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第十九話 御山の大将に俺はなった……のか?


 俺は、親イタチの目の前で仔イタチの血を被り、親イタチの前に立ちふさがる。 

 

 その親イタチの眼は、俺に対する強い憎しみと怒りに燃え盛る瞳で俺を睨みつけると、そのまま怒りに任せて俺に襲い掛かる。


 唾液に塗れた粘り気のある牙を剥き出しにして俺に噛みつくその速度は、今まで相手にしてきた魔獣たちとは段違いのそれだが、あくまでもこいつは今、本能的に怒り狂って襲い掛かっているに過ぎない。


 それ故にその動きは直線的で読みやすく、俺は飛び跳ねる様に親イタチからの攻撃を躱すと、そのまま俺に向けて襲い掛かって来る爪や牙からの攻撃を不格好に飛び跳ね、転がり、木立に隠れて避けていく。


 だが、攻撃の全てを避け斬ったと油断した瞬間、不意に正体不明の衝撃が俺の背中を打ち込み、俺の身体が前方に向けて弾き飛ばした。


 一瞬のことで何が何だか分からなかったが、肩越しに見たイタチは尻尾をまるで鞭の様にしならせて苛立ちを露わにしており、その尻尾が俺を吹き飛ばしたのだと理解した。


 幸いながら、タイミングは外れたが、それでも尻尾の衝撃が来た瞬間に合わせて自分から前に跳んだお蔭で、直撃よりもダメージは少なく済んでいる。それでも子供の身体で喰らうには割と洒落にならないレベルのダメージだが、それでもまあマシだ。


 俺は地面に叩きつけられるの同時に立ち上がってイタチを振り返る。あわよくばこのまま何とか距離を取りたかったが、流石にこのレベルの魔獣が攻撃のチャンスを逃すはずもない。


 目の前には既に大口を開けて俺を頭から食い殺そうとする親イタチの姿が見え、俺は反射的にその場を横っ跳びに逃げ出す。

 

「ここだな」


 その瞬間、俺は口の中で呟きながら、手にした木刀の『闘気』を鋭利な刃物に変えるイメージで纏うと、そのまま刃物と化した木刀で、人間のうなじに当たる部分を晒したイタチの首に叩き込む。


 もしも人間が相手ならば、この一撃で確実に死んだはずの一撃だったが、俺の一撃は毛皮に邪魔されて上手く入らずに親イタチの首をわずかに切っただけで木刀は滑り、俺は舌打ち混じりにバックステップを踏んでイタチから距離を取る。


「畜生が……。やっぱ『闘気』を使えるつっても、限界があるか。これからは筋力に重点を置いて修行したらいいのかなあ?まあ、兎に角反省会は後だ。今は早めにこのイタチをぶっ殺さなきゃな」


 取りあえずは後でやることリストを口で確認しつつ、俺はこちらを睨みつけるイタチの眼を見返した。


 どうやら俺から一撃貰ったことで冷静になったようで、瞳の奥に燃える怒りの感情こそは今まで通りである物の、むやみに突っ込んできた今までと違い、俺とはつかず離れずの距離感を保ってこちらを伺い続ける。


 俺はそんなイタチを前にして、手にした木刀を構えたまま、最高の一撃を繰り出せる状況を狙って掌に滲んだ汗を服にこすりつける。


 これもこの世界で狩りと戦いを経て分かったことだが、木刀であれ真剣であれ、刀で敵を殺すには予想以上に技術がいる。


 まず単純に棒だろうが何だろうが、動いている相手に物をクリーンヒットさせること自体が難しい。

 

 当てるだけなら闇雲に木刀を振れば当てられるのだが、確実にダメージになる手傷を負わせるとなると、『相手の動きに合わせて』、『最適なタイミングで』、『相手を傷つける威力のある一撃を』、『相手の急所に当てる』という四つの、最低でも最初の三つの条件を達成しなければならず、木刀の様な打撃武器ですらこれを達成するのは難しい。

 何しろ、魔獣というのはその姿形からして千差万別。イタチの様な肉食獣も居れば、ワニガメの様な待ちに特化した防御力と瞬発力の権化のような奴に、不意に体が伸びたり千切れたりするかと思えば、分離した体の一部が勝手に動き出す奴までいる始末。

