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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルとダンジョンの町のお仕事」
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9・今日もダンジョンの中でお仕事

 ダンジョンに潜って二日目は、探索をすることにした。名目としては探索、採取だが、実際は何が起こるか分からないが、何か起こるかもしれないから、しらみつぶしに行こう、というだけだ。


「妖精たちに反応して現れる可能性もあるだろうからね」


 オリーブの言う通り、最初にギンちゃんを助けた時も、ニコちゃんを助けたと思われるときも、そして新しい三匹を助けた時も、モンスターの方が人間に近づいて来ていた。

 また妖精たちもグラスドッグに反応して激しく鳴いていたことから、彼らは互いの存在が感知できるのではないかと思われた。


 見通しは利かないが、川沿いの平地よりも人の出入りが少なく、レアリティの高い物が採取のしやすい森か、森よりは動きやすいが採取物を探すのが面倒な背の高い草地か、はたまた別の場所へ行くべきか。

 決定権はサトルにゆだねられた。


 サトルが妖精たちに尋ねると、妖精たちは満場一致で森の方へ行きたいという意思を示したので、森に入ることにした。

 森は木々の密度が濃いせいか、下生えこそ少なかったが、開けた場所に比べて踏み固められている様子が無く、随分と足が沈んだ。


 ルーやワームウッド、ヒースが、森の中での採取についてサトルに説明をしてくれた。

 森の浅い場所では、見たいと思っていたクラビーの実が生っている様子や、念願だった妖精たち用の分を含めたシュガースケイルを獲る事も出来た。


「これは凍らないのか」


「ダンジョンの中だったから。ダンジョンの外の、ちょっと高い所に生えてるのが凍って、ぐずぐずになるんだよ。これはジャムに使うやつ」


 ヒースはシュガースケイルとクラビーの実を大量に採っていた。個人で持ち帰って、ジャムを作るのだそうだ。


「余裕があるときだけしかできないから、今日みつかってよかったね」


 何気にワームウッドの尻尾も揺れているので、クラビーのジャムはワームウッドにとっても嬉しい物なのだろう。


 森は奥に行くほど歩きにくさを増し、外からは見えない起伏があることが分かった。

 一時間ほど歩いたころ、サトルは慣れない靴に足を傷めたことに気が付いた。

 靴擦れ以外にも足首に捻挫のような熱のこもった痛みがあった。

 傷は妖精がすぐに直してくれたが、あまり歩くことに慣れていないサトルは、きっとまた足を傷めるだろうと判断された。


「できるだけ、このフロアを回りたい。どんな些細なことでも知りたい。俺が言いだしたことだ、責任は全うする。少し痛いくらいどうってことない」


 妖精が治癒をしてくれるという安心もあり、サトルは言うが、オリーブあまり良い顔をしなかった。


「君が歩き仕事に慣れていないことは分かっている。無理をする必要はない。必要なことだけをしてくれ」


 サトルにとっては十分必要なことだと思っていたのだが、オリーブたちにとってはそこまでサトルが必死になるべきことではないと言う。

 キャンプ地に戻るか、もう地上へ帰るべきかオリーブがカレンデュラと話し合う。


「足手まといか……俺は」


 せめて舗装された道で、履きなれていた現場用の安全靴ならよかったのにと、サトルは独り言ちる。あれならいっそ、蹴りつけるための武器のように使う事も出来たくらいだ。


 落ち込むサトルを見かねてか、モーさんがモーモーと激しく鳴いて、サトルの腰に頭を摺りつけてけて来た。

 まるでサトルを押して自分の上に乗せようとしているかのような仕草だった。


「ち、力強い……」


 たまらずモーさんの上に尻もちを着くサトルに、モーさんは機嫌よさげにモーっと鳴く。

 そのまま動かれてはたまらないと、モーさんにまたがりバランスを取るサトル。モーさんはサトルが自分の上で安定するのを確認して、のしのしと歩き出した。

 気のせいでなければ若干体形がスリムになり、その横幅分の厚みが脚に移動しているようだった。

 力強くサトルの体重を支え、軽快に歩くモーさん。


「大きくなれば車でも牽きそうだな」


「あ、そういう話有りますよ! あの塩鉱山から引かれた水道管を通す水道橋は、百八十年くらい前に、白い牛を連れた人が、白い牛を使い石を運んで作った、と言われているんです」


