村田商店
[020601] 村田商店
前回の試験から由紀、村田、由香、そして俺は日々一緒にいることが多くなった。昼ご飯も週の半分は学生食堂で半分は弁当を持参して四人で食べていた。村田はあいかわらず経済的理由で毎日が質素な弁当だった。
由紀が唐揚げとか玉子焼きを多めに作ってきて三人に分けてくれていた。この二品は相原家の秘伝と言っていたが、たしかに、なかなかのものである。
まず玉子焼きは、今で言う出汁巻きである。当時はそんなもの売ってなくて、味の沁み込んだ玉子焼きはカルチャーショック物であった。
唐揚げは、更に上回る。お母さんから伝授された作り方をするそうだ。たしかに由紀のお母さんの味に関するセンスは格別だったからムリもない。詳しくは判らないが、前日より玉葱、ガーリック、黒湖沼、砂糖をすり合わせ、醤油と酒をあわせたタレの中に一晩漬けておいてから朝、揚げるとのことである。また、秘密の添加剤?を入れることは俺でも教えてくれなかった。
村田は、特にこの二品が気に入り、毎回美味しい、美味しいと感激しながら食べるほどだった。しかし、今日に限って唐揚げを食べようとしない。
「どおしたの村田君、今日の唐揚げ美味しくなかった?」
由紀は心配そうに聞いた。そうすると村田は言いにくそうに、妹に食べさしてやりたいと言ったのだ。元々裕福で無い為、質素な弁当。それからも想像できるが今まで、こんな美味しい唐揚げを食べたことが無かったそうで、一口でいいから妹か、お母さんに持って帰って食べさせてやりたいと言うのだった。
由紀と由香は自分の唐揚げを村田の弁当箱にそっと入れた。俺は半分食べてしまっていたので倣えなかった。
この四人の組み合わせは周囲にも異様に思えたようだった。由紀と俺は別にしても、不良グループ系の由香、いじめられ系の村田を加え、なぜ一緒にいるのかと。
しかし、前回の試験で好成績を達成したことが噂になり、それが、この四人の組み合わせによって成されたことが判ると、納得し、理解されたようであった。
ある日のことであった。今日は四人で弁当の日である。いつものように俺のクラスに集まり、机を囲もうとしていた時のことである。
「今日はあたしサンドイッチなの。だから飲み物買ってくるけど、何かいる?」
俺と由香は、それぞれ好きな銘柄のジュースを伝え。由紀がさっそく買いに行った。
「ねぇ、村田君どこいったのかしら。いないのか?」
そうだ、ご飯の時間と言うのに村田の姿が見えない。俺はもしやと思った。しばらくすると由紀がすごい剣幕で教室に入ってきた。その後を村田がおどおどしながら付いてくる。そしてジュースを持ったまま俺らの前を通り過ぎ、不良四人組みのところへ行った。そしてジュースを机の上に勢いをつけて置くと、
「おまちどうさま、はい代金頂きます」
不良たちは全員百円硬貨を渡した。
「毎度ありがとうございました。またのご用命お待ちしております」
と、言い、村田にお金を渡した。
「おいおい、お釣りは?」
たしかにその通りである。ジュースは一パック八十円である。百円渡したのだから二十円お釣りを返さなければならないはずだ。
「何バカなこと言ってるの。二十円は、買いに行ったお駄賃じゃない」
「えぇーそんなのありかよ」
「あなたたち、使いっばしりにして村田君に買いにいかせたでしょ。今度から依頼する時は、あたしを通して、もちろんお駄賃は頂くからね。いやなら自分で行きなさいよね」
不良たちはシブシブ引き下がったのだった。由紀はプンプン怒りながら帰ってきた。
「あいつら頭きちゃう。食堂の自販機のところへ行ったら村田君が四つもジュース買ってたのよ。で、どおしたのって聞いたら、使いだって言うじゃない」
たしかに村田は、いじめられたり、使いっぱしりをよくさせられていた。
「村田―、今度使い頼まれたら断ろうぜ、あいつらクセになってるからなー断りにくかったら、俺らに行くなって言われてるって言えよ」
「そうだよ、あたしの名前出して。そしたら不良なら文句言わないから」
と、由香は太鼓判を押した。村田は、『わかった』と言いながら弁当を食べだした。
