォーンと勢い込んで鳴くが、今一つ何を伝えたいのかは分からない。ただただ気迫がこもりやる気に満ちているというだけだ。
「ただ、その際にダンジョンに随行するのが、我々とは限らない。君のサポートを必ずできるとは限らないので、気を付けてくれ」
申し訳ないとオリーブは言うが、それはもちろん分かっているとサトルは返す。
「貴方たちにもやるべきことはあるし、それは心得てるよ。ありがとうオリーブ、貴方には助けてもらってばかりだ」
「そう言われると嬉しい。だがねサトル、私だって今回は君のおかげで、大切な人を助ける手立てが見つかったんだ。それを有難く思っているんだよ」
「大げさだ。いや、大げさじゃないか……」
言葉を交わすうちに思い至ったのは同じ人物のようで、サトルとオリーブはまるで示し合わせたかのように、ルーに視線を向けた。
他人事とまではいかないが、それでも自分が話題だとは思っていなかったので、二対の視線にびくりと肩を揺らすルー。
「えっと、うぬぼれだったら恥ずかしいのですが、私の事ですか?」
「うぬぼれじゃないとも」
「俺が言うのもなんだけど、ルーはもっと愛されることを受け入れた方がいい。食器以外も」
「そんなこと言われましても」
今でも十分助けてもらっているのに、とルーは唇を尖らせる。
「甘え癖が付いたら目も当てられないじゃないですか」
自分でそう心配する人間に、簡単に甘え癖が付くとは思えないのだけどねと二人は苦笑する。
その苦笑の仕方がとてもよく似ていたので、すべてのやり取りを横で見ていたカレンデュラがふふと笑ってアンジェリカに耳打ちする。
「すっかりいい雰囲気よね。オリーブもサトルには気を許しているみたい」
「あら、カレンデュラはオリーブ姐さんにサトルをあてがうつもり?」
ピクリと、アンジェリカの長い耳が揺れる。
「ふふ、どうかしらね。でもいいと思わない? 甘えたいし、甘えさせたいって、オリーブはいつも思ってるじゃない? サトルは弱いけど優しく強いわ。だから最適だと思うのよねえ」
カレンデュラの勝手な言葉に、アンジェリカは露骨に顔をしかめる。
「私は反対。ルーが気に入ってるみたいなんだもの」
「あら、じゃあ私とアンジェリカはライバルかしら?」
笑顔でにらみ合う二人に、珍しいことにモリーユが口を挟んだ。
消え入りそうにか細い声だが、二人は珍しく自分から口を開いたモリーユに耳を向ける。
「恋は、自分でやる物だと……思う」
人の恋路に口を出すものではないのでは、という至極まっとうな言葉だ。
真っ当すぎて反論もはばかられる。
「まあ、それもそうよねえ」
「分かってるわモリーユ、手は出さないから安心して。手はね」
手は出さないとアンジェリカは断言したが、つまり口は出すかもしれないのだろう。
「……サトル、可哀想」
そうつぶやくモリーユに、誰にも見えないところでお兄ちゃん(仮)が激しく同意をしていた。