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リトライ  作者: 相原由紀
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試験勉強

[020401] 試験勉強


 四月に入り地獄坂や校内の桜は一斉に満開となって、新入生もその花吹雪の中を登校するようになった。まだ若木が多くそれほど迫力は無いが、これが何十年後には、この季節志賀高はあたり一面桜一色になり、特に坂は両脇から迫る盛大な桜並木となるのであった。

 ソフト部のグランドも外野周囲全て桜が植樹されており花見の場として一般にも開放され名物の一つとなる。

 先月卒業した三期生が三クラス編成であったが、この年から三学年四クラス編成の定員を満たすことになる。先生職員も若干移動があって、ソフト部顧問の先生が転出され、新たに赴任した先生が顧問となった。

 今度はソフト部の経験豊富な監督だと言うことと、今度三年になった主将も西本主将に肩を並べるリードを既に発揮しており期待される体制となった。

 テニス部にも新入生が多数入部し、由紀も最下位ではなくなったこともあり、全体での練習にも問題無く参加することができるようになったが、俺との練習がある時は必ず一緒に行った。そしてなんと、今年も由紀のような高校から初めてテニスを始める新入生が男女三名もあり、過去の実績からこれらの初期練習も担当することとなった。

 クラス変えもあったが、由紀とは同じクラスにはなれなかった。一学年が四クラスなので、このころになるとほぼ全員の顔と名前や特徴は把握できていたし、由紀とは昼休みには必ず一緒になり、食堂と弁当が半分くらいの割合で、食後は必ず図書準備室に行くのが日課となった。

 そんな環境での新たな学校生活が進んでいったときのことであった。

「ねぇ、今度の中間試験苦手な教科、なんかいい対策ってないかしら」

「そうだなー何人かで得意なところを教えあうってのが順当だろうけど」

「そうなると人選が問題よね。だれかほとんど得意って都合のいい人いないかなぁ」

 そこで、前世の記憶も含め考えみると、一人適任の人物に心当たりがあった。彼の名は村田君と言い、小柄な体格でスポーツなんかやったことが無い感じで、ひ弱を絵にかいたような雰囲気である。

ほとんど自分からは口を利かない。親密な友達はいない。よって時々イジメられたり、使いっぱしりをよくやらされていた。

 しかし彼のノートを見たとき俺は只者でないことを知った。ノートは一番シンプルな大学ノートであるが、その記述方法が変わっている。普通一行に一行使って文字を書くのはあたり前。

ところが彼は一行を二段に分けて小さな文字で二行分ビッシリと書くのであった。しかもノートの上下は余白があるが、自ら線を引き、その部分も同じように使っているのであった。

 一見すると、ページが辞書のようである。驚くのは、その文字の細かさだけではなく内容が的確に纏められている点である。特に授業中先生の指摘する重要点や注意点を漏れなく、しかも判りやすく記録されている。まさに辞書である。

 村田君は他にも変わった特徴が多くあり、まず散髪は年に二回しか行わない。散髪時は三分刈りでサザエさんのカツオ常態になる。そしてどんどん伸びていき、女の子かと思うくらいの長髪になってからまたカツオにリセットするの、繰り返しである。

 これらの奇行は、あることが起因とする共通点であることを前世、後から知ったのであった。つまり、村田君の家は全然裕福でないのだ。

 母親と妹との三人家族で、父親は早くに亡くなっている。母はパートを掛け持ちして家計を支えている。彼は妹思いでもあり、経済的に超節約を実践しているだけのことであった。

 そう考えてみると、カバンは間違いなく中学の時に買ったものを大切に使い続けたものであるし、鉛筆は、もう使えないと言うくらいの短さまで使う。ひょっとして、学生服とズボンも中学の時のままかもしれない。

 志賀高の男子制服は、一般的な学生服であるから同じである。まさか、彼はその制服を新たに買うのを節約する為、体を大きくしないようにしているのかもしれない。

 村田君はいつも弁当であるが、何度か見たことがある。いつも質素と言うか、ちょっとかわいそうな内容であったと記憶している。

 当然食堂になんか行ったことは無い。いや、使いっぱしりで、度々行くが、彼が食堂で何か食べているのを見たことはないし、買いにいかされているジュースやアイスも彼が食べることはなかった。

