6・生還と諦観と悲壮感
サトルの右手はすっかり元の通り、張りのある皮膚に戻っていた。
痛みはは全くない。
妖精はハートを回復してくれる、サトルはそんなゲームのシステムを思い出す。
ゲームとは違って、受けたダメージはえげつないほどに苦しく、死ぬほど痛かったが。
「キンちゃん……ありがとう」
フォーンと高く鳴いて、キンちゃんはサトルの頬に飛びついた。
キンちゃんだけでなく、ギンちゃんとテカちゃんも、嬉しかったらしくサトルの顔面に張り付く。
「あ、待って待って、それ苦しい」
特に鼻をふさぐように張り付いてきたテカちゃん。
とりあえず三匹を顔から引きはがして、ほっと一息を吐く。
「サトルさん……」
恐る恐る声をかけてくるルーに、サトルは不器用に口の端を吊り上げて笑って見せる。
「どうやら、キンちゃんは治癒の力があるみたいだ」
それも、この世界に来たばかりの瞬間を思い出すに、内臓のような見えない所の疾患まで治す高性能。
「……よかった」
サトルの言葉に、ルーは両手で顔を覆い泣き出す。
「サトルさんまで死んじゃうかと思った……」
やはり肩を抱いてやることもないまま、サトルは困ったようにルーから視線を逸らす。
「生きてるよ、ごんめん。君の目の前で死のうとして」
慰めの言葉としては間違いなのだろうけど、サトルは死なないつもりはなかったので、言い訳はしない。
少し視線を落とすと、ルーの膝が酷くすりむいているのが見えた。サトルはむしろこっちの方が問題だろうと、キンちゃんに問う。
「ルーの怪我は?」
フォーンと鳴いてキンちゃんがルーの膝に張り付く。
わずかに光った後キンちゃんが離れると、擦りむいた膝は赤味を残した薄い皮が張っていた。
「痛みは引きました……でも、サトルさんの時とは違うんですね」
薬品による火傷で、皮膚どころか肉にまで影響を受けていたサトルの傷が全壊したというのに、ルーの浅く擦り剝いただけの傷が治らないと言うのは不思議というほかない。
「キンちゃんはサトルさんにしか、完全に力を使えない? もしかして、ギンちゃんが元気になったのと関係があるのでしょうか?」
元は同一の存在であるキンちゃんがサトルを癒し、ギンちゃんがサトルに癒されるのなら、そこには何か関連性があるのかもしれないとルーは言う。
「分からないけど、少なくとも、俺がキンちゃんたちにとっては栄養みたいなものなのかも」
ギンちゃんを回復させたときに、ごっそりと体力を奪われたような感覚があったことをルーに伝え、もしかしたらと話す。
「そう言えば、キンちゃんが外でモンスターの死骸をダンジョン石にした時も、そうだったんですよね?」
「ああ、あの時は気のせいかと思うくらいだったけど……」
ルーの視線が、質問に答えるサトルではなく、たった今倒したばかりのディンゴモドキへと向かう。
「ちょ、ルーさん、君ね」
「試して、みませんか?」
質問の様でありながら、それはどう聞いても催促だった。
サトルは大きくため息を吐くと、キンちゃんを手元に呼び寄せ、あのディンゴモドキをダンジョン石にしてくれと頼んだ。
キンちゃんは断る理由もないとばかりに、あっさりとディンゴモドキをダンジョン石に変え、サトルはその瞬間またも体力を奪われるのを感じて、地面に膝を付いた。
実験が終わればこれ以上はここにいることもないと、二人と三匹はすぐにまた壁際へと向かい歩き出す。
ルーのダンジョンへの関心とたゆまない探究心は否定しないが、それでも時と場合は考えてほしいと、サトルはフラフラしながら歩く。
もう大分壁に近い所に来ていたようで、すぐにダンジョン石の壁にたどり着いた。苔かカビが繁殖していたのか、赤茶色というよりはこげ茶色をしている。
壁伝いに歩いて行くと、ほどなくしてあの崩れた天井の下へとたどり着いた。
そこには溶け落ちた溶岩が固まったかのような、流動体が固まってできたと分かる、急な坂道があった。
「あ!」
「上層階への通路になりそうですね」
よかったと安どするルー。しかしその坂道はとてつもなく急だ。
「これを登ると考えると、素直に喜べないんだが」
「そうでしょうか? 私は最悪壁をよじ登る覚悟をしていたのでよかったと思いますけど」
「そう……だな」
返す言葉もなく、サトルは疲労の蓄積された体を引きずるようにして、その急な斜面へと足を向けるほかなかった。