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第十四話 アレえは、虎?


 揺れた草藪の中から出てきたのは、一匹の仔虎だった。熟語風に言うならば、虎児という奴だ。


「……これまた珍しいお客さんが見えたもんだなあ」


 俺は石焼焼肉を囲みながら、その魔物を見て呟いた。


 そう。魔物。つっても、こんな魔物今まで見たことはないし、それに何よりこの世界では動物と魔物と魔獣の定義が曖昧なところがあるので、断定することはできない。まあ、少なくとも見た目はただの虎では無いので、魔物と言って差し支えないだろう。


 それは虎に似た姿をしているが、その背中には鷲を思わせる大きな翼が生えている魔物の子供だった。


 なんだあのグリフォンのライオンを虎に変更したような奴は。

 あんなん見たことねえ。本で読んだこともねえ。此奴こいつの事を何て言って良いかわからないから、とりあえずタイガーグリフォンとでも言っておくか。てかこのタイガーグリフォン、何だかやたらと白いんだが。

 多少は土とか砂埃とかで薄汚れているが、白銀色の毛並みと、銀灰色の虎模様が特徴的な毛皮が張り付いたその魔物は、その背中からは鷲を思わせるようながっしりとした、しかしそれでいながら白鷺か鶴を思わせるような純白の翼を伸ばしており、その姿からはかわいらしさ以上に神々しさを感じた。

 それはまるで、神獣とか聖獣とか、そう言う神話か御伽噺の名に出て来る高貴な動物なようであり、何だかこんな魔物だらけの人外魔境に存在しているのが不自然なほどだった。


 とは言え。とは、言えだ。

 

 見た目の雰囲気の話しは置いておいて、目の前に存在するこのタイガーグリフォン。


 か細い声で鳴きながら焚火を囲む俺たちの元に近づいてきており、やたらと毛を逆立てながら、にゃー、みにゃーと鳴いているのだが、それはあれだろうか?その肉寄越せ的な脅しをかけているのだろうか?顔もめっちゃ怖くしてるんだけど。


 ワン太はそのタイガーグリフォン、……面倒くさいな。タイグリでいいや。

 こちら側を見て威嚇の声を出すタイグリを見て、ワン太も又威嚇するように低い唸り声を上げて、仔犬とは思えない程の獣じみた形相でタイグリを睨んでいる。


 まあ、そうだろうな。俺達が戦った魔物や魔獣の中で、強い奴は大概は途轍もなくデカいか、かなり小さいかのどちらかだ。あの、宝石の付いたクソリスなんかがその典型例だな。見た目は判断材料にはならない。可愛く鳴いているちっさい奴だからって、そいつが俺を殺さないという結論にはならないからな。


 それはさておき。ワン太もそうだが、この森には白い魔物が多いのか?それは一体、獣としてどうなんだろう?白い奴って目立つから自然の中で生き抜くのは不利とか言う話を前世で聞いたことあるが、この世界ではそうじゃないのか?白髪をした俺が言う事ではないが。


 俺がそう首を傾げていると、タイガーグリフォンは俺達の食っている肉を睨みつけつつ、可愛い顔を怒らせながら背中の翼をぎこちなく動かしながら俺たち向けて突っ込んでくる。


 ははは。いいだろう、その喧嘩は思う存分に買ってやる。こっちだってなあ、それなりに場数を踏んだ狩人だ。おめおめと獲物を渡して引き下がってたまるかよ。


 俺はそう思うや否や、傍に置いていた木刀を引っ掴んだが、それを先制するようにワン太が俺の前に出てその仔虎に向けて吼えた。


 流石はワン太の咆哮だ。周囲の木々は一瞬で揺れ動き、風圧と音圧だけで肌がビリビリと痺れて来る。

 魔術の才能は無くても、常日頃から狩りで鍛え上げられたワン太なら、素の身体能力で並大抵の魔獣なら圧倒することができる。

 ……こいつマジで仔犬なのかな?これ以上強く成ったら、俺の手に負えなくね?


