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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルとダンジョンの町のお仕事」
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5.意外と普通のダンジョンでの異世界グルメ(兎肉のソテー)

 時刻で言うなら昼間の一時頃。簡単な聞き込みを終えたオリーブたちが戻ってきた。


「おかえりなさい」


 採取した薬草や香草、食用の野草をえり分けるサトルたちの代わりに、ワームウッドがオリーブに問う。


「何か情報は?」


 オリーブが代表して首を振る。


「残念ながら特にめぼしい情報はないな。異変と言っても、ここは最近少しグラスドッグが多いくらい」


 オリーブたちの方には大した成果はなかったと言うが、それよりもサトルたちの選り分ける大量の野草にオリーブは相好を崩した。


「ずいぶんな成果だな? 一日でこれなら支度金以上だ。大したものだ」


 選り分けている草の中には、あの万能風邪薬になる花も一掴み分ほどあり、ホリーデイルなどの一見して分かる物と合わせて、採取にしては上々以上の成果であることが見るだけで分かった。


 オリーブの素直な賞賛の言葉に、サトルはほっと胸をなでおろす。

 採取した物は換金後平等に分配する予定になっているので、オリーブがそれぞれ一人当たりの支度金に十分足りると言ってくれたことで、サトルとしても気に病むことが無くなった。


「よかった」


「ん? もしかしてまだ気にしていたのかいサトル殿」


 その反応はヒースと同じだとサトルは苦笑する。


「ああ、貴方たちにばかり負担をかけたくなかった」


「サトル殿はまじめすぎる。もう少し、人に頼るべきだ」


「確かに……これじゃあルーに言えないな」


 そのルーは一生懸命草の選り分けとと、その場で加工する物を処理している最中だ。こればかりはまだサトルにはできる事ではなかった。


 オリーブたちが帰ってきてすぐに、アロエたちも帰ってきた。


「いっぱい獲れたよ!」


 そう言ってアロエが掲げたのは、血抜きも済み腹の開かれた兎が四羽。

 その光景にサトルはふらりと眩暈を起こす。


 ふらつくサトルをオリーブが支え、それに気が付いたルーが慌ててアロエの背を押しサトルから引き離す、。


「サトルさん血が苦手なので、サトルさんの見えないところで解体しましょう」


「肉を食べないから貧血なるんだよー。サトルっちもっと食べな? 一番いいとこのお肉あげるからさ」


 妙に距離間の縮まったアロエの、妙な末尾が付いたニックネームにも反応できないまま、オリーブに支えられながら、サトルは首を振る。


「いや、いい……ちょっと、食欲が、わかなくて」


 そんなこんなで、眩暈を起こしたサトルは休ませつつ、兎は肉へと解体され、その後調理が行われた。

 兎の毛皮はそれもまた収入になるとのことで、サトルにとってはありがたい情報だった。


 兎肉の見た目は鳥の肉に近い。それも鴨や雉のような赤味の強い肉によく似ていた。油は少ない。


 兎肉の料理は至ってシンプルだった。血を抜いて解体した骨と肉をしっかりと炊く、とにかくしっかりと炊くことが重要らしかった。

 調理時間もあるので、こちらは夕飯になるとのことで、昼食は他の部分をと食べることに。


 肉を軟骨とともに細かく叩いた後、ホリーデイルを刻んで混ぜ、塩を少し入れ練ることで粘り気出るので、これを丸めてニッケのような香りのする木の枝に挿し、遠火の強火でじっくり焼いて塩を振り、その場にあった香草で適当にソースを作った。

 ホリーデイルはデイルと同じ、胡椒と柑橘類の皮を足したような爽やかな香りがあった。

 他にもサトルの採ってきたクレソンを刻んで練り込んだ物も作っていたが、これはオリーブとアンジェリカの好物だと言う。


 兎の団子とヒースは言ったが、サトルから見たらつくねのような物だと感じた。

 ホリーデイルが混ぜ込まれているので、兎肉の甘みのある香りと相まって、柚子に似た風味を感じた。


 オリーブたちはそれを食べたが、サトルにはせっかくだからと、ヒースが別の料理も作ってくれた。

 ヒースがサトルのため、食べやすいようにと作ったのは、わざわざ持ってきていたスキレットのような鉄鍋を使って焼いた、太ももの肉のソテーだった。


 ウサギの肉はできるなら熟成させた方がいいらしいのだが、今回はその時間が無いからと、しっかりと片刃のナイフの背で叩き、柔らかくなるようクラビーのジャムを片面に塗り込んだ。もう片面には塩を刷り込み、生のデイルの葉を敷いてスキレットに入れ、上からもデイルの葉をかぶせて蒸し焼きに。


