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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは竜とは戦えない」
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9・ダンジョンと妖精と平原と

 ルーからもらったリボンを、キンちゃんには頭に、ギンちゃんには首元に結んでやると、二匹は嬉しそうにフォフォーンフォーンと鳴いた。

 いつも以上に大きく高い二匹の声は、ルーにもはっきりと聞こえていた。


「喜んでいただけたようでなによりです」


 素直に喜ぶルー。

 しかしサトルには思うところがあった。


「うん……だけど問題があるな」


 それは何かと聞く前に、ルーはサトルの視線を追い気が付く。


 ふわふわと宙に浮く、もう一匹のキンちゃん、改めニコちゃん。


「あー……そうですね」


「この子はどこから来たかってことだ」


 寝て起きたらいつの間にかいました、ではいけない理由があった。

 これからサトルたちはキンちゃんの頼みを聞きキンちゃんたちを集めなくてはいけない。のためにはキンちゃんの仲間を救い出すための条件を知っておく必要があった。


 サトルはニコちゃんに向かい問う。


「君はどこから来たの?」


「ダンジョンニ囚ワレテイル私タチヲ、助ケテクダサイ」


 電子音のようなニコちゃんの声に、サトルは眉間を押さえる。

 ダンジョンに囚われている私たち、という事は、昨日自分たちがダンジョン内でした何かが、このニコちゃんの解放に繋がったのかもしれない。


「それはつまり……君もダンジョンの中にいたのか」


 しかしサトルたちがホールの床が崩落したダンジョンから抜け出すまで、ニコちゃんは欠片も姿を見なかった。

 視界が悪かったために気が付かなかった可能性も有るが、それ以上に、サトルたちは周囲を見いる余裕がなかった。

 何せモンスターに襲われ命の危機に瀕していたのだ。


「ああ、そうか、あの大きな犬の中かな?」


 ニコちゃんが肯定するように、フォーンと高く鳴く。

 どうやらギンちゃんと同じように、モンスターの体内にいたらしい。


「あれはロックハウンドか、サンドハウンドですね」


 モンスターの名前だろう。岩や砂の名前を付けた猟犬が、何故ジャングルにいたのか。

 あんな場所にといぶかしがるサトルに、ルーは続けて答える。


「普通なら、あの場所にはいないモンスターです。そしてそういう生息地の違うモンスターの目撃情報は、近年多く……」


 言いながらルーの視線は、昨日キンちゃんが作ったダンジョン石に向かう。

 それは普段だったらこの祠付近には近づかない、野犬のようなモンスターの成れの果て。


 モンスターの行動の異変と、囚われの妖精は何か関係があるのか、ニコちゃんが本当にあのディンゴモドキの腹から出てきたともわからない内に、早計に結論を出すことはなかったが、ルーは疑いを持ち始めていた。