「ところで由紀、あたしたちのジュースは?」
「・・・・・・・・・」
なんとも、頭に血が上って忘れてしまったようであった。あわてて再度買いに走ったのであった。
次の試験が近づくにつれ、前回のように村田のレポートは完成していった。噂は広がるもので、その虎の巻を望むものが現れるようになった。なんせ、各教科に完全密着した的確なレポートである。しかも段階的に得点範囲を定められるのは、どんな参考書よりも確実であり、教室での先生の発言やクセから出題を予測され問題も絞り込んである。
初めはカーボン用紙を利用して複写し、村田のところへ取りにくると渡していた。もちろんタダではない。俺が、各教科一部ジュース一本と言うはり紙を村田の机に貼り付けたのだった。但し、書き写しをするぶんには無料である。
カーボン用紙での複写は限界がある。何度も同じものを作成するのは手間がかかり効率が悪いので先生に相談してみた。そうすると最近、最新鋭の複写機、(先生達は『ゼロックス』と呼んでいた。)が始めて学校に導入されたことで、ガリ版が余っているとのことだった。これの古いのを一台借りれることとなった。ガリ版用の藁版紙やインクも大量に余っていると言うこで、それらも無償で使えることとなった。
村田は早速ガリ版作成を一心不乱になって行った。なぜか、由香も手伝い、それと共に自分の勉強にもしていった。
試験一週間前、ついに第一版が完成した。表紙の表題を何にしたらいい?と聞かれたので『村田商店』がいいと言っておいた。以後、この手の試験対策冊子は、その名前で長く呼ばれることになる。
村田の机の上には、刷り上った村田商店が教科ごとに並べられた。そして、あっと言う間に完売となった。
「これ、どおしよう・・・」
村田は少し困ったように、三人のところへジュースの山を持ってきた。たしかに、これでは我々四人でも処理できない。
「村田、家へ持って帰れよ。で、次からは現金にしよう」
と、提案した。今回は先生の好意でタダであったが、以降は紙もインクも購入しなければならない。
試験後の評価も上々で、非常に約に立ったと多くより好評を得た。そうなると、次回は更なる増刷を行わなければならないようになる事間違いなしである。
いつものように、弁当の日、集合の前に村田がいなくなった。さっきまで、側で何人かと立ち話をしていたようだったが・・・
三人でそろそろ食べようかと、していたところ村田がジュースを四本持って教室に入ってきた。そしてさっき話していたところへ行こうとする。それを見た由香が、
「あんにゃろー」
と、言うなり飛び出そうとした。
「ちょっと待って」
俺は由香の手を掴み止めた。そうすると村田は、話していた三人に買ってきたジュースを渡した。そして代金を貰い、更に一本を渡された。
「これは、村田の分」
と、言うのが聞こえた。どうも使いっ走りではないようである。そして、こっちに来て、
「ジュース貰っちゃった」
と、楽しそうに言うのだった。
「でも、どうして使いっぱしりでないと判ったの?」
「あいつら三人だろ、四本もってたから、一本は村田のだと思ったからな」
「なるほどね、それにしても由香の反応もすごかったね、あれ、使いぱしりだったら飛び掛ってたよね」
「えっ、まさか・・・ユ・カ・ちゃーん」
「え、そうなの?由香」
由香は顔を真っ赤にして何かブツブツ言っている。
「あたしだって、女の子なんだから・・・」
と、消えそうな声で言った。
「どうかした?」
村田は、弁当を食べながら全く状況がわからなく言った。
「なぁ村田、由香のことどう思う?」
「どおって・・・強いし、可愛いし、曲がったことキライな、とってもいい人だけど」
「由香、こりゃ高評価だぞ。なんなら告白しちゃうか?」
「何言ってるのよ、あたし由紀みたいに料理も得意じゃないし、頭もわるいし・・・」
「だいじょうぶよ由香、今度の日曜日唐揚げの作り方教えるよ。ね、絶対だいじょうぶだよ」
「何がどおなってるの?」
まだ状況が掴めていない村田は不思議な顔をするだけだった。
「村田―お前もしかして、これから唐揚げ食べ放題になるかもよ」