「手間がかかってるんだな」


 ルーの作ったスープとはだいぶ違う、と言いたいところを我慢するサトル。


「うん、サトルに作りたかった!」


 可愛いことをいうヒースに、サトルは胸の内がじわりと温かくなるを感じる。

 会社の後輩とかバイトの学生どもとか、こんな可愛いこと言ってくれる奴いなかったよなあ、と、若干の空しさがこみあげてきたのは、きっと気のせいだろう。

 サトルはとにかくヒースの調理手順を見ることに意識を戻す。


 じっくりとデイルの葉の水分で蒸し焼きにしていると、肉の匂いが随分と変わってきた。上面に塗っていたクラビーのジャムにも熱が伝わってきたようで、かなり甘い匂いがしていた。


「ジャムの匂い凄いな……」


「兎の肉も元々甘い匂いだから、余計にね」


 ウサギの肉が甘いとは知らなかったと、サトルはちょっと驚くが、ヒースにとっては当然のことだったようで、そのまま調理を続ける。


 肉に火が通ったところで、いったん取り出し、デイルの葉を取り除いて、兎の油をスキレットに乗せる。ジワリと溶けだしたところで、肉を戻し両面を焼いて塩を振る。ジャムが焦げ付かないように気を付けるのがポイントだとヒースは言う。最後にノビルに似たネギの仲間らしき香草を入れて出来上がりらしい。


 兎も肉になってしまえば、それ以上は考える必要もない。サトルとしては若干心の傷をえぐられるものがあったが、それ以上に、ヒースがサトルのために作ってくれたと言う事実が、目の前の料理を魅力的な物に見せていた。


 わざわざ皿は用意していないので、スキレットの中で肉を切り、そのまま食べるように言われる。

 

 両手を合わせいただきますと言うサトルに、少し不思議そうにするヒース。


「俺の国の、食べ物に敬意を示すときの挨拶。この食事を与えてくれた人や、糧になってくれる動物、植物、それらを育ててくれた自然に感謝してるんだ。何せ毎日食べる米粒一粒にさえ神様が八柱いると考えてる国なんでね」


 サトルの説明に、ヒースだけでなくオリーブたちも驚く。


「なるほど、サトル殿の独特な物の考え方は、その宗教観に基づく物なのだろうか」

 

 オリーブが真顔でそう言えば、確かにサトルの考え方は他のヒュムスとは大きく違うと、それぞれが口にし、意見が交わされる。思わず真剣に考えたくなる価値観の違いだったのだろう。

 サトルはそれを聞きながら、一切れ肉を掴み口に運んだ。


「相当甘いけど、美味しい……肉は野生の動物なのに十分柔らかい。それにこのジャムの酸味がいいな。肉に癖が無いけど、これは元々? いや、後味はやっぱり血の味が濃いか。結構繊維もしっかりしているんだな。やっぱっり筋肉質なんだ」


 熱々の肉を手づかみで食べるワイルドさとは裏腹に、兎の肉は肉汁が甘く、デイルの柑橘類を思わせる香りとクラビーのジャムのワインのような香りと酸味とが相まって、かなり上品な味だった。

 デイルで蒸し焼きにしていたので、身の水分も抜けずに、最後にしっかりと油で焼いたので香ばしさはあり、塩気は外に振ってあったが身がそもそも甘味を持っていたので、不思議と味付けが薄いとは感じなかった。


 フランス料理で食べたカモ肉のソテーを思い出させる味に、サトルは感嘆する。


 傍から見てもはっきりと分かるほどに、サトルの目は輝いていた。


「よかった。サトルって味にうるさいってルーが言ってたから」


「いや、そうじゃない、俺が味にうるさいと言うよりも、ルーの料理が雑だったんだなと今ならわかる」


 兎のつくねを齧っていたルーがせき込む。


「え、そうなんですか? 私そんなに雑です?」


 オリーブたちは少し苦笑い。きっとあの日寝たガン肉のスープを飲んだことがあったのだろう。


「まあ、そうね、ちょっと以上に雑よね」


「アンまで」


 アンジェリカはルーの食生活について知ってるので、より真剣に頷く。


「ある程度食べられるように作ればいい、っていう感じが、透けて見えてるわ。貴方の食生活」


 安い塩で作った塩のクッキーを考えれば、アンジェリカの言っていることは間違っていないのだろう。

 ルーは自分の食生活を指摘され、苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せる。


 サトルは兎肉のソテーを妖精たちに少しずつ分けながら、その内ルーの食生活改善をしてみようかなと考える。


「じゃないと、俺の食事も雑にされそうだし」


 日々の美味しい食卓のため、サトルはひそかに決意を固めた。


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