 そして不潔では決して無かった。いつも白いカッターシャツを着ているし、ハンカチを持たないが、毎日洗濯したタオルを持っていたことも印象的だった。

 前世では、角のほうで目立たず高校生活を送り、就職は中堅の造船会社に入社したはずだ。ただ、俺が最期にネットで検索した限りでは、その会社は既に存在していなかった。


「由紀、すっごくピッタリのヤツがいてるぞ」

「えぇーだれだれ?」

「村田君。知ってる?」

「村田・・・君って、あの村田君?」

「そう、あの村田君。村田ってのは一人だけだし」

 由紀は、彼のことを何もしらないから不思議に思うのもムリもない。ただ変な偏見は一切ないのも事実。

「村田と俺で男子は二人だから、由紀もだれか誘ってよ」

「そうねぇ。じゃぁちょっと交渉してくるから、待ってて」

 そう言うと教室を出ていった。こっちも村田を説得しなければならなかった。彼は同じクラスだし、いつも一人で昼休み中は図書室から借りた本を読んでいるからすぐ交渉を開始した。

「村田、頼みがある。お前しか適任がいない」

 彼は、最初いつもの使いパシリか、嫌なことの代わりを頼まれるのだろうと思ったのだろうが、拒否などしない。

「何したらいい?」

 俺は詳細を話した。ノートの記述を評価したことも。そうすると村田君はOKを出してくれた。由紀のほうも説得できたみたいで、手を引っ張ってつれてきた。

「紹介するわ。こちら幼馴染で、唯一あたしを判ってくれる葛西由香さん」

 今度は、こっちが少し驚かされる番だった。葛西はどちらかと言うと不良グループで少し男っぽい。いや、かなり男勝りなこともする。

 不良と言っても色々あるもので、彼女の場合、別に悪いことをするわけではない。昔で言う硬派だった。正義感が強く、いじめたり陰湿なことは一切しない。ただ、以前仲間の女子が男子に悪さをされたときは、相手をボコボコにしていた。そんなこともあって男子からも一目を置かれる存在である。

 化粧も先生に見つからない程度に薄化粧していたし、髪の毛は軽くウエーブしており、これを天然だと言いはっていた。けど、見た目はけっこう可愛い。

 そしてこれほど印象に残っているが、卒業アルバムには載っていなかった。つまりいつの時点かで退学したと言うことだ。

「よろしく葛西さん。こっちは村田君。今回の目玉的存在。俺のことは知ってるよね」

「うん。由紀から聞いてる。でも、あたしなんか混ぜてもらっていいのか?」

「もちろん。これで喧嘩になっても勝てる」

「だれと喧嘩するのよ、勉強でしょ。由香は用心棒じゃありませんから」

「いやーたしかに喧嘩なら自信あるけど、勉強は何もできないからなー。けど、あたし今度がんばらないとヤバイんだよ。今回は進級させてもらったけど、このままじゃ来年はムリだって先公に言われてんだよね」

 と、言うことは、前世では三年に上がるにおいて、留年となり自ら退学の道を選んだ可能性がある。もしかして彼女の未来も変えれるかもしれない。

「なるほど、それは最高にして最適なチャンス。ぜひ一緒にやろう」

 その後、予定を軽く打ち合わせた。勉強は試験一週間前から放課後集まって行う。そして前日からは合宿して試験終了まで徹夜常態で挑むと言うことになった。

 そして村田君には新品のキャラクターノートを教科ごとに何冊かを渡した。記述は当然一行に一行分の文字とし、広々とスペースも有効に使い、出来る限り判りやすく纏めてもらうことをお願いした。

 一応俺も得意な数学と物理、由紀は現代国語を担当することになった。要領は教科ごとのプレゼン資料を作成するのと同じである。教科書に沿ったもので、先生の特徴や個性によって変化する授業内容を完全に網羅するのも必修である。


 ついに試験一週間前になった。部活はどこも早く切り上げるか、簡単なトレーニングに切り替わる。 我々も柔軟と、軽いランニング程度で終わり、村田君と葛西さんの待つ教室に向かった。

 教室の外、廊下で二人は待っていた。

「どうした?」

「なんだか、お邪魔するの悪くって」

 この時期、特に運動部が休みになるので、普段一緒になれないカップルが教室を占拠することになる。どうやら四クラスの教室全部が満室のようである。しょうがないので我々は図書準備室に場所を移すことになった。図書室も試験前と言うことで普段より自習する生徒が多い。

