7・やっぱり謎の妖精
動物に対する残酷描写があります。
苦手な方はお気を付けください。
「私がやりますよ」
そういったのは意外なことにルーだった。
動物の解体なんか無理、と泣き言をいうサトルを見かねてだろう、ルーはそう言うと、まだ生暖かい野犬の首にナイフを突き立てた。
「おい、もうそれは死んで」
「死んでるのは分かってます。解体するなら血抜きをしないと」
基本ですよとルーは言うが、サトルは自分でも言う通り動物の解体などしたことはない。
動画サイトなどにはウサギやシカの解体動画もあるのを知っているが、血というか生々しい死体というのはどうにも苦手だったので、見ようと思ったこともなかった。
血抜きをするには吊るさなきゃいけないと、ルーは今まさに野犬の命を奪った木の棒を、思いきり地面に突き立て、そこに持ってきたロープで縛って野犬を括り付け始めた。
「いやっ! 生々しい!」
あまりにも生々しすぎる。直視することが出来ずサトルはルーから目を背ける。
「助けてもらっておいてこんなことを言うのもなんですが」
淡々と作業を続けるルーの言葉は、先ほど聞いていた物よりも大分低く、呆れているのが分かった。
サトルももちろんその理由は分かってる。
「仕方ないでしょ、俺の住んでた所では、肉は切り身でしか売ってなかったし」
「ああ……コウジマチですっけ、まあ、町ですもんね。そんなこともあると思います」
呆れたというよりも、意外だったというように、ルーが軽口をたたく。
命を救ったことで感謝をされるかと思いきや、まさか獣一匹殺しただけでこんなにも取り乱す人だったなんてと苦笑されてしまった。
心なしかキンちゃんもサトルを憐れんでいるように見える。
「君はいつも動物解体してるの?」
キンちゃんの視線を遮るために掌で押しのけつつ、サトルは話題を自分からそらそうとルーに問う。
「そりゃあ、食べるには解体しなきゃいけませんし」
「これって、解体したら食べるの?」
その問いは実際食べたいと思ってるのではなく、ちょっとした好奇心から。
犬肉を食うというのは少々抵抗があるが、羊頭狗肉という言葉がある通り、中国では犬の肉も一応食品として食べられていたこともある。最も、羊よりよほどランクの低い扱いだったが。
「モンスターですよ? 食べるわけないじゃないですか」
ルーの驚いたような返事は、サトルにとっては意外な言葉だった。
「ああ、そうなんだ……モンスター?」
見た目は完全にただの犬、どこにも怪物じみた要素はないように見えたが、ルーははっきりとこれがモンスターだと言い切った。
血は好きではないし、動物の死体も気持ちのいいものではないが、モンスターと言われると好奇心が騒いでしまう。サトルは心のまま、まるでホラー映画を見る時のように目をすがめ、見える範囲を狭めて恐る恐る吊るされた野犬を見る。
「犬にしか見えないけど……モンスター?」
「はい、ダンジョンの影響を受けて魔物化した動物です。食べたらダンジョンの悪素にやられて、死んで腐ってダンジョンに取り込まれますよ?」
やはり動物ではあるらしい。魔物化した、とはどういうことだろうか。いやそれよりも気になるのが、腐ってダンジョンに取り込まれる、という言葉である。
サトルは少しだけ祠と吊るされた野犬から距離を取る。
「……ダンジョンに取り込まれるんだ」
「死ななければ大丈夫ですよ。でも死んだら、ここだと確実にダンジョンの一部になりますね」
顔色一つ変えずに淡々とルーは説明をしてくれるが、ここまで明確に言い切るという事は、もしかしたら実験をした人がいるのかもしれない。
「そっか、ゲームじゃ死体は……」
何故か消える死体というのは、もう現代のゲームではむしろ突っ込まれなくなった要素ではあるが、まさかその死体が消える理由が存在してるとは思わなかった。
「ダンジョンって……この祠だよね?」
先ほどもそうだったが、ルーはこのことには明確に答えてくれない。しかし、代わりにキンちゃんが激しく鳴いて答えてくれるので、やはりここがダンジョンであるのは間違いないだろう。
「話せない理由があるのかな?」
ルーは顔を伏せ頷く。
しばらく迷って、ようや口を開いたと思えば、それは答えではなくて別の問い。
「……ここの事、誰にも話さないでくれますか?」
「ここは君の秘密の場所?」
「はい……先生と、一緒に見つけた、大事な場所なんです」
先生、というのは今初めて聞いた。ここにはいない人物。その先生という人物の事を、ルーは特別に思い入れているようだ。
「大事な場所……か」
その言い回しには覚えがある。例えば、今はもう一緒にいられない人との思い出の場所や、亡くなった人が大事にしていた場所だ。
まいったね、これは。音に出さずにサトルはつぶやく。
悲し気にうつむき、何かを堪えるように服をきつく握りしめるルー。
気のせいでなければ目に涙がたまっている。
この様子だと、その先生との離別は結構最近かもしれない。
モテる男はここで肩の一つでも抱くのかもしれないが、残念ながらサトルにはそんなテクニックも意欲もない。ただただ泣かれては困るなと、はらはらしながら見守るだけ。
しばらく無言だったが、どうやらルーは自力で泣くことをこらえ切ったらしい。
「あの、貴方は先ほど、妖精に案内されてここまで来たと言いましたよね?」
「ああ、この子にね」
ルーの言葉に答え、サトルが指をさすと、キンちゃんはその通りだと言うようにフォフォーンと鳴く。
それが聞こえたか、ルーは一つ頷くと、サトルの手を掴みあげ握りしめた。
ぬちゃっと濡れた感触にサトルは背を泡立たせる。
「私はこのダンジョンを研究しているんです。どうか、私に力を貸してください! そのダンジョンと関係がありそうな妖精が、貴方に何をしてほしがっているのか、教えて欲しいんです!」
勢い良すぎて思わず半歩後退りながら、とにかく手を放してほしくて、サトルはなるほどと首を縦に振る。
ダンジョンの研究をしているのなら、確かにダンジョンの傍にいるのも納得がいくし、ダンジョンに関係がありそうなキンちゃんに興味を持つのも分かる。しかし、サトルにはその願いをかなえてやれない理由があった。
「分かった、分かったんだけど、それは俺も知りたい」
「え……」
「この子いくつかの定型文以外、フォンフォン鳴くしかできないんだよ」
ルーの瞳孔が、これでもかと言わんばかりに大きく広がる。
「そ、そんな……せっかく何か手掛かりをと、でも、ええ……」
勢い込んでお願いをしたのに、まさかこんな断られ方をするなんてと、ルーはガクリとひざを折る。
サトルのせいではないのだが、こんなに落ち込まれてしまうとさすがに申し訳ない。
「あれの腹の中に入ってる物次第で、何か変わる可能性も有るけど」
せめて希望をと、指さしたのは吊るされた野犬。
ぼたぼたと首から血をたらした凄惨な姿だ。
直視するのも嫌なので、サトルは誤魔化すように苦笑し、ルーに声をかける。
「血抜き終わるまで、何かしてようか?」
「そうですね……じゃあ、薬草採取、手伝ってください」
先ほどまでの熱量が完全に消えた声で、ルーは頼みますとサトルに言った。