 出会った頃に比べて格段に強く成ったワン太の様子に、ぼんやりと末恐ろしい未来を思い浮かべるが、まあその時はその時だ。取りあえず、今の内に強く成ったワン太に対抗するための手段は講じておくべきだな。備えあれば憂いなしだ。


 俺がそんな事をぼんやりと考えていたその時だった。


 不意に眼の前の仔虎の雰囲気が変わり、今までミャーミャーと甲高い泣き声だけが漏れ出ていた口元には、目に見えないながらもはっきりとしたなにがしかの力の奔流が集中していく。


「ワン太!!離れろ!」


 俺がワン太に指示を出してから一瞬遅れて、タイグリの口元からボウリングのボールほどの大きさをした氷塊の群れが俺たちに向けて吐き出される。


 一度に五、六発の数の氷が俺とワン太を狙って放たれたのを見て、俺は舌打ちをしながら咄嗟に傍に置いてた木刀を引っ掴むと、そのまま俺の顔面を狙って来た氷塊を弾いた。


 真芯を捕らえきれなかった氷塊は、どちらかというと打ち返すというよりも木刀に当たった反動で真上にかちあげられるように上空に浮かび、そのまま仔虎の傍に放物線を描くようにして落下した。


 奇しくも俺からの反撃になった氷塊の撃ち返しに、一瞬仔虎は怯えたように身を竦ませたが、それで逆に火が付いたのだろう。


 仔虎は全身の毛を逆立たせながら俺を睨みつけると、先ほどと同じように大きく口を開いて口元に力を溜めると、そのまま俺たちに怒りを叩きつける様に氷の塊を吐き出していく。


「チッ!まだ肉の一切れも食ってねえのに、狙いすました様に現れやがって!仕留めたら絶対に毛皮にして売ってやる!」


 俺は眼の前の仔虎に大人げなく怒りの感情を露わにすると、一度仔虎から距離を置いて木々を盾にするように隠れて、動物の子供相手に大人げない悪態をついた。まあ、中身は大人でも見た目は子供だから、ギリギリセーフか。


 ボンボンと撃ち放たれる氷の塊の所為で、周囲の木々には穴が空いたり、枝が折れたりと散々な状態になっているが、焚火とその周りの肉にだけは攻撃が行っていないのだけは、せめてもの幸いか。 


 俺は取りあえず周囲の木々を盾にしたまま手にした木刀に力を籠めると、仔虎の様子を観察しながら、ゆっくりと仔虎に対して攻撃の隙を伺い始めた。


 ……どうもこの世界に生まれると皆こうなるのか、それとも前世の俺の中には隠された衝動が眠っていたのかは不明だが、この世界に来てから、やたらと戦闘欲求が高くなっている。


 こういう暴力的な場面に出くわしたら、前世だったらどうやってその場を穏便に済ませるかを真っ先に考えていた筈なのに、飽きもせずにクソリスに挑んでいる事然り、ワン太と最初に有った時然り、今はとにかく理由抜きで戦いたくて仕方がない。ちなみに、両親からの暴力に関しては別だ。生まれた時からあいつらに対する態度は一貫しているので、これはもう本能的にあいつらとは戦う気が無い。


 まあ、それはともかくとして。今、俺は、目の前にいるあの仔虎は、どうしたら狩り出すことができるのか?血が熱くなるような興奮と共に、そんな考えで徐々に闘志を滾らせていた。


 だが、この状況の中で最も闘志を滾らせていたのは、俺では無かった。


 それは、俺の相棒であり、ペットであり、そして今現在俺の唯一の家族と言える仔犬のワン太だった。


 ワン太は、仔虎からの攻撃に対して俺が隠れるように指示しても一切隠れることも無く、その氷塊の攻撃を喰らい続けると、仔虎と同じ様に大きく口を開いて炎の塊を口元に生み出し始めた。