 コーヒーを入れ、一息ついてから担当別に一教科づつ資料を元にレクチャーを行う。暗記が必要な箇所は、その後ひたすら書き取りや反復記憶を繰り返す。

 試験教科は八教科ある。よってコマ数が少ないものは一日で二教科やる必要がある。もちろん家に帰ってからは、その復習を行い習得率を上げるべく勉強する。

 そして、日曜日の試験前日になった。この日から試験終日まで合宿で徹夜にて追い上げを行うことになる。場所はスペース的な面で俺の家になった。田舎の家には、色々な祭事に使う広間があったりする。また俺は一人っ子なので兄弟等の妨害が無いので勉強には最適である。

 十時にバス停で待ち合わせた。みんな大きめのスポーツバックや旅行カバンを持参している。なんせ、これから三日間泊り込みなのだから。途中スーパーマーケットで夜食やお菓子、清涼飲料等も大量に買いこんで半分旅行気分なのだが、現実はもう猶予が二十四時間を切っている。追い込みをかけなければいけないので、なぜか早足になる。

 到着早々休憩も無しで明日予定されている三教科分の確認から始める。村田の資料は非常に効率的、能力別に分けられている。まず五十点を取るレベル、そして七十点、九十点、百点を狙えるように段階的に分別されており、時間さえあれば順次レベルを上げることができる。

 これは苦手な教科の時には非常に助かる。また、全教科百点レベルは限られた時間しか無いことから到底ムリであり、何かを犠牲にしてその分、目的とする教科へ割り振りが可能なのである。

 論理的な仕組みを理解しなければならない数学や物理は解説や例を示して教科書よりわかりやすい。そして暗記で乗り越えれるものは、また別に記載されており、勉強事態の作業が行いやすい点もありがたい。

 特に明日あるグラマーは、担当教師の今までの経験的分析から、絶対教科書にある英文からしか出ない。よって完全に丸暗記するだけで良いことが指摘されていた。不得意の英語だが、授業コマ数が少ないことから、そんなにページ数は無い。コピーのごとく書き写して教科書と同じ英文が書けるまで暗記しまくる。和訳や単語の意味もその途中で自然と覚えることができる。

 世界地理も暗記だが、由香が今一つ進めていない。五大大陸の名称暗記である。村田製の全部三角で簡略化された世界地図を利用して覚える。

「由香ちゃん、ここは何大陸?」

「たぶんオーストラリア」

「じゃぁここは?」

「うんーアトランティス大陸」

(なんじゃそりゃアジアは沈むのか?)

 まぁ苦手なのは、こんなものである。

「そこは、ユーラシア大陸。これって普段名前あんまり聞かないよね。クソ暗記で」

「ユラユラ、ユーラシア大陸、ユーラシア。ユーラシア。うらめしや大陸・・・」

(これでいいのである。間違いなく覚えてるはず)

 この問題は前世出題されたのを記憶している。同じなら得点を稼げる。その事実は由香には言わず、確実に暗記したかを明日朝、確認してみることにする。

 夕方まで我々はペースを崩さず淡々と暗記や理解に明け暮れた。夕飯の前に休憩の意味で近くの砂浜まで歩いた。丁度夕日が海へ沈むころで辺り一面オレンジ色に染まって綺麗だった。

「海に沈む夕日ってすごく綺麗なんだね。あたしのとこは入り江だから、こんな景色は見れないもんね」

「僕んとこも山の稜線が邪魔してこんなのは、始めてかもしれない」

「ボート部に入ると毎日見れるけど」

「へぇーボート部ってここで練習やってるの?」

「そう。もうちょっと向こう側のあの辺で。丁度あのあたりが旧志賀高があったところだけど、みんな知らないから」

 前世俺はボート部に入っていた。そして毎日この海で日が沈むまで練習していたのだ。今はソフト部とテニス部のアシスタントとなったことを考えると大きく前世とはことなる。こうして由紀や由香、村田とも試験勉強するのも異なる出来事である。