 オリーブの言葉に、そう言えばとルーが答える。

 成程これが他人を助ける聖なる白い牛かと、オリーブたちは感嘆する。


「モーさん凄い!」


「うん、モーさんも喜んでいるみたいだな」


「モーさんやるな」


「こんな風におとぎ話が現実になると言うのも面白いわね」


「よかったわね、モーさん」


 ヒース、オリーブ、アロエ、カレンデュラ、アンジェリカがそう言えば、モーさんはまた誇らしげにモーっと鳴いた。

 それを見てサトルの頭上でフォンフォンキュムキュムと、他の妖精が騒がしく鳴いたのは、きっと嫉妬や対抗意識が芽生えたからだろう。


 モーさんに運んでもらうことで、サトルにもいいことがあった。


「モーさんに乗ってると、周囲を見る余裕ができるな」


「何かわかったことはあるかい?」


「いや、うん、俺の国とは植生が違うんだな、ということくらいしか」


 オリーブの問いに、サトルは残念ながらと首を振る。しかしそんなサトルの頭上から、一つ離れて飛んでいく光があった。

 すぐにフラフラ別行動をしてしまう子と言えば、確認するまでもなく一匹だ。


「ニコちゃんだ! 何か見つけたらしい」


「光を追おう」


 オリーブの指示に、揃ってニコちゃんを追うことに。突然モンスターが出てきてもいいように、警戒を怠ることなく、速足で森の中を進む。


「やったー! サトルっちあれ見てみ見てみ!」


 それに真っ先に気が付いたのはやはりと言うかアロエだった。

 皆足を止め、大喜びでアロエが指す方向に視線を向ける。

 木の幹に隠れるようにして覗いた先には、大人の背丈ほどもある巨大な蜂の巣があった。


 ハチの巣は二本の木の間に板を渡し、そこに巨大な茶色い繭を張り付けたような形をしていた。

 そんなものを見たことのないサトルでさえ、それがハチの巣だと分かったのは、周囲に巣の住人である蜂が飛んでいたから。

 その周囲を飛んでいる蜂は、ずんぐりとした体に、ふかふかの襟巻のような飾りのついた、可愛らしいミツバチ。しかしサイズが両手で掴んでやっとというほどの巨大サイズ。


「でっかいハチの巣……?」


 サトルの疑問に、目を輝かせたオリーブとルーがそれぞれ答える。


「黄金のミードバチだ。ダンジョン内でのみ生息する巨大蜂。モンスターだがその蜂の巣の中の蜜は至高の一品。特にその蜜から作る蜜酒は、飲めばその口からは愛が溢れ、身体からは人を虜にするフェロモンが溢れると言われる、魔法の蜜酒となる」


「黄金のミードとは、あのミードバチの蜜から作る蜜酒の事なんです。ただ、モンスターなので、ダンジョンの悪素と同じ性質の毒を持ち、その毒性はかなり強く、一度受けるとすぐに体中に毒が回り死ぬかモンスター化してしまうんですよ」


 オリーブはよほどその蜜酒を飲みたいのだろう。目がぎらぎらと輝いている。


「今回はホリーデイルが十分にある。これがあればあの蜜を奪取することも可能だ」


「絶対に取る!」


「うふふふ、こんなところでこんな宝物に巡り合えるなんて、なんて行幸」


 やってやると気炎を上げるオリーブ、アロエ、カレンデュラ。彼女たちをそこまで焚きつける蜜酒というのは、どれほどのものなのだろうか。

 サトルもごくりと唾を飲む。


 しかし彼女たち以上に騒がしく鳴く者たちがサトルの頭上に。

 サトルが見上げると、オリーブたち以上にやる気満々のキンちゃんギンちゃんが顔に張り付いてきた。

 フォンフォンと鳴きながら自分たちがやりたいとでも言うようにサトルにねだる。


 目を開けていられないくらいの眩しさにサトルは唸る。


「さ、サトルさん、それ大丈夫なんですか?」


 心配してルーがサトルの顔面から妖精たちを払ってくれる。

 キンちゃんと、たぶんミコちゃんかシーちゃんだろう妖精が、ルーにもお願いと言うように、フォンフォン鳴きながらまとわりつく。


「うん……まあ、たぶん。けどあの……オリーブ、あの蜂は妖精たちに任せてもらえないだろうか?」


「どういうことだい?」


「反応している。それも強く」


 サトルは自分で言っておきながら、この説明では曖昧過ぎるかとも思ったが、オリーブはすぐに納得する。サトルが思っている以上に、数の増えた妖精たちの光と鳴き声は、騒々しい物だった。


「そのようだね。これを駄目だと言う勇気は私にはないな」


 こんなに光にたかられては恐ろしくてと、オリーブが苦笑し、カレンデュラやアロエもそれに同意する。


「小さい標的ってやりにくいもんね。妖精ちゃんたちが何か手段もってるってんなら、そっちに頼るよ。お願いね」


 アロエはナイフを使うこともあるが、ほとんどの場合は弓を使う。その為攻撃回数も限られ、次の矢をつがえるタイムラグなどもあり、蜂を相手にするのはあまり得意ではないと言う。