 ワン太の様子を目の前で見ていた仔虎は、その状況のヤバさに気付いたのだろう。


 今まで無節操に氷の塊を吐き出していたのに過ぎなかった仔虎は、炎を生み出した始めたワン太に向けて氷塊の攻撃を集中させ始め次々に巨大な氷の塊を直撃させるが、当のワン太はそれに構うことなく口元の炎に向けて見えざる力を集中し続ていく。


 不意に、ワン太の口元に溜まった炎が圧縮され、今まで生み出すこのとできなかった熱気が渦を巻いたかと思うと、圧縮された炎が仔虎に向けて撃ちだされ、仔虎が生み出した幾つもの氷の弾丸を一瞬で溶解させる。


 向かい来る全ての氷弾をかき消しながらワン太の炎弾は消えることなく仔虎に向かって飛ぶと、仔虎の後ろに有った木にぶち当たり、巨大な爆炎と爆風が巻き起こり、一瞬遅れて爆音が響き渡る。


 爆音とともに俺の周囲には強烈な土埃が舞い上がり、まるで煙幕の様に爆発の起った方向には靄がかり、数分の間、何が起こっているのかが分からなくなる。

 つーか、口の中に砂と埃とかが入ってるんだけど。軽く咳こむし、目にも少し埃が入って痛いんですけど。季節外れの花粉症かよ。


 口の中に入った砂埃を吐き出しながら、煙幕になった土埃が収まるのを待っていると、暫くして少しずつ目の前の状況が分かる様になっていき、その景色に俺は思わず絶句する。


 前世を含めてみても今まで一度も見たことの無い巨大な爆発が巻き起こった後には、まるで隕石が激突したような焦げ跡が残り、それはワン太の中に眠っているその巨大な才能そのもの様だった。


 それは見た俺は、骨の奥から湧き出る様な震えが走った。


 思わず喉の奥がひりつき、声が出なくなる。


 目の前の光景に引かれて、茫然としてしまう。


 何だこりゃあ。ワン太はこんだけデカい魔術を使えるだけの魔獣だったのかよ。今まで全く気付かなかったのは不幸中の幸いだな。下手にこれを使って巻き添えを喰らったら、まず間違いなく俺は死んでたぞ。


 余りの破壊力に暫くの間茫然自失とする俺だったが、こちらの様子を伺う様に小さく鳴いたワン太の声に気付いて、俺は我に返った。


 その瞬間、俺は不意に手にした木刀を放り投げると、そのままワン太の首筋に突っ込むようにして抱き着いた。


「ワン太!よくやったぞ!お前、すげえじゃねえか!何だこの野郎!やればできるじゃねえか!チクショウ!うらやましいぞ!この野郎!ものすげーぞこの野郎!」


 俺はワン太の首筋に抱き着いたまま、その毛皮に顔を突っ込んで遠慮容赦なくその毛皮を撫でまくる。

 うーん。何だか気分は動物王国を作っているハゼの人みたいだな。


 巨大な爆発痕を見れば、ワン太が如何にヤバい成長をしているのかってのは分るんだが、それ以上に此処まで凄い魔術を使えるようになったことが、純粋にうれしい。

 何気にこいつとは、苦労を共に分かった仲だからな。家に帰れば、親父の暴力から逃げ、家に居ればおふくろの暴力から逃げ。森に入れば、強力な魔物や魔獣の暴力から逃げ。人里に降りれば、心の無い村の大人と、容赦を知らない子供の暴力から逃げていた。


 何だろう。常に何かから逃げ続けている俺たちって、何処に向かっているんだろう。つーか、俺前世ではこんなに逃げなきゃならない程悪いことしてねーんですけど。それとも何か?前世の前世が悪かったのか?前前前世が悪かったのか?俺の名を知る誰かがこんな事をしでかしたのか?


