楽器弾いてかっこよく見られるまでには余裕で4,5年ぐらいかかりますよね
スティック片手な来夢にひょこひょこと付いていきますと、そこは校舎の端の方にある第二音楽練習室でございました。
普段は軽音楽部の連中がうんたんやってる場所なのですが、中にはベースをストラップで肩からかけてアンプのつまみをいじってる姉貴と椅子に腰かけてアンプに繋がっているギターをジャカジャカしている結衣。
外にはまるでベルリンの壁崩壊と小耳に挟んだ大衆の如く押し寄せるギャラリーの群れ。男子と同じ割合で女子がいるのは姉貴の影響なのでしょうか。いいな、俺もこんな感じの注目なら浴びたいんですけど……。
「お、きたな。早速練習しよう」
ご機嫌な姉貴はバチバチとレッチリのhigher groundのフレーズを弾きながら俺と来夢に笑顔を向けてきます。ごついベースアンプが低音サウンドをバキバキと鳴らし、室内の空気がいたく震えております。しかしJKチョイスとは思えない渋さ……。
「それで何すんの? 今日は。わたくしギター持ってきてないですけど」
「軽音楽部のやつに借りたから問題ない! もうアンプもあっためてあるから」
生徒会からの解放感かなんか知りませんが、姉貴の目はキラキラ光るお空の星のようでございます。
そん
な姉貴の指さす先にはキャビネットの上に乗せられた煌々と輝くケトナーのヘッドアンプに繋がれたフェンダーのストラト。高校生のくせに高いの使ってるぅ! こんな大層なもん借りてしまって申し訳ないです。
ちなみにアンプはギターの音をでっかくしちゃうスピーカーのことで、ケトナーというのはHUGES&KETTNER
というドイツのメーカーで中古でなんとか安く買っても10万以上は軽くします。
軽音楽部にはボンボンの金持ちがいるぞぉ!!
結衣のお泊りとかお笑いのライブとか執事とかお泊りとかお泊りとかですっかり忘れていた学祭でライブをするという、そういえばのイベント。
まぁ別にギターはそこそこ弾けるし、アンジェロ先生のスピードキルをやれよとかにならなければなんとかなるはず。簡単なやつにしよ、お手軽なバンドコピーしよう!
「あう、とりあえずセッションしましょうか。祐亜がどれくらいやれるか来夢知らないので」
来夢は非常に涼しい様子でドラムセットに座り、ハイハットをいじったりタムやスネアの位置を確認しながらそんなことを言いました。何、この出来る奴系のオーラ? めっちゃ下手くそであれ。
そんな事を思いながらギターをスタンドから持ち上げてストラップを肩にかけて、ボリュームトーンを回して適当なコードを抑えてカッティングしてみます。
耳を劈く強烈なサウンドに体の芯から震えます。はぁ~ん、痺れるぅ~!! いつも安いミニアンプばっかり使ってましたのでもうこのサウンドの違いに痺れてしまいます。骨太ぉ~!!
もう全然違うんです、中邑真輔と中邑珍輔ぐらい違うのです。
そうそうセッションというのはいわゆる即興演奏というやつでございます。
決められた楽譜もルールもなく、コード進行とかスケールとかは決めてやったりするパターンもございますが、基本フィーリングとひらめきとその場のノリで、各自の音楽的引き出しと音楽の性癖とを晒しあう行為のことでございます。
はまると気持ちいいのですが、はまらないと地獄の苦行。
特に格上のプレイヤーとすることになった日には、自分の音楽的センスのなさを突きつけられ、いっそ殺して欲しいと思わされることも。
ちなみに俺はセッションが好きではありません。何故なら姉貴がベースもギターも俺より数段上手いからです。
「結衣はどうする?」
「あはは、流石にそこまでは……。ここで見とくね」
姉貴の問いかけに結衣は頭の後ろに手をあてて、なんだか照れくさそうにはにかんで見せました。
天使かよ!!!! 好きです!! 付き合ってください!!
「じゃあ、どういう感じにします? コードとかは来夢わかりませんけど」
「勿論祐亜もわかりませんけど!?」
「そうだなぁーじゃあ適当にお洒落な感じで! 暗黒大陸じゃがたらみたいな!」
「あうー、わかりました。じゃあ来夢スタートでいきますね」
わかんねぇよ!! と俺のツッコミと心の準備を待たずに来夢がドラムを叩いてセッションをスタートさせます。
この天使な小生意気な娘、ハイハットワークスタートというなんともオシャンティーなスタートダッシュ。
そしてそのノリノリでお洒落なハイハット捌きを見て俺は確信してしまいました。
こいつ、めちゃめちゃやりよると……。
ハイハットとはドラムの右手にあるカネゴンみたいなせわしなく開閉しているちっちゃな二枚のシンバルのことなのですが、あの基本スッチースッチとかシャンシャン言ってるやつです。いや、吉本興業とかパンダじゃなくて。これの扱い一つ見ただけで上手い人と下手な人にはダンチな差がでます。
そこから移行して繰り出されるのは少しはねてるファンクっぽいリズム、ただでさえお洒落なフレーズ叩いてるのにそこにぶち込むフィルインが抜群のセンス魅せつけてきます。
その小柄な体でどうやってというような、ダイナミックでワイドでタイトなドラミング。
リムショットも綺麗に鳴ってるし、なりより金物とかのひとつひとつの音の鳴らし方があほみたいに丁寧で正確。さり気なく挟むゴーストノートとかマジむかつく。
え、何これ……来夢超うまいんだけど。ヒくんだけど……。
そこに姉貴がベキベキボキボキとなんてファンキーなベースなんだとBECKの平くんを褒める時の感想しか出てこないような抜群のベースラインを持ってくる。
普段よりすごく楽しそうに、ニコニコしながら即興とは思えない技巧凄まじいフレーズを弾く姉貴を見ると……俺は一緒にギター弾いててあんな姉貴の表情見たことないよと、なんだかそんな事を思ってしまいました。
いや普段練習とか一緒に付き合ってもらったりしてるんですけど、あれですね。
上手い人が上手い人とやると相乗効果で良くなっていっちゃうというか、同じベクトル持ったこいつら無敵っていうか。
普段、大分抑えてやってくれてたんだなぁーというか我慢させてしまっていたんだなーと感じるっていうか。
わかりませんかね、この感覚。あれです、NTRに近いです。興奮してきたな……。
部室の外の様子を伺いますと、女の子たちがうっとりとした表情で、聞こえませんが恐らくイエローボイスを発しているものだと推察されます。
そんな最高に盛り上がってる中、次はあてくしが入っていく場面なんですけど。無理なんですけど。このまま荷物をまとめて横須賀に帰りたいんですけど。
例えるなら超一流のコックたちが合作で作ったほぼ完成している最高級の料理にアレンジを加えろと言われているような。そして自分の手元にあるのはマヨネーズとケッチャプだけ。そんな状況なんですね。
姉貴と来夢がニヤニヤしながらこちらを見つめてきます。
ええい、ままよ!!
