6・戦うというお仕事
動物に似た存在に対する残酷描写、血なまぐさい描写があります。
ご注意ください。
食事を終え、せっかくなので後片付けは自分がとサトルが申し出たが、ヒースは自分の使った道具は自分で手入れをしないと気が済まないらしく、サトルはそれを横で見せてもらうにとどまった。
ヒースがサトルに懐く理由は、所属しているパーティで一番下の扱いだったヒースの言葉やすることを、サトルが興味を持って見聞きすることにあるのだろう。
ヒースはサトルに自分の知ってる事を丁寧に教える。
「仲良いですよね」
スキレットの洗浄をする二人の背を見ながらルーがぼやけば、その横に伏せたモーさんも不機嫌にモーっと鳴く。上ではキンちゃんが少し困ったようにフォンと答える。
ギンちゃんとテカちゃんはサトルの頭上から二人の手元をのぞき込んでいる。
実に平和だ。
片付けがあらかた終わり、サトルがワームウッドに問う。
「あの、採取作業って、ホリーデイルみたいな物を採る以外、具体的に何をするんですか?」
「ダンジョン内でしか取れない特別な採取物を持って帰るんだよ。ホリーデイルもその一種だし、他にも色々あるよ」
それだったら俺が答えられると、ヒースが返す。
自分が誰かに教えられることがある、というのが嬉しくてたまらない様子が、上機嫌に揺れる耳や尾に現れている。
「ヒースが楽しそうで何よりだよ」
ワームウッドがくつくつと笑って呟けば、ルーがちいさく唸る。
「私の役目だと思うんですよう」
「ルーは私と一緒においでなさい。男の子は男の子同士がいいのよ」
「子じゃないですよ」
アンジェリカに手を引かれ、ルーはしょんぼりと肩を落とす。
「男なんて幾つになっても子供よ、それよりも、私たちは大人のお仕事の話をしましょうね」
アンジェリカは持ってきていた何かの紙をルーに見せながら、これを探したいのだと提案する。
これからルーとアンジェリカ、アロエ、モリーユたちは背の高い草むらの方へ、サトルと妖精と、ヒース、ワームウッドは森の方へと別れて採取に行く予定だった。
拠点の見張りはオリーブとカレンデュラ。
「それでさ、ヒース、そういうのってどうやってわかる?」
今度は自分が答えようと、ワームウッドがヒースを手で制す。
「互助会ってさ、何故あると思う?」
問われサトルは軽く目を伏せ考える。
今まで読んだことのある本、やってきたゲーム、そして実社会の会社の役割を考えて、それをこの世界に当てはめてみる。
「互助会がどういう役割を果たしている組織か俺はまだはっきりと分かっていないので何とも。冒険者の安全を担保するための互助組織……でも採取の話と関連してると考えると……何かダンジョン内でしか採取できない物を取ってきてもらうとしても、依頼主と冒険者間の契約だとトラブルが起こりやすいから、仲介役。ルーの話を聞いている限りだと、後ろ盾とか信頼がとか言っていたから、互助会の名前があれば仕事をスムーズに受けられるんじゃないかと思うんだが」
派遣会社のような物、と考えるべきか、何かの業界の組合と考えるべきかはっきりとはしないが、冒険者というものが個人事業主であるとするなら、その業界のルールを守るため、また商売として必要な物だろうと考えられた。
「うん、それも互助会の仕事の一つ」
サトルの答えにワームウッドは満足そうにうなずく。まるで大学の教授の意地悪な質問に似ているとサトルは感じた。
仕事の一つ、という事は、サトルの答えは及第点ではあっても、満点とは思っていないのだろう。
「採取する物を決める理由は? 依頼を直接受けるんじゃないなら、どこで必要な物やその数が分かるんでしょうか?」
サトルとワームウッドの問答が面白そうと感じたのか、カレンデュラが自分も混ぜてくれないかと口を挟む。
サトルは不意に近づいてきたカレンデュラから、露骨に目を逸らしてしまう。数歩後退るサトルに、カレンデュラは苦笑する。
「嫌われてしまったかしら?」
「いいえ、貴方が魅力的すぎて、俺の目には眩しく映るんです」