 百は超えそうなその数も問題だろう。


 モリーユは一人何も言わないでいたが、オリーブの決定にショックを受けた様子だった。モリーユは高位の魔法使いだと説明を受けていたが、もしかしたらモリーユだったなら、あの蜂をどうにかできたのかもしれない。

 それでもオリーブが決定したのだからと、肩を落としつつサトルと妖精たちに場を譲るモリーユ。ただでさえ細い肩を丸め、背を小さくしている。

 サトルはそんなモリーユに合わせるように腰をかがめ、視線合わせる。


「栄誉を譲ってくれてありがとうモリーユ。もし駄目だった時は、君の力を借りたい。いいかな?」


 モリーユの覆面は目元だけが見えている。その目元が驚きに見開かれ、そしてほんのりと赤く染まる。

 何度も頷くモリーユに、良かったとサトルは胸をなでおろす。

 背を丸めたモリーユの姿が、以前見た「彼女」やルーが泣きそうになっている時の姿に似て見えたのだ。

 ルーにはなんと言葉をかけるのが正解だったか分からなかったが、より幼いモリーユ相手には言葉が出たことに、サトルは心底安堵した。


「サトル……頑張って」


 ごくごく小さな声だったが、モリーユが初めて自分の名前を呼んだことに、サトルは驚く。


「ああ、ありがとう」


 任せてもらったからには全力を出すしかない。

 サトルがやるべきことは妖精に指示を出すこと。しかしそれには大量の体力、魔力を消費するのが分かっている。気を失うまではいかないだろうが、下手を打てばしばらく自力で動けなくなるかもしれない。

 そうならないためにサトルは策を練る。


 モンスターをハントするゲームや、ファンタシーでスターなオンラインゲームを思い出す。

 大きな巣。そこからあふれてくる羽の生えた虫。それらを効率よく倒すにはどうすればいいのか。

 蜂を巣から追い出して、巣をゲットする、もしくは巣の中から女王を駆逐する。


 まずは追い出す方法が必要だろう。


「ワームウッド、あの蜂は煙は苦手だろうか?」


「苦手だね。ホリーデイルを焚いた時の煙が苦手だ。あの蜂を巣から追い出すときの常とう手段だよ。知ってたの?」


 言ってワームウッドは用意していたかのように、フェルトの毛布と、乾燥させたホリーデイルの束をサトルに渡す。


「いいや、害虫駆除でよく煙を使うな、って程度。ありがとう」


「ついでに教えてあげる。あの蜂は特にホリーデイルの匂いを嫌がる。毛布に塗り込んでおくと、刺されにくくなるよ。それと、あの蜂の巣から取れる蜜蝋は、シャーマンがよく使う呪術の道具になるんだ。ボスが高値で買ってくれるよ。蜜が駄目でも巣を破壊出来て、女王蜂を殺せたら、それで十分、収入になるからね」


「なるほど、アロエが喜ぶわけだ」


 蜂の巣を見つけた瞬間の、オリーブたちの目の色が変わる理由がよくわかったとサトルは笑って納得する。黄金と名付けるにふさわしいモンスターという事か。


 ダンジョン内でいつか必要になるだろう技術の一つとして、ロープの結びや松明の作り方を前日に習っていた。それがさっそく役に立つようだ。


 ホリーデイルを先端に括り付けた松明を燃やす。ちゃんと火が付くように乾燥した枝をメインに使ったが、煙がより出るように生の葉も混ぜてある。

 もうもうと立ち上る煙は柑橘類と胡椒を混ぜたような、刺激のある匂いだった。


 サトルはホリーデイルを刷り込んだ毛布を全身にまとい、松明を掴んだまま蜂の巣へと向かう。松明はサトルの持つ物と、モーさんの背に括り付けた二つ。

 サトル巣から少し離れ、囲い込むように、モーさんは巣に直接突進し、体当たりで巣をある程度破壊するために。


 煙の臭いに騒然となるミードバチ。飛び上がりブォンブォンとお恐ろし気な唸りをあげている。


 サトルの後ろに続く妖精たちにはすでに指示を出してある。それを遂行するにはサトルが随時指示を出す必要があったが、現場で指示を出すことは苦手ではない。計画と反復、それはもう済んでいる。


 荒れ狂うミードバチはモーさんではなくサトルに向かって殺到する。

 怒り任せではなく統率の取れた蜂の動きに、サトルは背を寒くするが、しかしそれが好都合。

 ミツバチとそっくりな大きな蜂の目がサトルとかち合い、サトルはきつく目を閉じた。


「テカちゃん! キンちゃん! 最大光量! 畳みかけてギンちゃんフーちゃん! 酸を後続の蜂にぶちまけろ!」


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