おもくそファンキーなコードカッティング魅してやるれぇ!!
うわぁああここじゃねぇ!!!!?? 2フレットずらし……ても違う!! じゃあここのコード……も合わない!! こうなったら破れ被れの単音カッティングじゃい!! ったはぁーーーーーーー!!
10分後、そこには完全に打ちひしがれ名も無い軽音楽部の誰かのギターを抱え、冷たい秋の雨に打たれて震える子犬のような祐亜くんの姿があったのです。
ふぇぇ……ダメダメでしたぁ……。ついていけなかったよぉ……んぅママぁああ……(クイーン並感)
「あう……。そこまで下手ではないですが。杏華と同時期に始めたとは思えないですけど」
「ちなみにギターも俺の方が上手い!」
あぁーあぁー!! うるさいうるさい!! いいんだ俺はギターで食っていこうなんて思ってないんだ弾ければ楽しんだ!! んだんだ!!
セッションが終了した後、圧倒的マウントポジションで勝ち誇ってくる二人の言葉になんだか涙がでちゃう!
俺は涙目になりながらも、めちゃめちゃ気になっていたことを来夢に聞いてみることにしました。
「来夢、なんでそんなドラム上手いの?」
俺がそう聞くと、来夢は下を向いて大きくため息をついてやれやれだぜみたいな表情を浮かべて、顔を横に振りました。
「いやーですね? 昔好きだった男の子がギターをやってるっていうもんですから、自分も何か楽器をやればお近づきになれるかなーっと思ったんですよねー。いや、その念願は叶ったんですがその前に振られてしまいましたー。超ウけません?」
超うけないんですけど……
周りの空気が凍り付いてるんですけど……。
姉貴は露骨に明後日の方へ視線をやり、奥で座っている結衣は完全にフリーズ。この狭い部室に聞こえるのはアンプのゥオーンと空気を揺らす駆動音のみ。
うーん、修羅みあるわ。
「そ、そそそそれは置いといて!! それにしても!! めちゃめちゃうまいじゃん!! うますぎるじゃん!! 誰か優秀な人に教えてもらったり!?」
とにかく話題をずらしてこの場の死に絶えた空気を復活させたかった俺は、狼狽しながらも会話の流れを絶やさぬようあえてそのまま来夢と言葉のキャッチボールを試みました。
来夢は俺の質問に一瞬ハッとしたような表情を浮かべて、それから口を開きかけて被りをふって腕を組んでぷいっと横を向いてしまいました。
「来夢ルートに入らなかった祐亜には教えません!!
自分でルートとか言いなさんな……。肉親と片思い中の女の子の前で振られた女の子に嫌味を言われる気まずさ、想像つきますか?
ところが結衣は(苦)笑いました。
「か、かっこいいよ、すごくかっこよかったよ!! みんなすごい!!」
と言ったのです。なんて健気で空気の読める可愛い女の子だ!! 強がりの裏の嘘をぶちまけたいです!! 結婚しよう!! 毎日味噌汁作らせてください!!
結衣は天使のような微笑みを浮かべています。
「いやぁーみんな上手なのに私なんかが入っていいのか……なんか申し訳ないなー」
「あう? じゃあいいですよ? 抜けても。ついでに祐亜を貰ってもいいですか? これ、マジです」
「あぁーーーーーー!!!! 全然問題ないぜ結衣!! 祐亜もたいしたことないし、結衣のギターのサポートは俺が全力でするし、まだ時間もあるし、なーーーんにも問題ない!!」
最早ミソボンと化して特大の爆弾を垂らしまくる来夢の言葉を遮るように姉貴がでかい声を出し、来夢に綺麗なヘッドロックをかまします。
「いぎゃぁあああああ!!!!!! 痛い痛い!! 暴力反対ですぅ!!」
来夢の断末魔を聞きながらも、俺と、それ以上に結衣の顔は凍り付いたままでした。まるで週刊文春に直撃でも喰らったよう顔。
その時の俺は、結衣がそんな顔をしてその時一体どんな思いを抱いていたのかなんて知る由もなくて。ただただ来る文化祭に向けて厄介なことがまた増えたなと、そんな事にしか思い至らなかったのです。