見え透いたお世辞だが、そう言うサトルの耳が分かりやすく赤くなっているのを見て、まあいいでしょうと、カレンデュラは咎めるのを止めた。
「互助会にはね、需要がある採取物の情報があるのよ。互助会に入ると、それを閲覧させてもらえる。今アンジェリカがルーに見せているのがそれね。書き写していいのよ」
「でも、個人間でも依頼を受けることはできるんですよね?」
「ええ、そうね」
答えを返しても頑なに目を合わせてこないサトルに何を思ったか、カレンデュラはするりと身を寄せ、サトルの体にしなだれかかったが、やはりサトルはすぐにカレンデュラか距離を取る。
「何を考えてらっしゃるの?」
「それはこっちのセリフです。何で俺をからかうんです?」
「面白いから」
思いの外端的な答えが返ってきて、サトルはガクリとうなだれる。
「そうですか……俺が考えていたのは……採取について話を聞いたのはルーの助けになるためには、やっぱり多少なりとも金が必要かなと思って」
「ああ、本当に貴方たちは似ているのね」
誰にとは言わなかったが、カレンデュラの言いたいことはサトルにもわかった。
ルーは自分が払える依頼料を持っていなかったため、オリーブたちに頼ろうとしなかったのだ。
「そうね、貴方が頑張って稼いでくれたら、あの子も少しは、甘えてくれるかな」
ふふっと笑うカレンデュラの笑みは、今まで一番柔らかい物に見えた。
ルーをひたすら心配して、アプローチこそ違うが、頼ってほしいと願っている。
「貴方も、アンジェリカやオリーブと似てますよ」
「あら、それは嬉しいことを」
「サトルさん!」
カレンデュラの言葉を遮る悲鳴のようなルーの声。
合わせて聞こえる、妖精たちのフォンフォンキュムキュムという騒がしい鳴き声。
いったい何があったのかと、ルーの呼ぶ方へとサトルたちは駆けだした。
ルーは少し離れた草地を指さし、あれを見てくれと言う。
「どうした?」
「モーさんが、というか、モーさんの上に乗ってるキンちゃんたちが何かに反応しています!」
草地に向かって激しく警戒の鳴き声を発する妖精たち。一体そこに何があるのかは、背の高い草に遮られて分からない。
しかし風のないはずの場所で、草が揺れる音が聞こえた。
「キンちゃん、何があった?」
フォーンと鳴いてサトルの左手に飛びつくキンちゃん。何かを訴えているようだ。
「もしかして近くに君の仲間が?」
問うサトルに、そうだと言わんばかりにフォンフォンとキンちゃんは激しく鳴く。
サトルのキンちゃんへの問いかけを聞いてだろう、オリーブがニヤリと喜ばしそうに笑みを浮かべる。
「早速か、やはりダンジョンに来てもらってよかったようだ」
キンちゃんたちの仲間を集めることが当初の目的であり、そのためにダンジョンに慣れさせるためサトルをダンジョンに連れてきたのだが、まさかその当日に目的の物が現れるとは思っていなかった。
余裕のある笑みを浮かべてはいるが、オリーブの額には冷や汗が浮いていた。
「あっちは兎の内臓捨てたところ!」
アロエが揺れる草の位置を確認し告げる。
「あれの匂いで肉食のモンスターが来たんだ」
「この辺りで草地を縄張りとする肉食のモンスターで、あの高さの草に隠れるのなら、たぶんグラスドッグです」
ルーが予測し、後退る。
オリーブ、アンジェリカが前衛に立ち、その後ろにモリーユとカレンデュラが立つ。
アンジェリカの後ろで、お兄ちゃんの量の腕が肥大化し、まるで蛇のように長く伸びた。いつでも迎え撃つ気満々と言わんばかりだ。
「グラスドッグって、ルーが襲われてたあれか」
初めてサトルがルーと会った時に出てきた、あの犬のようなモンスターかとサトルが呟けば、アンジェリカの長い耳がぐるりと後方のサトルたちに向く。
「ルー? どういう事かしら?」
「それ言わないでください! アンに叱られます!」
「叱られておいた方がいいと思う」
もうすでに遅いのだし、ここは素直に叱られておいた方がいいとサトルはルーを見捨てる。
身を護るすべを持たずにモンスターに挑む無謀については、サトルは嫌と言うほど身に染みていた。