 夕食後からは、暗記部門に絞って各自書き写しの連続で覚えられるものから記憶した。

「あぁーもぅあたしダメ。これ以上やると気が変になるー」

「葛西さん。じゃぁ僕が付き合うから一つづつやろう」

「ムリだって、あたし元々あなたたちとレベル違うんだから。こんなに勉強やったこともないし」

「由香ちゃん。ここで諦めるのは簡単だけど、俺は一緒に卒業したい」

「えっ、それって、あたし相当ヤバイ?」

「ああ、相当かも。でも今乗り越えれば絶対うまく行くから」

「あたしも由香のいない卒業アルバムなんてイヤだからね」

 由香はしぶしぶながら村田と暗記を繰り返していった。一人より二人のほうがやる気が出る。村田も自分の事はほっといて由香に付き合っている。

 時々出る由香のダメダメ攻撃も三人でなんとかかわして騙し騙し勉強していった。そしてついに午前三時を回った。BGМでかけてあったラジオも月曜日の朝、この時間帯はどこの放送局も停波して何も聞こえなくなる。

 まだ初日と言うこともあり、三時間は寝ることにする。この睡眠は貴重で完全徹夜だと後が持たなくなる。毛布にくるまってうとうとすると全員一分も経たず寝てしまった。

 そして六時になるのも一瞬である。

「えぇーもう朝なの?体がだるいー」

 朝食を早めに食べて登校の準備ができたら、最後の仕上げで村田製テキストの総復習を行う。これで寝たことによる忘れた箇所も再記憶できた。地理の大陸名も由香は完全に暗記しているので安心した。

 全員そろってバスで登校した。その間も四人でクイズ形式で質問と回答を出しあい時間を有効に使った。

 一日目の試験が終わり帰りのバスを待っていると由香がハイテンションで走ってきた。

「ねぇねぇすっごいことになったよ。今までほとんど試験なんて書けなかったんだけど、けっこう回答できたよ。しかも半分は確実に正解だと思うんだ。こんなの信じられないんだけど」

「由香がんばってたし、当然だよ。村田君ともいい感じだったし」

「由香ちゃんついに勉強に目覚めるってか。これは村田に感謝せんとな」

「うんうん感謝でもなんでもしてあげるよ。村田―」

 由香は村田を追い回して、みんなが見てるのも関係なくホッペにチューをしてしまった。相当彼女としては大きなできごとだったのだろう。いや、これで前世のような由香の退学は回避できる方向に大きく変わったはずだった。

 この日から由香はタダを捏ねることも無くなり、判らないところは積極的に質問するようになった。またそれを楽しそうに村田も丁寧に教える。


 最終日の前日、最期の合宿である。もうペースも安定して若干の余裕すらあるくらいだった。夜中コーヒーが切れたので由香が買いに行ってこようと言うことになった。一応女の子なのと自販機の場所がわからないと困るので俺も付き合うことになった。

「なー由香、中学の時の由紀って知ってるよねー」

「うん。家も近くだし、ずっと一緒だからな」

「由紀ってバスケやってたよね。当時何かあったのは判るんだけど全然言おうとしないんだ」

「あーそのこと。あれは中学二年の時だったよなー女子バスケ部に三つ年上の男子の先輩がコーチに来てたんだよ。で、けっこう人気があって、一つ上のキャプテンの石伊ってヤツも熱上げてて遂に告白したんだよ。そしたらその先輩が由紀みたいな子がいいって言っちゃったんだ」

「なるほど、由紀もその先輩を憧れてたとか?」

「いや、それはないよ。ただその石伊の逆恨みがそこから始まったんだよ。何かにつけ由紀に難癖つけて、同じ部なのにひどかったよ。石伊のほうが一年上だから逆えないしね」

「そっか、だから由紀はテニス始めたのか」

「そうそう。石伊も志賀高でしょ、しかもバスケ部だから。由紀けっこう上手かったんだけど、バスケ諦めるしかなかったんだよ。無理もないけどね」

「じゃぁ入学始めからあった噂もその石伊って言う人が広げたのかなー」

「たぶんそうよ。中学ん時は事件から石伊の卒業までそんなに時間無かったけど、それでも色々嘘ばっかりの噂流してたし。でね、同じバスケ部の友達なんか全部石伊の手下みたいになって、人間不信になって由紀はどんどん孤立していっちゃったのよ」

「そっかぁーでもあそこまで恨むかなー」

「これは、あたしらの地区の噂だけど、由紀んとこ漁師でしょ、石伊とこも場所は離れてるけど同じ漁協なのよね。そこで由紀の親父さんが役員の時、海峡で貨物船が沈没したってことあったでしょ。油の流出とかで漁業保証金が下りて、その配分で石伊んとこが不満あってけっこう揉めたって話しなのよ。で、由紀の親父さんは突き上げくらって役員降りたって話し。だからそんなのもあって余計憎くなったのかもね」

