第十七話 御山の大将に、俺はなる。
さて、『闘気』を遣うことを覚えた俺は、その日から徹底的に『闘気』を使い続け、毎日必死になって『闘気』を纏った木刀を振るった。
正直な感想を言えば、あれから目に見えるような変化は皆無に等しかった。
そんな地味な毎日の中で、その変化が起きたのは唐突だった。
その日も、いつもの様に『闘気』を刀に纏わせながらただ黙々と木刀を振るっていた俺は、不意に、木刀に纏う『闘気』の質が違うような気がして、咄嗟に木刀に纏った『闘気』に力を込めて目の前の大木に向けて思い切りたたきつけた。
次の瞬間には、木刀を叩きつけられた大木は幹を爆破されたように木っ端をまき散らしながら、へし折れるように俺の目の前で真っ二つになった。
一体何が起こっているのか、にわかには理解できなかったが、ただ一つだけ言えることがある。
「……これが、『闘気』か……?」
どうやら、本格的に俺の無双物語が始まりそうであるということだ。
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やっぱり日ごろの訓練は無駄ではなかったらしい。
どうも毎日『闘気』を使っていたことで、『闘気』という能力のコツを掴んだらしい。
今ではまるで呼吸をするように『闘気』を使えるようになり、軽く跳ぶだけでそこらの木のてっぺんまで登ることができるようになった。気分は天狗と忍者を足して二で掛けたような感じだ。
ジャンプだけで竹を飛び越え、耳を澄ますだけで獲物を見つけ、気配を殺してさっくりと獲物を殺せる。
あの小憎たらしかったクソリスに至っては、見つけ次第絞め殺せるようになったからな。
見つける、殺す、肉を食って、毛皮と宝石を剥ぎ取る。と、見事な三段論法だ。何?行程が一個多い?細かいことは気にするなよ。
そうして『闘気』を使い続けたことで分かったことがある。
身体能力の強化というのは、実は思った以上に範囲が広い。
最初、俺は身体能力の強化というのは、単純に怪力になったり、足が速くなったりする程度の物なのかと思っていた。
ことはそう単純でもなく、そして、もっと自由だった。
例えば心肺機能。
心臓や肺に『闘気』を集中させることで、持久走や素潜りが得意になるのは勿論だが、それ以上に強力だったのは、別の能力強化との併用による能力向上だ。
例えば、心肺機能の向上を行いながら瞬発力の向上を行うと、更に素早く動くことができるようになった。
つまり、心肺機能の強化と筋力の強化を並列に行うことで、ただ筋力を向上するよりも早く動くことができるようになったのだ。
とはいえ、その分副作用もある。
心肺機能の向上と瞬発力の向上を同時に行うと、体力がすぐに底をつきやすいというのが最大の欠点だが、それ以上にきついのは、筋肉痛だろう。
『闘気』を使用した後は、必ず筋肉痛が発生し、その筋肉痛は通常の筋肉痛よりも数倍痛い。
そのほかにも、瞬発力を強化すると持久力が下がるが、持久力を強化するとなぜか腕力の方が下がるといった具合に、何かの能力を強化するとその分何かの能力が下がるのだが、それは必ずしも単純な+と-の関係ではないという点も副作用と言えるだろう。
多分この副作用には、俺の知らない何かしらの法則があって、その法則に従って能力の上下が決まるんだ。
だが、今の俺にはこの能力の上下の法則がどうやって決まるのかはわからねえ。
一番いいのはその道のプロに聞くのが勿論だが、たぶん、使っていく内においおい分かっていくだろう。
今はまず、できることを確実にできるようにして、できないことの数を少しでも少なくすることが先決だ。
身体能力の強化に続いて、武器の強化。
これも又、俺が思うよりも自由で、かつ強力な能力だった。
今まで俺は、『闘気』の能力は基本的に木刀の重さを変えることだけを中心に訓練を重ねてきた。
だから俺は、武器の強化と言っても、単純にその延長線上でせいぜいが木刀の頑丈さを増す程度の物なのだろう。と漠然と思っていた。
しかし、実際は大きく違った。
具体的には木刀で物を斬ることが可能になった。
大木をへし折った時、後から気付いたことだが、その樹の残骸には明らかに物を斬れた痕跡が残っていた。
断面は荒く、滑らかさが少ないことから初見では気付かなかったが、一度深く観察してみたところ、僅かだが断面の鋭い箇所が見つかった。
恐らくこれは、物を斬った瞬間にどういう理屈かわからないが爆発の様な力が加わり、斬った瞬間に幹から爆ぜてへし折れるという状況になったのだと思われる。
