6・友達として仲良くしたかった
お茶を飲んでゆっくりした後は、サトルの要望で買い物に行くことになった。
ルーと、買い物に付き合いたいというオリーブ、サトルの三人で下の町まで行った。
下の町の方がルーやオリーブにとって顔の利く店が多いという。
食器や足りていない調理器具等を買い足すための買い物なので、流石に量が多いかと思っていたが、モーさんが出かけるなら付いて行くとばかりにサトルの足に突進を繰り返すので、荷物持ちをモーさんにお願いすることになった。
足にできた青痣はニコちゃんが治してくれた。ついでにニコちゃんも付いてくるようだ。
一番最初に向かったのは、荷車を取り扱っているという木工所。
車輪を作る技術が高いので、楽に引けるはずだぞとオリーブ一押しだ。
「車輪でそんなに違いが?」
「ああ、特にこのガランガルは道の舗装こそしてあるが、起伏も多い。車輪の軸が水平である事や、車輪が均一であることは、車を引く動物にとっても重要なことなんだ」
と真剣な顔で語ってくれた。
オリーブはサトルが自分と同じ歳だと分かっても、その物の知らなさから子ども扱いをしてしまうことが多いようだった。
そしてそれが仕方ないと思わせる、包容力と力強さに、サトルももうオリーブ相手だったらいいかと思っていたりする。
今も格安で譲ってもらった古い荷車と、車を犬にひかせるためのベルトを、取り付け方のわからないルーやサトルに代わり、オリーブがモーさんに付けてくれている。
このガランガルダンジョン下町には、アンジェリカのような「テイマー」と呼ばれる「職能者」が存在し、そういったテイマーによって使役される動物やモンスターがいるらしい。
譲ってもらった古い荷車も、元はそういったモンスター用の荷車だったそうだ。
とはいっても、アンジェリカの「テイマー」としての能力は、ごく一般的な物とは大分違うらしい。
彼女の能力はやはりシャーマン能力の一種とされていて、技能としての「テイマー」とは違う物だという。
ちなみにサトルもシャーマンやテイマーを名乗るに十分な能力があると言われているが、名乗るだけなら能力が無くても名乗る者もいる、というので、結局その辺りはあいまいだ。
「大雑把な技能の分類であって、職業ではないからな。アンジェリカの場合は職業は冒険者だし、ボスは互助会の会長が職業だ。納税もそれで行っている」
どうやらファンタジーの世界にも税金は存在するらしい。
収める場所は何処かと思えば、なんとどこでもいいとのこと。三つ巴のガランガルダンジョン下町の自治体、周辺貴族、ジスタ教、そのどこでも好きな場所を選べて、ぜいしゅうをどう使うかはその三者会議によって決定するのだという。
「……俺納税していないのだけど」
「サトルはまだ収入有りとみなされていないからいいんだよ。今後人の目に付くような活躍でもしたら、冒険者として納税を求められる可能性もあるがね」
「ルーは?」
「私はまだ今年は収入と言えるほどの収入無いですし、論文も認められていないので」
つまり払える金がないので払わない、という事らしい。
他にもいくつか話を聞いて、サトルはしみじみと呟く。
「やっぱりオリーブは頼りになるよ、皆に慕われるのも分かる。ヒースやワームウッドも、君の事を姉のように思っているみたいだし」
「はは、そのせいでとんと色っぽい事とはご無沙汰だ」
色恋の話と聞いて、ルーの瞳孔が開く。
ふるりと肩を震わせて、絞り出すような声で言う。
「さすがに……下世話だと思うんですよう」
それが誰の話なのか、サトルもオリーブも察しがついていた。
むしろ「あの二人」の静かな睨み合いが気まずくて、当事者三人で逃げ出したと言ってもいいくらいだ。
「まあ、そうだよなあ」
「すまない、彼女たちにも悪気はないと思うんだ」
オリーブが謝る事ではないと思いつつも、サトルとしては自分の恋愛沙汰で他人が盛り上がるのは、出来れば遠慮したいと思っている口だ。
