第二章 第五話 史上最強のジジイ、来訪
「取りあえず、まずはお前の家に俺を連れていけ。話はそこでしようじゃないか」
尊大な態度になってそう言う休庵のジジイに、俺は思わず呆気に取られてしまう。
というか、どう言う事だよ。さっきまで森の中で腹を減らしてぶっ倒れていた奴が、いきなり偉そうに家に連れて行けとか、頭おかしいんじゃねえのかなこの坊さんは。
俺のそんな思いがそのまま顔に出たのだろう。休庵のジジイは、面白くなさそうに無精ひげの生えた顎を撫でながら下唇を突き出すと、いかにも不機嫌そうに口を開いた。
「何だい何だい。そんなに俺がお前の家に行くのがやなのかよ?てか、なんだよー、寂しいじゃん。ひどいこと言うなよー?」
イラっとする顔でイラっとすることを言う休庵のジジイを、俺は舌打ち混じりに拒否する。
「そりゃあな。普通に訳も分からんおっさんを家に招き入れるとか、それだけでも普通に嫌な事だろうがよ。それが俺を殺すだの殺さないだのヤバいことを言っているおっさんだったら、なおさらだろうが!!てか俺、別にあの家には帰りたくねえし、そこに誰かを呼ぶこともしたくねえんだよい!」
「そうかそうか。……わかった。そこまで言うなら、絶対お前んちいってやろー!」
こいつしたたか面倒くせえええ。只管にこの爺さんに関わることが只管に面倒くせえ。わざとらしく、うざったくそういうジジイの姿は絶妙にイラっと来る。
何が、いってやろー。だ。脂ののったおっさん声で言われても全然かわいくねーんだよ。つうか、もういいじゃん捌に。俺は俺の事を殺す気も無いんだったら、もう帰れよ。
そう言う俺に、ジジイは「ははは。まーた、またぁ。ま、そう言うのは良いから良いから」と、全く話をする気の無い態度を崩さず、それがしばらく続いた後に、とうとう俺は根負けした。
「……もういいよ、分った。面倒くセエ。アンタの言う様に俺の家に連れていくよ。それでいいんだろう?」
「ははは。ようやく分かったか、アホガキ。俺に常識は通じねえんだぜ?」
「それ今言った所で、なんの自慢にもならないけどな」
ドヤ顔でいうジジイの姿に俺はジト目を送りながら呆れ返ると、俺はワン太の上に乗った。
正直、何をしてるんだと思ったが、もうここまで来たらしょうがねえ。
こうして俺は、この日、この世界に生まれて初めて、実家に誰かを招待することになった。
※※※※※
ひとまず休庵宗修のジジイを家に呼ぶことになったわけだが、そこで俺はこの爺さんの底知れない実力の一端を垣間見ることになった。
ジジイを家に連れていくことになった俺だったが、実はそこで一つ問題が起こった。
俺は、ジジイを家に連れていくのにあたって、ワン太の上にジジイを乗せて行こうと思っていた。
ワン太は今はもう仔犬という言葉で通じないレベルに体は大きくなっており、俺だけでなくジジイを乗せるのには申し分ない大きさをしているし、何よりも足が速い。
だが、ここでワン太は俺の思惑に反して、休庵のジジイを乗せることを嫌がったのだ。
最近はニャン太も大きくなってきているが、それはまだ大型犬ほどの大きさであり、俺が乗るのはまだぎりぎりアリかもしれないが、休庵のジジイが乗るにはやはり体が小さすぎる。
仕方がないから歩いて俺の家まで連れてこうとしたのだが、そこで休庵のジジイはあっさりと「俺走るからお前はワン太に乗れ」とか言い出しやがった。
ワン太の上に乗っかってジジイを案内しているのだが、空を飛べるニャン太とリュー太に並走できるワン太の速度は並ではない。
少なく見積もっても軽く大型バイク並みの速度を出すのが、ワン太と言う魔獣である。
そんなワン太の速さに対して、休庵のジジイはただ走るだけでいともたやすく追い付くと、走っていることに気を止めることもなく、ワン太の隣を並走していた。
そんなジジイに向け、俺は
