10・平原と竜
信用できない者を見るような目でルーを見るサトル。
ルーはその視線を避けるように顔を背け、速足で坂を下っていく。
「そんな目をしないでくださいよ。竜はあの祠には近づかないんですよ。だからこそ先生も祠を見つけることが出来たんです」
「そんなに顕著に?」
「そんなに顕著にです!」
言い訳なのか、それとも毎度の問答なのか、ルーは少しだけ声を弾ませ応える。
「最初は遠目から竜の観察をしていたら、ふとある一角にだけは近付かないことに気が付き、そこからこの祠を見つけるに至ったんです」
「君の先生は随分手広くやっているな」
サトルの言葉にルーは一瞬ぐっと息を詰まらせる。
やっていた、という過去形ではなく、やっている、という現在進行形の言葉。それが自然とサトルの口から出たことに、ルーは嬉しような、泣き出したいような気持になる。
「……っ竜がダンジョンの入り口にはあまり近付きたがらない、というのは昔からわかっていたので。だからこそ、竜という天災の生息地で、マートル湖岸の旧市街や、今のガランガルダンジョン下町が存在できるんですよ」
「そうか……昨日は聞きそびれたけど、もしかしてこの辺りの地域って、ダンジョンみたいな宝の山がある割に大きい都市っぽく見えるのがあの町だけなのって……昨日言ってたような感じで」
鉱山があれば鉱山に働きに来る人手が、特別な収穫物の期待できる土地があれば、栽培をするための人間が居付く、そして人の都市が大きくなるというのはよくある事だ。
人が欲しがるものがあるところには人が集まるのは自明の理。
しかもこの平地は道を整備するのもたやすく、大きな川は物の輸送の必須条件。
これだけお膳立てされているというのに、遠目に眺めても人の町はガランガルダンジョン下町以外目に付かない。
元は湖の傍に別の旧市街があったかのようにルーは話していたが、その町を放棄する理由は何だったのか。
「やっぱり目ざといですね。その通りです、竜は大きな人や物の流れに反応します。それにこの辺りは、対処のしようがある野の獣よりもモンスターの方が多いですし、人間の生存率が低いので、あまり人も増えませんし、少数ずつの移民しかいません。大量流入は無いですね」
この辺りとは、まさしくサトルたちが歩いているこの平野だろう。
「君本当に良く一人でここまで来ようと思ったな」
「先生の残した研究もありますし、美味しい物もありますし、なんというか……人生、賭けてもいい場所だと思ったんですよう」
あははと笑って見せるルーの言葉は、どこまでが本心か、どこからが強がりだろうか。
「君も大概食い意地が」
あえて茶化せば、真顔で答えるルー。
「否定はしません」
「よし、じゃあ町に帰って旨い物食うために、生きて帰るしかないな」
「はい!」
元気よく返事をし、ルーは駆け足になりながら坂を下って行く。
元気なルーの返事に重なるように、キンちゃんたちもフォフォフォンキュムンと声を弾ませる。それまで空気を呼んでサトルの頭に張り付いていてくれたので、本当に良い子たちだとサトルは感心した。
道はルーが歩いてきた場所だけしかなく、獣道すらできていなかったが、ルーの言っていた通り、獣をほとんど見かけない草原にしては、草足が短かったので問題なく進むことが出来た。
問題と言えば、途中あまりにも飛び出してくる虫が多く、サトルが悲鳴を上げたところで、サトルの悲鳴に先に反応したキンちゃんギンちゃんが、どうやってか虫を追い払いだしたため、ルーにとても羨ましがられたくらい。
それから二人は、町でサトルが口にしていいだろう情報と、してはいけないだろう情報を整理した。
ルーの話によれば、妖精を見ることが出来る人間はまれにいるので、話しても構わない。ダンジョンの妖精だと言うキンちゃんギンちゃんニコちゃんについては話さない方がいい。テカちゃんは問題ない。サトルがダンジョンによって召喚された人間だという事は、あいまいにしておいた方がいい、だった。
ルーとの出会いは、ルーがモンスターに襲われていたところを助けた、だけで十分。
サトルが自分が何を目的としてここにいるか、を自覚していないように振るまうようにも忠告された。
「ダンジョンに召還された英雄、勇者は、ダンジョンは神が人間に与えた試練と恵みだというジスタ教会にとっては、得体のしれない神の冒涜者ですし、ガランガルダンジョン下町の冒険者や商業の組合連合にとっては、引き込んで旗頭にしたい筆頭人物ですし、この地域の領主一族にとっては、その人物に所有権を認めさせることが出来れば、ダンジョンの権利を独り占めすることのできるチャンスですからね」
三つ巴の教会、町の組合、領主一族それぞれの思惑を聞きサトルは納得する。
「勇者ってのも楽な仕事じゃ無さそうだな」
自己顕示欲や自己主張のねじ曲がって地に潜っている自分は、やっぱり勇者には向いていないと、サトルは心底憂鬱なため息を吐く。
申し訳なさそうなキンちゃんの鳴き声に、まあ頑張るけどねと、サトルは苦笑して返した。
しばらく歩いて、以降は無言でお願いしますとルーが注意を促したのは、サトルの感覚で、丘陵から一時間ほど歩いた場所だった。
確かにこの距離ならば、サトルが目を覚ました場所までなら、竜と遭遇するかもしれない、という危機感が無かっただろう。
無言で歩くというのは、なかなか辛いものがあった。
何時間歩いただろうか。平原の端にあったはずの太陽が、もう大分上空に来ている。
「これ、時間的には大丈夫か?」
先ほどから平原に向かい飛ぶ竜の姿がちらちらと見えていた。
幸いにもサトルたちには興味を向けず飛び去って行く者達ばかりで、何のトラブルにもなっていなかったが。
今もまた、遠い空を竜が飛んでいく。
サトルの見る限り、ジェット機ほど、とは言わないが、小さい個体でも石油タンクローリーほどはありそうだ。
とてもではないが、対峙して戦って勝つ、という事が想像できない。
「ここまでくると、もうほとんど大丈夫なはずなんですけど……」
ルーも頭上を越えていく竜の姿に、肩を震わせながら答える。
ここまでくると、という事は、何か理由があるのだろう。ルーの足が背後に飛んでいく竜たちから距離を取るように速くなる。
まるでそれを見ていたかのように、急降下してくる竜がいた。
他の竜よりも一回り小さな個体だったようだが、それでも十トントラックほどはありそうだ。
サトルはルーの手を掴むと、引きずるように駆け出した。
「生きて帰ろうと約束しておいてなんだけど……死にそうだからルー! 走って!」
「はいいいいいい!」