むしろサトルが中途半端に「恋愛」をすると思われることは、何となく我慢ならない事だった。
「悪気はないだろうけど、聞かれていないと思ったんだろうか?」
リビングルームでの会話は、遮蔽物が無いので声を潜めても聞こえていた。
特に獣の耳を持つ彼女たちは、サトル以上にはっきりと耳にしていたはずだ。
「騒がしかったからな」
確かにオリーブの言う通り、リビング内にはサトルやオリーブたち以外にも、セイボリーのパーティーの面々もいたので、結構賑やかな状態だった。
それでも座る場所が近ければ、どうしても声は聞こえる物だ。
特にアンジェリカのほぼ真横にいたルーには、はっきりと二人の会話が聞こえていた。
ルーはアンジェリカの言った「ルーのお気に入り」という言葉をフォローしたかったのか、それとも否定したかったのか、むすっと唇を尖らせて言う。
「でも私サトルさんの事異性として好きじゃないと思うんですよね」
「そっくりそのまま返させてもらう」
思わず真顔で返すと、ルーははっと息をのむ。
耳の毛を逆立て必死に言い訳を連ねるルー。
「き、嫌いじゃないんですよ! でもなんと言うか、異性って感じがないんです! サトルさん雄っぽくないんですよ! いやだから女性的って言うわけでもないんですけど、なんというかヒースと同じというか、男性ではあると思うんですけど、恋愛の対象じゃないというか、身内意識って言う感じの物は芽生えてると思うんですよ! アンとだけ仲良くされると寂しいですし、私も混ぜて欲しいです! けど恋愛じゃないんですよそれって!」
それは果たして馬鹿にされているのかそれともフォローのつもりなのか、サトルは渋い顔で答えに困って黙り込む。
悪意ではないことは分かるのだが、
「異性としてでなければ好きという事か」
苦笑しながら投げられたオリーブのフォローに、ルーは力いっぱい頷く。
「はい! サトルさん紳士ですし、頼りにしてはいます! だからそういう意味では大好きです!」
「同じく、恩人だし嫌いになる理由がない」
好意はあるというなら、それには相応に返そうと、サトルも苦笑交じりにオリーブの言葉を肯定する。
オリーブはふはっと息を吐き出すように笑い、良かったなとルーの頭を撫でた。
「ならいいじゃないか! 君達は家族や友人のような間柄という事だ」
そうですねとルーはすっかり納得しきった様子。
男女の友情という物には思う所のあるサトルとしては、何とも言えない気分になる。
ルーからの好意が本当に恋情でないのなら、その落としどころでもいのかもしれないと、サトルは自分を納得させる。
「……オリーブと話していると、すごくすがすがしい気分になるよ」
「ですよね! 私姐さんの事好きなのと同じような意味で、サトルさんのこと好きなんだと思います」
サトルの表情を理解していないのか、ルーはよかったよかったと自分の感情に落とし前を付けたらしい。
サトルはしくりと痛む胃を服の上から押さえた。
少し落ち着いてくるとすぐこれだと、サトルは自分の細い神経を恨めしく思う。
仕事の事はもう気にするのをやめたが、それでも人間関係はどんな場所でも生じてしまう。
別に他人が嫌いとか、出会う人間すべてに悪感情を持つというわけではなかったが、それでも傍にいる人間との適切な距離感、接し方を間違えてやしないかと心配になる事が多々あった。
そしてそのたびにサトルの胃は痛んだ。
実際の内臓の疾患はキンちゃんたちが治癒済みなのだろうが、それでも痛い気がするのだから、人間の思い込みというのは度し難い。
「ルーみたいに自分の感情への決着が、すぐに付けられればいいんだけどな」
そうしたら、こうやっていつまでも告白さえできなかった恋情を引きずる事もなかったと思うのに。
言葉に出せない言葉を、サトルは苦々しい表情で飲み込んだ。