「へーそんなこともあったのか」

「由紀って本当は優しくって人の痛みが判る子なのよ。だから相手が悪くっていじめられても自分からは言ったりしないんだよ。それでその子の不利になったら余計かわいそうってね」

「うん、わかる。あいつらしーな」

「だから、よろしく頼むよ。由紀にはあんたが支えになってあげてよね」

「はい。完全に了解しました由香軍曹殿」

 そんな話をしながら帰ってくると、なんと由紀と村田はうとうと船を漕いでる状態だった。最終日、さすがに疲れがピークに達して限界になっている。

 そしたら由香がカバンの中から何か箱に入ったものを取り出した。

「さぁみんなラストスパートだからな。これ家からパクってきた」

 それは、魔法の、禁断の麻薬だった。いかにも薬って言うかガラスのアンプルに入った代物で、危険な色と匂いにみちていた。

 別に違法な薬ではない。由香の家は薬局と言うか、薬屋だった。まだ一度も試したことは全員無かったが、これを飲むと六時間ほど眠気が無くなると言うことだった。

 無水カフェインが主体の薬で、アンプルの先を割ると、まず匂いが強烈。付属のストローで飲むと、苦いと言うか今までの薬でこれほど不味いものはないほどだった。

「ゲゲゲッこれ、最高にキツイ」

「あうっ、これだけ不味いと効きそうだけど、お口の中がトイレかも」

 全員これにはまいった。しかし効果は直ぐに現れた。十分もしないうちに眠気はなくなり、頭がおどろくほど冴えだした。しんじられない威力だった。

 おかげで、暗記もハイペースで進んだし、頭の回転が速いから理解も進む。ついにその日は一睡もしなかった。いや、できなかった。

 しかし、よく効く薬には副作用はつきもので、弊害もあった。朝トイレに行くと大も小も薬の匂いが酷い。てか、体臭が薬の匂いでいっぱいだった。バスでは、おまえら正露丸臭いって言われてしまった。そして体はふらふらなのに頭は依然として冴えている。

 試験中も眠くなることはなかった。ただほんとうにフラフラだったし、体から正露丸の匂いがたえずする。

 全教科終わって、図書準備室に集合した時は全員限界だった。そのまま倒れるように作業机に突っ伏して爆睡してしまった。窓を開けてあったので風がこれまた心地よかった。

 気がつくと昼食も食べずに四時間以上寝ていたのだった。由紀がコーヒーを入れてくれている。

「どお、みんな生きてる?コーヒー入ったよ」

「あの薬、効果バツグンだけど、もう絶対やらない」

 由香が制服の中の匂いを嗅ぎ、顔を歪めながら言った。

「あれ、なんてったっけ」

「新オールピーって言うやつ。普通に店においてたけど劇薬だよな」

「ねぇ、この匂い明日までに取れるかしら」

「さぁどうだろ。まぁニンニクと同じで皆で同じ匂いしてるからマシかもな」

 もう一つ副作用があった。カフェインのせいだと思うが胃が荒れて食欲がまったく無いのである。由紀がチョコレートを分けてくれた。それがやっと食べれるくらいの限度だった。

「ねぇ、みんな。ありがとう」

「由香どうしたの、いきなり」

「だって、こんなバカなあたしを誘ってくれて、ひっぱってくれて、こんなに楽しく勉強できたの生まれて始めてだった。なんかさー人生変わったみたいで、感謝してる」

「ははは、由香軍曹の目にも涙ってか」

「ほんと、嬉しいんだから・・・」

 由香と由紀はだきあって感激をわかちあってる。男は、そうはいかない・・・

「由香ちゃん、楽しみは今始まったばっかりだし、これから試験の発表もある。まだまだ序の口だよ」

 無口だった村田も由香相手なら、そんなことも言えてしまう。これは益々みんな変わっていくように思う。バタフライ効果、事象の連鎖なのかもしれない。このまま修正力を上回る変化が維持できれば俺もほんとうに変われると思ったのだった。

 数日後、試験の評価があった。由香のクラスでは名前こそ言わなかったが、最低ラインだったやつが、みごとな成果を出したと告げられた。それが由香であることは、だれからともなく広まったし、その大きな変化の元は村田製の試験対策レポートであったことも付け加えられた。



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