 サトルもその視線と黙り込んだルーの姿に思うところがあったのか、確かめるために問う。


「ルーはモンスターには会わなかったのか? よくここに入るんだろ?」


「月に一回くらいですよ。階段の傍を離れさえしなければ、あのフロアではモンスターと遭遇したことはありませんでした。下のフロアに行ったのは、昨日が初めてです」


「モンスターの異変はどうしてわかった?」


「分かった、というほど明確ではないですね。冒険者から聞き取りをしています。ここ数年少しおかしな行動をとっているモンスターがいる、程度の話を聞いていました」


「それは普段いない場所にいる、っていう事?」


「はい」


「モンスターの分布はどうやって?」


「数フロア毎に、ダンジョン内の様相が変わるんです。その中で、どの様相でどのようなモンスターが出やすいのか、というのはまとめてあります」


「研究者が?」


「いえ、こちらは冒険者の互助会があり、そこでまとめてあります。研究者は自らダンジョンの深部に入る者はあまり多くなく、それを複製した情報を買うことが多いですね」


「ああ成程、必要な情報は必要な人間が、ってことか」


 情報を整理するように、一つ一つ答えていたルーだったが、ふと自分の足元に視線を落とすと、少しだけ慌てた様子で問答を切り止めようと言い出した。


「話し込むのはこれくらいにして、そろそろ行きましょう。早くしないと陽が高くなってしまう」


 陽が高くなる前に、ある程度草原を踏破しておかないと大変なことになると、ルーは慌てた様子で荷物をまとめ始める。


 靴の無いサトルのために、足に布を巻いてやるとした約束もちゃんと覚えていたようで、荷物をまとめ終わると、サトルに座って足を見せるように言った。


「ボロボロじゃないですか」


 サトルの履いていた靴下は、キンちゃんたちのおかげか汚れは驚く程落ちていたが、もう靴下として機能するのが難しいほどに破れ、穴が開いていた。


「結構枝とか、硬い種子みたいなものも落ちてたしな。でもまあ腐葉土で助かったよ」


 サトルの足に傷は見えなかったが、キンちゃんたちが治してくれた結果だとしたら、昨晩サトルの足はどのようになっていたのか、ルーはぐしゃりと顔をゆがめた。


 泣きそうになりながらサトルの足に布を巻いていくルーを、サトルは困ったように見下ろす。


「……君ってすぐ泣きそうになるな」


「サトルさんが無表情すぎるだけですよ」


 少し怒ったような返事に、サトルは困ったようにごめんねと呟いた。


 支度が終わればすぐに出発と、サトルとルーは丘陵を超え平原へと出る。

 昨日ルーがなぜ杖を持っていたのか、サトルはこの時になってようやく知った。野営や採取のための大きなバックパックを持っていると、坂を上るときの負担は一層増してしまう。サトルが幾分か荷物を受け持っても、大荷物を持ったルーには、杖が無くてはかなり辛い坂道だっただろう。


 登り切った丘陵から見ると、やはり平原は広大だった。


「ひろいよなあ……」


「広すぎて平らに見えるんですけど、結構起伏があるんです、この辺り」


 息を切らせ、杖をしっかりと握りしめながらルーが言う。


「……なんというか、スケールデカいなあ」


 広すぎて平らに見える、なんて感覚は、山と森林七割の日本に住んでいるとなかなかお目にかかれない感覚だ。

 サトルにはその広大さがあまり理解できず、ただただあほみたいに広いな、という感想だけが浮かんだ。


 今からサトルたちは、そのあほみたいに広い平原を、まともな靴の無い状態の徒歩で歩ききらなくてはいけない。

 それも、ルーが言うには時間制限有り、らしい。


 タイムトライアルの説明をルーが始める。


「それから、時々休憩を挟みますが、休憩の時はできるだけ音を立てずに」


「会話も?」


「今くらいの時間なら問題はないですが、太陽が高くなってきたら、話してはいけません」


 丘陵を下り、半ばでルーは立ち止まると、杖を使い遠くに見える山の峰を指す。


「昨日も少し話しましたが、あの山脈の一番高い峰、その右隣に、竜の巣と呼ばれる場所があります。人間では到底太刀打ちできない、竜と呼ばれる強大な生物が大量に棲んでいるんですが、それが、陽が高くなってくるとこの草原に来るんです。ですから、獣やモンスターは、陽の高い内はこの草原にあまり出てきません」


「竜は何をしに?」


「なわばりの見回りだと言われていますが、私は一度だけ、気まぐれのように周辺の草を食む様子を見ました」


「気まぐれなんだ?」


 答えを返す瞬間、ルーの瞳孔が細くなる。それがどういう感情の表れかはサトルにはわからなかったが、あまり良い感情では無さそうだった。


「冒険者に話したらそう言われたんですけどね、牛や馬の食べる草の量を見たり、この周辺の植物の背丈を見ていると、どうも昼間に動く動物もいないのに、この辺りの草って背が低いような気がするんですよね」


「それは俺も思う」


 だからこそサトルは、最初に牛馬の放牧に使われる、阿蘇の草千里に似ていると思ったのだ。


「だから、この辺りは竜の餌場なのでは、と私は思っています」


「あの祠が他の人に見つかっていないのってもしかして」


「竜のせいかもしれませんし、単純にここまで足を延ばす理由を、人が見つけられなかったからかもしれません」


 ルーの言葉にサトルははたと気が付く。


「俺さ、昨日祠から離れて採取しだんだけど」


 危険があると分かっていた場所に、説明もなく行ってきてくれと頼んだのかと、しかもその時ルーは自分が付いて行く、という選択をしていなかった。


 サトルは目をすがめルーの顔をまじまじと見つめる。

 責めるような視線にルーはあははと乾いた笑いを漏らす。


「ああそれでしたら、まだそんなに日も高くなかったですし、あの祠から朝のうちに歩いて移動できる距離位でしたら、竜も寄って来ないあたりだろうなと思ったので」


 うふふと笑って話して見せるルーの笑顔は可愛らしい物だったが、どことなく何かをごまかしているように見える。

 細められた目では瞳孔は見えないが、嘘の付けない耳が、逃げるようにサトルからそっぽを向いている。


「……」


「あの……サトルさん」


 サトルは答えない。


「ごめんなさい。だってあの時はまだサトルさんの事信用してませんでしたし」


 サトルはやっぱり答えない。


「……サトルさん?」


「君、思ったよりいい性格してる」


 呆れてため息を吐くサトルに、ルーは申し訳なさそうに耳を倒し、もう一度ごめんなさいと繰り返した。


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