8・愚痴と愛嬌と涙と笑顔
聞けばルーはダンジョン付近にのみ育成する薬草類を採取することで、なんとか生計を立てているという。
ガランガルという名を付けられたこのダンジョンには、複数の入り口が存在し、中でもこの入り口はまだ発見されて間もなく、ルー以外は誰も知らないはず、ということだった。
このダンジョンの中では何故か、地上よりもかなり傷や病の治りがよく、それを発見した人々が、二百年ほど前に町を作り、その時の初代町長の名前が付けられたそうだ。
「当時はダンジョンの入り口が複数ある事も、ましてやこんなに広大なダンジョンだったという事も知られていなかったんですよね。だから単純に」
少しおかしいと笑いながら、ルーは手元の草を引きちぎる。
この辺りの草木はほとんどがダンジョンからの影響を受けているとかで、何かしらの薬草になる物が多く、それを採取するだけで生きる糧くらいは得られるらしい。
しかし、研究施設を維持する金となればそう簡単ではない。
「先生が生きていたころは、もっといろいろお金出してくださる方たちがいたんですよ。でも酷いですよね、研究はちゃんと実を結んでいる物もあるというのに、先生がいなくなったらその途端ですよ……薄情です」
パトロンたちは離れていき、最近最後に残っていた好色家の男も、別の研究者との契約に乗り換えてしまったという。
「私がもっと、女の武器使えていればと思ったんですけど、格好だけ真似ても駄目でした」
それがルーの胸元の開いた服の理由だったらしい。
延々と愚痴を吐きながら、ルーは手元の草を千切っていく。
サトルはルーから借りたナイフを使い、近くの低木の枝を切っては紐でまとめ、さらにそれをロープで括って持ち運びやすくするという作業を続ける。
「ああもう、ほんとう、何でこんなに煩わしいことが多いんでしょうか。私はやりたいことをやりたいだけなのに」
グズッと鼻をすすりながら、それでもルーは手を休めない。
「この辺りはダンジョンの影響を強く受けていますからね、本来だったらダンジョン内部まで行かないと見つけることのできないような、珍しい薬草もあるんですよ」
ひとしきりの愚痴は終わったのか、急にルー声音が軽く、楽しげなものになる。
それまで黙々と作業をしていたサトルも、これなら会話も大丈夫かと返事を返す。
「ダンジョン内なのに、草が生えるんだ? 地下なんだろ?」
「不思議とそうなんですよね。あと、地下というのは半分間違いです。あの山の内部に広がって、あちらの頂から今度は地下に下るんですよ。一応地下に直接行くルートもあるんですけど、そちらだとほとんど生存者がいないので、ほぼほぼ山脈踏破ルートでしか進めないと聞いています」
あのと指さしたのは、城壁の更に向こうに連なるアルプスのような山脈。
「君は内部に入ったことは?」
「先生が生きていたころに少しだけ。でも途中でリタイアして引き返しました。一応フィールドワーク専門を謳っていたんですけど、やっぱり学者は学者だって笑われました」
答えるルーの声は、少し震えていた。また泣きそうになっているなと、サトルは話題を変えることにする。
「これってあとどれくらい採ればいい?」
ニッケにも似た匂いのする低木。若芽を中心に採るよう言われたのでその通りに採取したが、匂いが強くて眩暈がしそうだ。
「もうそれ位で結構です。取りすぎると枯れてしまいますし」
枯れるのを気にするという事は、また来るつもりがあるという事だろう。それも今のように一人で。
突然現れたモンスターにも気が付かなったルーが、一人でここまで来るのは相当な危険があったような気がするのだが。
キンちゃんも少し心配そうにフォーンと鳴く。キンちゃんはルーのことが嫌いではないらしい。
「一人でここまで来て危なくない? どんな方法を使ってる?」
「危ないですよ。さっきみたいなモンスターは、このくぼ地には出てくることはないんですけど、ここから出たら結構頻繁にモンスターに遭遇するので」
「よくここまで来られたな」
自分もここには何度も通うことになるだろうという予想が付いていたので、良ければ教えて欲しいとサトルが言えば、ルーは構いませんよと返す。
サトルは自分が異世界から来たという事は誤魔化しつつ「どうやら自分はキンちゃんを見ることが出来るがゆえに、キンちゃんに助けてほしいと乞われ召喚されたらしい」という事を話していた。
ルーが言うには、ダンジョンの中で特定個人を召喚できるモンスターらしき存在は確認されているというので、まさしくそういう事なのだろうと、あっさり納得された。
そのモンスターがダンジョンの下層、主にこの祠から行ける場所に生息しているだろうと目されていることも、サトルの言葉を信用する裏付けになったらしい。
それからガランガルダンジョン下と呼ばれる町へ、サトルも一緒に付いて行くことにした。
人である以上衣食住がどうしても必要で、着の身着のまま靴さえない状態のサトルでは生きていけないだろし、それではキンちゃんの願いも叶わないだろうからという事で、キンちゃんも推奨していた。
サトルとしては、だったら何故平野のど真ん中に召還をしたのか、多少問い詰めたい気持ちになったが、どうせフォンフォンしか鳴かないのだろうと、そこは諦めた。
「多少ならモンスターの目をごまかす方法知っているので、帰りに実践しながら教えますね。それに川を渡るまでは、馴染みの冒険者さんについて来ていただきました。あと、その低木がモンスター除けに最適なんです。その匂いがモンスターを寄せ付けません」
匂いがより付着しやすいように自分で採取しても良かったそれを、わざわざサトルに任せたという事か。
やはり悪い女性ではない。むしろ人に対する気づかいを知っている。
「助けてくれる人もいるんだな」
「有難いことです」
その有難い助けは、きっとルーの人柄ゆえだろう。
有難いと答えたルーの嬉しそうな笑顔は、十分に人を引き付ける魅力があるように感じられた。
どんな不遇や苦境にあっても諦めず、笑顔を絶やさない姿は、守ってあげたいと思うものだ。
不意にフラッシュバックする、白いドレスの「彼女」の姿に、サトルは眩暈を覚えて蹲る。
「サトルさん!」
悲鳴のようにサトルの名を呼び、ルーが駆け寄る。
サトルは大丈夫だからと手をあげるが、その額にはびっしりと玉の汗が浮かんでいた。
「少し休憩しましょう」
背を支えてくれるルーの手が温かくて、サトルは思わず縋りそうになる。
「……有難う、大丈夫。それよりもさ、そろそろあれを開いても大丈夫かな?」
甘えそうになる気持ちを振り切り、サトルは大丈夫だと作り笑いを浮かべた。