7・現と夢と妖精
「出られた……」
サトルは感慨深く呟き、化粧石の床に膝を付く。ここはもうダンジョンではなく、入り口の祠だ。
ダンジョンから地上へ出る階段は探すまでもなかった。代わりに、階段の途中から始まっていたはずのダンジョン石の段は、すべて溶けて急な坂道になっていたので、二人は壁に縋り、四つん這いになりながら急な坂を上ってきたのだ。
ルーも疲労困憊と言った様子で、一言もしゃべらず床に手を付いている。
サトルよりは体力があったのか、ルーはしばらく休憩して何とか動けるようになり、無言で這いずるように祠を出て、置きっぱなしにしていた荷物を確認する。
陽がすっかり落ちてしまっているからか、テカちゃんはそんなルーの傍に付き、荷物の確認を手伝ってくれている。
けなげなテカちゃんのために、サトルは祠内の苔をいくらか採取することにした。
それを手伝ってくれるキンちゃんとギンちゃんに、サトルは申し訳なく思った。
「シュガースケイル、見つけられなくてごめんな」
二匹の食事を用意できないと謝罪をすれば、キンちゃんもギンちゃんも問題ないとばかりにフォフォーンと元気よく鳴く。
苔の採取が終わり外に出ると、火を起こしていたルーが、苦く笑う。
「町に戻って、今度は準備をしっかりして、町の方の入り口付近のホールで探しましょう」
どうやらサトルの言葉は聞こえていたらしい。
「それまでは、私のシュガースケイルを、少しだけ分けますから」
キンちゃん、ギンちゃんがフォーンと喜びの声を上げる。
「有難う、ルー」
「命の恩人ですしね、サトルさんは」
夕食はすでに済ませていたが、どうにも疲れを癒したくてか、ルーはシュガースケイルの殻を四つ、袋から取り出す。
どうやらサトルの分もあるらしい。
キンちゃんギンちゃんが喜びシュガースケイルに飛びつくので、サトルも有難くシュガースケイルを受け取り齧る。
その横で苔を食むテカちゃん。食事は一緒に摂りたい派らしい。
シュガースケイルの殻は、やはりリコリス菓子に似た風味があった。
「漢方薬思い出すな」
だが身ほど顕著な味でもなかったので、抵抗なく食べてしまうことが出来た。
寝床はどうするのかと思えば、どうも祠の中の草の上らしい。
人の腰丈になっている草の中に、確かにルー一人分ほどのへこみがあった。
サトルの分も用意しようと、その横の草を踏んで、更に寝床を広げるルー。
春先だからか、夜はとても外気が冷えていたので、確かにこの祠の中で寝た方が良いのだろうと感じさせられた。明るいことがネックだが、それも目元に布を乗せれば気にならない。
後はテカちゃんの仲間たちが、天井に密集していることさえ気にしなければ。
サトルは見えることを心底悔やんだ。
冬場の植木鉢は、今後何があっても絶対に持ち上げないと心に誓う。
すっかり眠る準備もできたところで、いよいよ体の方が限界を訴えてきたので、サトルはルーとともにその場に横になった。
ルーはサトルが夜這いをするなんて欠片も考えていないらしい。
サトルとしては、確かにそんな気を起こすほどルーとは親しくもなっていないし、体の疲れもひどいので、何も言わずに目を閉じる。
「明日……起きたら」
ふと、思うことがありサトルが口を開く。
「はい?」
「顔洗いたいから水が欲しいです」
ルーがクスッと音に出して笑う。何か改まったことを言うよりも、身だしなみに気を遣うサトルの言葉は、妙に間の抜けた言動に感じたからだ。
「汚いより綺麗がいいだろ。ルーだってせっかく可愛いのだから、明日一緒に顔を洗おう」
「うぇっ?」
サトルの口から容姿を褒める言葉が出てくるとは思っていなかったのか、ルーは思わず変な声をあげてしまう。
それはどういうことかと問いかけようと、ルーがサトルの方へと寝返りを打つが、サトルはすでに半分夢の中と言った様子で、不明瞭な返事を返すだけ。
「ひ……卑怯ですよ、何で今なんですかあ」
朴念仁だと思って対応していた相手の、思いもかけない言葉に、ルーはたまらず頭を抱える。
利用しようとして近付いていたはずなのに、ほんの半日の付き合いで、すっかりサトルに気を惹かれていることに気づかぬまま、ルーは寝苦しい夜を過ごした。
ルーの動揺など気が付かないまま眠りに落ちたサトルは、その夜夢を見た。
小さな巻き毛の女の子が二人、逆立つような短い毛の男の子が一人。三人とも歳は十に満たないほど。
三人は胡坐をかくサトルの周囲に寄り集まっていた。
「キンちゃんとギンちゃんとテカちゃん?」
「うん」
元気よく返事をしたのは、白っぽい髪をした巻き毛の女の子。
「じゃあこっちがキンちゃんで、テカちゃんだ」
もう一人の金髪の巻き毛の女の子と、逆立つ髪の男の子がそうだよと笑う。
「どうした?」
不思議とこの状況を受け入れながら、それでも何かあったのかと問うサトルに、三人は何も言わず、ただサトルの背に凭れたり、膝に乗ってすり寄ったりするばかり。
「今日はありがとう」
サトルの言葉に三人がキャッキャとはしゃいで笑う。
笑いながらサトルの体に触れ回る三人。一体何をしているのかわからないが、三人がすることなのだから何か意味があるのだろうとサトルはされるがまま。
やがてそんな夢もゆっくりと薄れ始め、気が付けば、サトルは目を覚ましていた。
仰向けに寝ていたので、天井一面のテカちゃんの仲間たちが、サトルをのぞき込んでいるのが見えて、一瞬心臓が止まるかと思った。
しばらくしてルーが起きだし、変な夢を見たと言い出した。
「よくわからないのですが、光の球にたかられる夢を」
「それキンちゃんたちだよ」
サトルの言葉に、キンちゃんがフォーンと鳴く。
「ああそうだったのですか。どうりで温かかったと。あと、体が驚くほどスッキリしています。いつもだったらもっとバキバキ関節が鳴るんですよ」
ルーの言葉にサトルも気が付く。
「そう言えばものすごく体が軽い」
昨日の疲れなど嘘のように軽い。
二十を半ばも過ぎてサトルは知っていた。一晩眠れば回復する、というゲーム仕様は現実には有り得ない。
だが、どうやらキンちゃんたちはその「一晩の睡眠で完全回復」を現実にできるらしい。
「キンちゃん達のお陰かな」
三匹がフォーンキュムキュムと、誇らしげに鳴く。
「ふふふ、ありがとうございます」
声が聞こえてか、ルーは三匹の方へと手を伸ばす。
どういたしましてと言うように、三匹がルーの手を取る。
「うーんこんなに可愛いのに、姿が見えないことが残念でなりません」
指先の温かな感触に頬を緩ませながら、ルーは残念そうに言うが、サトルは天井の気配を感じながら、それはある意味幸福なことだぞと、強く強く思った。
「いや、そこは見えない方が……いいと思うよ。うん、絶対」