 まあ、いいや。過去はどうでもいいんだよ。そうだよ、重要なのは未来だよ。これからの俺だよ。


 凄いよ、ワン太。すげーよ、ワン太。お前、マジで最高だよ。これだけの魔術が使えるのなら、俺の創造している『代理魔術』が使えるかもしれない。俺はこれから、念願だった魔術を使えるかもしれない。


 異世界転生してから早、四年。短いようで長い月日だったか、漸くの事で俺は魔術を使う事のできるステージに立つことができるのだ。こんなに心の沸き立つことは無い。


 何せ、魔術だ魔術。本物の魔法だ。魔法を使ってずばばばばーん。ドーンと来て、ドムーン。これをやらずして、異世界転生の甲斐は無い。これから俺の異世界転生成り上がり街道が驀進されるのだ。こんなに楽しみな事って無いよ。ふははははははは。


 いやー。しかし、こうなるとあれだな。仔虎を相手に、この威力の攻撃を喰らわせたのは明らかにオーバーキルだな。

 カワイソーに。まあ、恨みが有ったら存分に化けて出てくれ。今度こそはその毛皮を剥いで売りさばくからな。


 俺がそう思いながら、ワン太が消し飛ばした方向に向けて合掌したその時だった。 


「おや?死んで無いのか、この虎野郎」


 偶然か実力か、どうやらワン太の攻撃を耐え切れたらしいタイガーグリフォンは、黒焦げになった爆発痕から立ち上がり、白い身体が煤と土埃で茶色にボロボロになった状態で、尚も俺達に向けて威嚇の態勢で鳴き始めた。


 俺はそんな仔虎を見て軽く顎を撫でると、その場で頭の中のそろばんを叩いて、未来に向けて皮算用を始める。


 この無駄な戦闘意識、嫌いじゃない。ワン太もそうだが、闘争心が強い奴ほど強く成る。当たり前の道理だな。こいつを手懐けて置けば、いずれは役に立つだろうよ。良し、計算終了。こいつも飼うか。


 そうと決めた俺は、石にくっついたまま爆風の中で散らばった焼肉を石の上から拾い上げると、腰元に下げていた水筒代わりにしている竹筒の中の水で肉を洗い、目の前の仔虎でも食いきれるように小さくちぎり、未だに威嚇し続ける仔虎に向けて差し出した。


 突然俺から差し出された肉を見て、仔虎は一瞬ビビった様に体を震わせたが、それから警戒心も露わにして暫く俺が差し出した肉と俺の顔を見比べた。暫くの間は、そのまま俺に向けて訝し気な様子をしていたが、やがて少しだけ鼻面を肉の方に寄せて肉の匂いを嗅ぎだした。


 おお。意外。魔物だろうが猫だろうが、そう言う人間っぽい行動をとるんだな。

 そうだな、警戒心を持つ獣は長生きするぞ。よしよし、いい子だ。


 俺は魔物の子供の中に見えた人間らしさに、小さく笑みを浮かべて仔虎を見つめると、仔虎はそのまま俺の指ごと肉に噛みついた。


「痛ってええ!このクソネコ!ぶっ飛ばすぞ!」


 次の瞬間には、俺は指を咬んで離そうとしない仔虎の頭をぶん殴って無理矢理に俺の指から仔虎を引き剥がすと、俺に殴られた事で怒りの声を上げ仔虎とその場で睨み合いになる。

 いや、フザケンナし!テメエが俺の指を食いちぎろうとするからだろ!バカなの!


 俺と仔虎は暫くその場で睨み合いを続けていたが、仔虎の空腹は未だに満たされていなかったのだろう。

 未だに肉を狙ってシャーシャーと威嚇して鳴くので、取り合えずもう一度肉を千切って目の前に放ってみるが、そうすると肉に全然喰いつこうとしない。その癖、俺がつまんで差し出した肉には、やっぱり俺の指ごと肉にかじりつきやがる。ぶっ殺してやろうか、このクソネコめ。




 こうしてワン太は初めて魔術を習得し、俺はそのままこの仮称タイガーグリフォンを飼うことになった。


 名前はそうだな。ニャン太でいいだろう。



 調べてみたら、ニャン太メスだったけど。 


 

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