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「俊介さん。こっちの色はどうかしら」
店員や他の客の耳に届かない程度の声で、省吾がそっと僕に訊く。手にしているのは厚手のもこもこした冬用スリッパだ。そういえばずっと前から、彼女が二人でお揃いのものが欲しいといっていたのを僕は思い出していた。
「うん。いいね」
僕はにっこり笑ってそう答える。
そうこうしつつも、やっぱり周囲の視線が気にならないわけじゃない。店員たちは敢えてこちらを見ないように気を遣っているらしいのだが、客の方はそうはいかないからだ。
傍から見れば長身の男二人が仲良く家の中の物を選んでいるようにしか見えないわけで、異様な光景には違いない。僕と省吾は見た目もまったく似ていないし、とても兄弟には見えないだろうし。
省吾もとっくにそのことには気づいているらしく、なるべく手早くいろんな商品を選んでいるようだ。
「嬉しい。可愛いのが欲しかったの」
包んでもらったスリッパの片方は、花柄の上にピンク色だ。彼女が幸せそうなので僕は何も言わないけれど、レジカウンターにいた女性店員は僕らが去ったあとでどんな会話をすることやら。
まあ、何でも勝手にしてもらえばいいことだけれど。それでひそかに傷ついているだろう省吾の繊細な心のことを思えば、僕も穏やかではいられない。
まだまだこの世界は、僕らのような人間にとって住みやすい場所じゃない。
●○●
「ね。ちょっと疲れちゃったね。少し休まない?」
ショッピングモールから出て大通りを歩きながら、僕がふとそう言うと、「ええ」と省吾もうなずいた。二人とも、すでに大きな紙袋を両手に提げている。
そんな僕らを――いや、正確には省吾のほうだけを――ちらちらと盗み見るようにしながら若い女の子たちが通り過ぎてゆく。
(……やめてよね)
この人は、もう僕のものなんだから。
君たちがこのかっこいい出で立ちを見てどう思うとしたって、この人の心が女の子に傾くなんてことはないんだし。
そうは言っても、人は見た目に惑わされやすい生き物だ。こんな格好をしている省吾は、黙っていれば、そして今みたいに「男らしい」振る舞いをしようと気をつけていれば、十分に「いい男」として世間に通用してしまう。
「休憩……お茶がいいですよね? それとも、食事にしちゃいます? まだ少し早いけど……」
街なかの電光掲示板をちらっと見やって省吾が言った。
午後五時。まだ夕食をするには早い時間だ。
「うーん……そうだね」
真面目に返答をしかけてから、僕はふと、自分の中にちょっとしたいたずら心が蠢くのを覚えた。そうして、紙袋を提げた省吾の腕をひょいと掴んで、とある方向へと歩き出した。
「え? 俊介さん……?」
「うん。いいからいいから」
「って、ええ……?」
目を白黒させている彼女に構わず、僕はぐんぐんと歩度をあげた。
●○●
「え、あの……俊介さん」
人通りの少ないその建物の前の道で、省吾は驚いた顔で立ち尽くしていた。
そこは、普段だったら僕が決して足を踏み入れないような界隈だった。省吾の方はといえば、職業がらさすがにここが何であるかは知っているらしい。見る間にその顔が赤くなって、どぎまぎと周囲を見回す様子だ。
休憩は休憩でも、まさか僕のほうからこんな「休憩」を提案しようだなんて、さすがの省吾でも思いつかなかったのに違いない。
僕はちらっと彼を見て、にっこり笑って見せた。
「いや?」
「え、あ……その」
省吾がますます赤くなる。もはや首まで真っ赤だ。
こんな素敵なスーツを着たイケメンさんが、僕の一言でこんなにどぎまぎと戸惑ってくれることが、僕のなけなしの優越感をなんだかひどく刺激するようだった。
「ねえ、分からなかった?」
言って、一歩彼に近づくと、省吾はぴくりと身を固くした。
「今日の君、とっても素敵で。かっこよくて、可愛くて……ずうっと僕、どきどきしてて」
それを聞いて、省吾はますますびっくりしたような顔になった。
「それなのに、一度も手もつなげないでさ。って言っても、もう両手とも荷物でふさがっちゃってるわけなんだけど」
ため息をついて自分の両手を見下ろしたら、省吾は困った顔で自分もその手を見下ろすようにした。
「……やだ。それ、私のほうこそなのに」
「え?」
僕が目をぱちくりさせると、省吾は突然、憤然とした。
「もう! 今日の俊介さん、とっても、とっても素敵です!」
「あはは。ありがと」
「やだ、本気にしてないでしょう。本当ですよ? 今日の俊介さん、ほんとに――」
「そりゃまあ、そうだよね。だって、君が見立ててくれたんだもの」
思わず苦笑してしまったら、省吾は複雑な顔になって黙ってしまった。
僕はまた一歩、彼に近づいた。その耳に口を寄せる。
当然、ささやき声になる。
通りにはいま、誰もいない。
「こういうのが好み? 自分では、そんなに似合ってると思わないんだけど」
「…………」
省吾の顔はもう、林檎のような色だ。
「好み、というか……いえ、俊介さんはもちろん、どんな格好をしていても素敵ですけど――」
あとのほうはもごもごと、よく聞こえなくなってしまう。
ああ。
やっぱり、可愛いなあ。
どんな格好をしてたって、やっぱり君は、君なんだね。
「……ね。ダメかな」
「…………」
「こんなかっこいい人を、ちょっと可愛い声で鳴かせてみたくなっちゃったんだ。……だめ?」
「…………」
困りきった赤い顔で、早くも涙目になりかかって、省吾が僕をそうっと見た。
「入ろう? ……いいでしょ。『省吾くん』」
背が高くて、こんなに精悍な風貌で。
だれがどう見ても「いい男」でしかない人が、
僕の顔をじっと見て、泣きそうな目をして真っ赤になって。
そうしてやっと、こくんとうなずいてくれたのだった。
2017.12.18.Mon.~12.20.Wed.
ただのいちゃいちゃでした(笑)。
三日間のお付き合い、まことにありがとうございました^^