と言っても、実際のところは分からない。あくまでも現状からつじつまを合わせて考えてみただけだから、この後で俺の推測よりも以外ない事実が見つかるかもしれない。
とりあえずこの証拠から俺は『闘気』で物を斬ることが可能であることを知り、そこからは木刀で物を斬る訓練を始めた。
これは今までの訓練の成果か、割と早く形になってくれた。
木刀に『闘気』を纏うイメージを持ち、その『闘気』が鋭い刃となって物を斬るイメージで木を切ったところ、面白い様に木を切れるようになった。少なくとも、これからは木こりとしても活躍できることがこれで証明されたわけだ。その後、狩りのついでに林業も始めてみた。
最初は冗談半分でやったことだが、これ以外にも『闘気』の訓練と俺の生活の両方の面で大いに役立ってくれた。
まず生活面だが、意外なことに、実入りで言えば林業の方が狩りよりも良かった。
少し調べてみたが、この世界では炎や水などの生活に必要な要素は生活魔術と呼ばれる魔術によって賄われるのだが、それは大名や公家などの上流階級のその中でも力のある一部の人間だけに使われているらしく、それ以外では基本的に薪や炭などの燃料を使って生活に使用しているらしい。
その為、常に日々の燃料である薪や炭は常にある程度の値段で取引されており、安定して供給できるのならばかなりいい収入になる。食料と衣料を提供する狩りとは違い、生活の根幹になる林業は割と洒落にならないレベルで重宝されており、俺の大事な収入源の一つになった。
次に、意外な効果として、この林業が俺の戦闘能力を上げる訓練になっていた。
これは、木刀に纏った『闘気』で木を切っている時にふとしたイメージで行った事だ。
今まで俺は、単純に木を切る時には木刀が真剣であり、『闘気』が刃となって切り裂くイメージで『闘気』を使っていた。
ただ、その内に、刀で木を切る事に無理を感じ、手にした木刀が斧になるイメージで『闘気』を使い始めてみたのだが、これが面白いことに斧のイメージで『闘気』を使うと、『闘気』は斧の刃を形成してくれた。
そのうち、木刀に纏った『闘気』を伸ばすイメージを作り、切ろうと思っている木から距離を取って一撃を振り抜いた。
明らかに木刀の範囲外にある木が切れた。
とは言え、その距離も決して長くはなく、あくまでもイメージできる範囲の木を切った感じだが、それでも俺はこれで遠距離の敵に対して攻撃を当てることのできる攻撃手段を手に入れることができたわけである。この分だと所謂、刀身から波動を出して遠くの敵を斬ることが可能になるかもしれない。
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こうして、『闘気』を使うことを覚えた俺だったが、そこから先の生活に大きな変化はなくなった。
強いて上げるとすれば、日常生活がルーチンワーク化したことだ。
まずは、毎日朝早く起きると、ワン太とニャン太と共に山の中を走り回り基礎体力をつけ、昨晩の内に仕留めた狩りの獲物の肉処理を行う。昨晩の内に軽く下準備を行っているので、夏真っ盛りの今の季節でも肉が腐っている事は無い。
次に、午前中は木こりの真似事をして木を伐り倒し、それを薪にしてまとめる。
この薪は、ある程度溜まった頃になって麓の村まで持っていき、換金してもらう。
そして午後からはワン太とニャン太と共に狩りに出かけ、此処で適当に干し肉や何やらを調理して腹ごしらえをしつつ、獲物を仕留める。
その後、仕留めた獲物の血抜きを行い、肉や毛皮にする下準備を終えると、そこで初めて帰還。父親や母親が寝るまでは読書をして二人が寝る時間を伺いつつ、二人の寝息を確認して就寝。
この間に飯は一食。
狩りに出かけている時に、ワン太達と食う肉と料理だけが、俺の飯の全てである。
赤ん坊のころは曲がりなりにも作ってくれていた料理だったが、俺が自分で食い扶持を稼ぎ出したころからだろうか。それすらもやめてしまい、今では完全に自分の飯は自分で作らなければならなくなっている。
こうして、ワン太とニャン太というペットと共にこの森でも凄腕の狩人、或いは強力な魔獣として力をつけていき、稼ぎと貯えができた俺は、少し早いながらも七歳をめどに両親からの自立を企み、日々を過ごしていた。
そして。
――――――――――俺の人生の転機となる五歳を迎えることになる。