グラスドッグたちは臨戦態勢に入ったオリーブたちに気が付いているのか、襲ってはこない。
それでもサトルたちが声を潜めれば、草の向こうからグルグルと唸る声が聞こえてくる。
「グラスドッグって、こんな大人数に襲い掛かってくるものなのか?」
「珍しくはありますが、無い事ではありません。縄張りを主張するために、人間を襲う事もあります。というか、モンスターは獣よりもより理性が無いので、群れていたら結構無謀な狩りをしに来ます」
野生の獣だったなら、どんなに群れていても、大人数の人間を襲うというのは珍しい。極端に群れの数が多いか、襲われる側に弱そうな女子供がいるのなら、それを狙う事はあるだろうが、それでも草むらの揺れはそんなに多い数には見えなかった。
サトルの素朴な疑問に、ルーが間髪入れず答え、ワームウッドが半眼でアロエを睨みながら補足する。
「特に今回は、アロエが横着して近くに兎の内臓を捨ててしまったようだから」
「うぐ、すみませんワームウッドさん」
「謝るなら僕じゃなくてサトルやルーにね」
「ふぐああああ、ごめんなさいルー!」
叫ぶようにルーに謝るアロエ。
気にしていないからいいですよと、ルーが口を開くより先に、アロエの声に触発されたグラスドッグが飛び出してきた。
数は十。
オリーブが数歩前に出ると、腰を落とし構える。
自分の身長の三分の二程の柄を持つ、身長よりも大きな大斧をオリーブは振り回す。
「はあ!」
構えた大斧を一閃。千切れるように血肉をまき散らし、グラスドッグが数匹吹き飛んだ。
後続のグラスドッグがたたらを踏むように動きを止める。
「わが命の契約の元に命ずる、彼の者を縛れ」
静かなアンジェリカの声とともに、お兄ちゃん(仮)の腕が伸び、二匹のグラスドッグの首を縊る様に捕らえる。
「仲間割れでもしていなさい。卑しい犬にはそれがお似合いよ」
ほほとアンジェリカが笑ったとたん、縊られたグラスドッグが仲間だろうグラスドッグの喉笛に食らいつく。
仲間の凶行にギャンギャンと悲鳴のように泣きわめくグラスドッグたち。
草むらの中にもまだ隠れていたらしい数匹が、撤退したのか大きく草むらが揺れて音が遠ざかる。
「追って、すべて仕留めて」
アンジェリカの命令に二匹のグラスドッグが走り出す。気のせいでなければ、そのグラスドックの首には首輪とリードのような黒い紐。それがお兄ちゃん(仮)の手から伸びている。
アンジェリカがそうやってグラスドッグを仲間に仕掛けている間に、オリーブも動いていた。
さらに数歩踏み出し、近付くのをためらっていた数匹に向け斧を振るう。
ただ振るのではなく、手首を返し押して引くような動作をすることで、バラバラの位置にいた残りの全て、四匹のグラスドッグを一瞬で肉塊へと変えていた
「瞬殺……えー、今のどうしたんだ? ただ振り回しただけじゃないよな?」
目の間に転がる血と臓物と何かの塊が泣けば、本当にゲームの世界だと思うほど、圧巻としか言いようのない動きだった。
しかしゲームとは違うリアルな毛皮を裂き、肉を潰し、骨を砕く音と、むせ返るような血と内臓の匂いに、サトルはへにゃりと座り込んでしまう。
お兄ちゃん(仮)が何を思ったのか、手に繋がる紐を引く。
遠くで「ギャン」という短い断末魔が二つ。
どうやら戦いは終わったらしい。
真っ青な顔でへたり込むサトルに、アンジェリカはあきれた様子で問う。
「ルーが襲われたときは如何したの?」
こみ上げる嘔吐感を我慢しながらサトルは答える。
「その場にあった棒で滅多打ちに」
サトルの答えにオリーブが驚く。
「君のその細い腕と棒でか。よく頑張ったな。グラスドッグは比較的対処のしやすいモンスターだが、とても執念深い。首だけになっても襲ってくると言われるくらいだ」
余計なことを言うまいと、口を押えて立っていたルーへと、サトルは座った目を剥ける。
「……ルー、あの時何でそれを教えてくれなかった?」
「あははははー」
ルーのわざとらしい乾いた笑いに、サトルがほんの少し不信感を抱いたのは言うまでもない。