「あんた、すげえな。よくもまあワン太の本気の走りにそんな簡単についてこれるもんだよ。本当に人間かよ」
「はっはっは。そうだろうそうだろう。褒めろ褒めろ。褒めて崇めて奉るがいい。これでもそれなりに天下に名を知らしめたこの休庵様にとっては、これくらいの山走りなんざお茶の子さいさいよ」
「いや別に褒めてねーけどな。ってか、今の言葉を聞いてどこを褒めてると思うんだよ?呆れてんだよ、俺は」
「なぬ?!ジジイの純情を弄ぶなど、何と酷いガキだ。末恐ろしい男だな、貴様は。まぁ、冗談抜きにこれくらいの体力はないと剛僧なんて仕事は続けられないからな。できて当たり前じゃい」
まじかよ。バケモノじゃん、剛僧なんて。将来、絶対に僧侶になるのだけはやめよ。毎日毎日厳しい修業を積んだ末にこんなバケモノと戦わなきゃいけないとか冗談じゃない。
「しかし小僧。お前は珍しい魔獣を飼っているな。真神と言い、窮奇と言い、応竜と言い、ただでさえも価千金の魔獣ばかりなのに、全部がしろがねものとはな」
「え?ワン太達って、そんなに有名な魔獣なのか?まあ、あんまりこの森では見ねえとは思っていたけど、どれくらい珍しいんだよ?」
風を切って走るワン太の姿を横目にして、沁々(しみじみ)と感心した様に大声を出す。
……しみじみって言う形容と大声はあんまりつながりそうにないのに、変なところで器用な人だ。
「ああ。今お前が上に乗っている魔獣は、真神、蛮海の方ではふぇんりるとか呼ばれている魔獣だ。常世列島でも神獣と崇められているが、蛮海の方での信仰のされ方はもう凄いらしいな。何でも、真神一頭を手に入れる為に100年も戦争をしたとか言う話を聞いたことがある。特に白い色をした魔獣ってのは、真神に限らずに『しろがねもの』と呼ばれて特に重宝されるんだ。何しろ見てくれがいいからな。魔具や法具の材料に誰もが使いたがるんだ」
「へぇー。いざという時はワン太達の皮を剥げば何とか生活出来そうだな。良いこと聞いた」
俺の言葉を聞いた瞬間、ワン太が一瞬体を震わせた気がするが、ダイジョウブだワン太。今の冗談だからよ。そんな日は来ない。多分。恐らく、十中八九な。
ってか、お前フェンリルだったんだなワン太。普通に日本っぽい世界だから、俺お前のこと魔法が使えるだけで、マジでただの狼だと思ってたよ。まぁ、ただの狼が魔法使うっかつー話だけどな。
「じゃあ、ニャン太は窮奇で、リュー太は応竜ってことで良いんだよな?こいつ等も珍しいって言うけど、どういう魔獣なんだよ」
「窮奇ってのは、蛮海の方ではぐりふぉんとも呼ばれていてな、古来から洋の東西を問わずに高い人気を持っている。基本的に他の獣の特徴が混じった魔獣は常世列島では鵺、庫の大陸の方では竜生と呼ぶんだが、特にお前の飼っているような、翼の生えた獣型の魔獣は窮奇って呼ぶんだ。常世列島では昔から虎の窮奇が特に人気だが、庫の大陸の方では獅子と虎と豹の三種類が人気だな。蛮海の方では獅子の窮奇を飼うのが貴族の夢だそうだ。ああ、ちなみに馬に翼が生えている類の奴はことさらに天馬と言って区別されているが、あれも基本的には窮奇だな」
そう言うと休庵のジジイは、今度はニャン太の隣を飛ぶリュー太を指差した。
「応竜ってのは竜種の中でも鳥の翼の生えたものを差す。翼のある竜自体は珍しくないんだが、鳥の翼を生やしているのは珍しくてな。その上、羽自体も美しいからなおさらありがたがられている。お前の所の応竜は白いからよく分からんが、本来の応竜の羽と鱗ってのは瑠璃色から翡翠色をした鮮やかな色地が特徴でな、二つとも光の透かし方で様々に色が変わると言うので、昔から宝飾の代名詞だったんだよ。大昔にゃ、応竜の羽を拾った農民が天皇にそれを捧げたら、貴族に取り立てられた話もあるほどだ。お前の飼っている魔獣だけでも人生遊んで暮らせるだけの一財産ではあるな」