 特殊な能力を持つ奴から、純粋に身体能力が高い奴までいるのに、それに加えて魔術や異能までも扱いだすのだから、動きの予測何て早々できるものじゃない。

 そこに個体差による独自の動きが加われば、もう目の前の奴の動きを予想する事さえも困難だ。プロ野球選手が変化球を相手にバットを空振りする気分がよくわかる。

 ましてや、真剣の様な刃筋に当てることが条件の武器では、これを達成するのは難しい。


 一番確実に殺せるのは、獲物の動きを止めた上で思いっ切り振りかぶった鈍器で頭をドンとすれば大概の相手は死ぬのだが、俺にはその戦法を取れない。

 単純に今の俺がその戦法を取るには体格と筋力の二つが足りない。

 この二つを補う為には『闘気』と罠にかける作戦が必要だが、現在のところ『闘気』は武器に纏うので必死だし、こいつ相手の罠はそもそも用意していないので、鈍器戦法は使えない。


 正直、今からこいつを倒すのは無理ゲーじゃねえのかなって思うんだが、弱音を吐いても居られない。


 俺はイタチとのぶつかり合いに備えて、ゆっくりと足場を探る。逃げるにせよ、戦うにせよ、挙動は最初の一歩が肝心だ。堅く、力を踏み入れても横滑りしない程度には乾いていて、脚を取られずしっかりと踏みしめられる程度には湿っている。

 そんな足場を探って、一歩一歩、ゆっくりと前後左右に動く。そんな俺の動きに対して、イタチの方も俺とは逆の方向に動いて距離を測っているようだったが、そうこうしている内に不意に動きを止めると、その口元に魔力を集めて炎の玉を形成しだす。


 隙を作るようなわざとらしいタメの時間は、俺に行動を選ばせているのだろう。

 ここで逃げればそのまま背中から撃ち殺し、向かってくればそのまま倒す。

 ……舐められた話だが、今の俺と親イタチとの間の実力差はそれができるくらいはあるという事だ。


 俺は沸き立つように熱くなる血潮と少しずつ耳元で大きくなる鼓動を鎮める為に深く息を吐くと、手にした木刀を改めて構えて、目の前の巨大な黒イタチに向かって駆け出した。


「いいぜ。そんなに殺されたいなら、ぶっ殺してやるよ」


 俺の殺意を理解したのかどうか、その言葉と同時にイタチは俺に向けて炎を発射した。




★☆★☆★☆★☆


 


 俺の突撃にビビったのか、イタチは俺からの木刀の一撃を食らうと、俺を一度振り払って距離をとると、そのまま魔術による攻撃を行わず、ただひたすらに噛みつきや爪での振り払い、鞭代わりに尻尾を振り回すことに費やされ、時折威力の低い炎弾や、色の変わった炎が吐き出される。


 物理の合間に魔術を繰り出して相手を引っ掻き回すのはやっぱどこの世界でも有効だな。まさか、波導拳の応用技を現実に体感することがあるだなんて思わなかった。つーか、使っているのはヨーガ・ファイヤーとヨーガ・フレイムだがな。こっちは波導拳どころかソニック・ムーブもサイコ・アタッカーも使えねえんだぞ。どんなクソゲーだよ、畜生。


 だが、こうして、ぎりぎりとはいえ食らいついていけば、それなりに有利不利の両方が観えてくるようになる。

 どうも魔獣全般に言えることだが、魔力を操る魔獣に限って、『闘気』を使えないものらしい。

 ワン太やニャン太も、今まで魔術を使ったところは見ていても、『闘気』を使っているらしいところを見たことは無い。

 そしてあいつらは、近接的な能力である『闘気』の攻撃に対してはめっぽう弱かった。

 つまり、こうして敵対しているイタチに対しても、俺には『闘気』という天敵めいた力を使える以上、勝機がないわけではないという事だ。

 それに、今まではぎこちなかった『闘気』でも、戦いの中で次第にその扱いに慣れてくる。

 武器に纏わせることがやっとだった『闘気』も、段々とこの戦いの中で体にも纏わせることができるようになり、いつの間にか武器の強化と肉体の強化を同時に行えるようになっている。

 その分、武器の切れ味は落ちるようだったが、構わない。技術のない今の俺には、切れ味や武器の性能なんてのは対して変わりゃしねえ。とにかく今は、生き残ることが最優先だ。


 そうして『闘気』を操っているうちに、そのうち、タイミングを合わせてイタチの繰り出した炎弾に木刀を叩きこむことで、魔術を斬ることができるようになっていた。


 俺は距離をとりつつも、時折攻撃を仕掛けてくるイタチのその背を追いかけながら、…………




 その瞬間に気づく。



 



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