「へー…………。いざって言う時に高い金になるんだ。良いこと聞いたなー」
何気なく呟いただけだが、俺たちを先導していたニャン太とリュー太との距離が開いた気がするな。
おいおいそんなに遠くに行くなよ。
ただの冗談じゃないか。多分、おそらく。十中八九な。
そうこうするうちに俺たちは樹海を抜けて武仁山の山裾に辿り着くと、そこから山を登り始めた。
武仁山は、前世の日本でいうところの富士山に似た山だ。
荒れた砂利道の様な山肌には草木はあまり生えておらず、高地特有の薄い空気は夏でも幾らかの冷たさを持って辺りに充満する。
そんな武仁山の六合目から七合目に当たる部分に俺の家はある。家と言っても、山肌に掘られた洞窟の中に床や囲炉裏を作り、洞窟の入り口に引き戸を建てつけた程度のものだが。
山の気候や地形的にも、人間というか、人型種族が住むのはどうもこの辺りが限界に当たるらしく、これ以上は生活する以前に単純に辿り着くのが難しいらしい。
そこにわざわざ家を建てた辺り、最初に此処に住み着いた奴はよほどの奇特者なのだろう。まあ、そんな奇特者の後を継いでいる俺が言うこっちゃない事だけれども。
そんな山肌に掘られた洞窟に、無理矢理扉を取り付けただけの辛うじて家と呼べる場所の近くに辿り着いた俺は、ワン太の背から降りてジジイにその場所を指差した。
「あれが俺の家だよ。つっても、見た目通りにほぼ洞穴と変わりないけどな」
そうして俺が指差した先を見た休庵のジジイは、満足そうに何度も頷いて嘆息した。
「なるほどなるほど。天下一の霊峰たる武仁の山に立つ家か。さぞかしいい気持ちのする眺めだろうな。男たる者、終の棲家はこういう場所でなくてはならんな」
「正気かよ?ただの洞窟の中で暮らして死ぬとか、人生の最期にしては退屈過ぎるだろ」
「分かってねえな、お前は。こういう一番高いところで死んだら、何かこう、世界の全部を手に入れたっぽくてかっこよくない?俺こそが頂点。ひれ伏すがいい。的な?」
「うん。ただのバカの発想だな。アンタ、ジジイの癖に何で俺よりもバカっぽいの?てか、そんなことを思いながら死ぬとか僧侶的にどうなのよ?」
両手を広げて悦に入っている休庵のジジイを俺はジト目で見やる。ツーか俺の前世の年齢加えても、今の俺って30手前だろ?なんで50を半分過ぎたおっさんの方が俺よりも俗っぽいんだよ。もう少し落ち着いたことを言えんのかねこのジジイは。
俺はもう子供みたいなことを言うジジイを放って、一度ワン太とニャン太とリュー太を森の中に返すと、目を凝らして家の中から煙が出ていないことを確認する。
俺の家は洞窟に作られた関係上、昼でも夜でも家に明かりを点けなきゃならんので、煙が出ている時は家に親父と御袋がいる時だ。そして、そう言う時に家に帰ると、大概意味も無く殺されかけるので、いつも家に帰るのは二人が寝静まっているか家を留守にしているのか、ともかく煙や明かりのついていない時間帯になる。
とりあえず、今親父と御袋は意識を持ってはいないらしいことを確認すると、俺はジジイを先導して歩き出す。
「ついて来いよ。此処から先は俺が直接案内する。ただ、俺の指示に従ってあんまり変なことはするなよ?ウチの親父と御袋はやたら強い上に意味も無く凶暴だから、下手したらその場で殺されるぞ?剛僧としてアンタがどれくらい強いのか知らないが、生きて帰りたかったら無用なことはするな」
「ほう、そうなのか?」
「ああ。何か、麓の村が雇った用心棒だとかなんだとかを何人も殺してるっぽいし、昔は顔を合わせる度に誰それを殺しただとか、誰それが無駄なあがきをしただとか、そんな話しかしねえ。今ではもう、二人に挑む人間自体がいなくなってるけどな」
「そうか」
そう一言だけ呟くと、ジジイは今まで見たことも無い静かな笑みを浮かべて続けた。
「それは、楽しみだ」