由香は不良としては執ることが無いと思われるような、モジモジした状態で、可愛すぎるくらいテレていた。今は子猫のように見える。
次の月曜日の昼休み、由香が作った唐揚げが披露された。
「由香ちゃん、どーして俺が唐揚げ一個で村田が三個なんだよー」
「あんたは、由紀に作ってもらえばいいじゃないの」
「まぁまぁ、とにかく食べてみようよ、由香、日曜日一生懸命練習して作ったんだから」
で、全員一斉に由香製唐揚げをほおばった。
「おっ、おんなしだよこれ」
「うん、美味しいね。完璧だよ」
「美味しい。由紀ちゃんのと一緒。もしかしたら超えたかも」
と、村田が更に持ち上げた。
「それは無いよ、だって由紀に教えてもらったまんまだから。じゃぁこれ、家に持って帰ってお母さんと妹さんと一緒に食べて」
と言い、袋に一杯入ったから揚げを村田に渡した。
「なんじゃそりゃ、まだたくさんあるじゃないかよーもうちょっとくれよ」
「ダメ、由紀に作ってもらいなさいよ」
もう、あれやこれやと、楽しい昼ごはんとなった。由香はそれから時々、村田に唐揚げを渡しては、うれしさを満面の笑みで表現していたのだった。
村田商店の快進撃はなおも続いた。試験があるごとに発行部数が増えていった。そして試験対策とは別に『月刊村田商店』なる毎月発行する校内誌を発行するに至った。
費用も潤沢になり、試験用村田商店の収入に追加して学校からも補助が出るようになった。作成は図書準備室が使われ、作業スペースを拡張した。これで図書室は出版も手がけることとなった。
月刊村田商店の初期は、校内のニュース誌である。部活動の試合結果やスケジュールを新聞風に記載する。そのころになると掲載写真が欲しいと言うことになって、以前より精力的に手伝っていた由香がカメラを撮るようになる。初めはバカチョンだったのが、写真やカメラ好きの生活指導の先生が古い中古だが本格的な一眼レフカメラを貸してくれたので、それで撮影を始めた。人間何か取り柄があるもので、すぐに上達して、すばらしい構図での作品が生まれることになる。
それに合わせ、写真が入る面はガリ版ではなく印刷屋に外注することができることになった。
「由香、どおして、あたしばっかり撮るの?」
たしかに、由香の写真は校内のなにげない風景や、日々の瞬間をそのまま記録したものが多かった。夕暮れの校舎、教室、廊下等。そのながでワンポイントたたずむ少女として、由紀が被写体にされていた。
「別にそんなことないよ、ただね、無機質な中に由紀がいるだけで、流れる時間が感じられるのよ」
光の入りかたや、構図、を工夫し、そして遠くをぼんやり見つめる少女の横顔と言うとこだろうか。由香に、こんな才能があったとは思いもしなかったが、案外本人も知らないうちに気づいたにちがいない。既に素人写真とは一線を越える域に達していた。
そして月刊村田商店にサッカー部からの依頼があった。女子マネージャーが必要なので募集の広告を入れてくれないかと言うものだった。
次号、これを見た生徒から、五人もの応募があった。これは一つの転換点となった。単なるニュース新聞では無く、もっとエンターテーメントなカテゴリを作れば人気も出るし、生徒への直接利益に結びつくのではないかと、相談した結果達した。
これによって徐々に新たなコンテンツを作り紙面を増加させていくことになる。先のサッカー部からの依頼の効果により他の部よりの依頼や部員募集の申し込みが入るようになったので『求人欄』がつくられた。もちろん各部のみではなく、学校が行うボランティア活動や奉仕作業、コンテストや作品募集に至るまで。そして、バンドや同じ趣味の仲間を集う記事も多く寄せられるようになっていった。
次のコンテンツは『売ります。買います』であった。これは大人気になること間違い無しであることは予測されていたが、毎回応募件数が多く、抽選での掲載となったくらいだ。決められた字数内で商品の仕様を提示し、売買希望者は掲載番号によって問い合わせ、相手を教えてもらって交渉に移るシステムとした。
もちろん両方納得し自己責任において取引を行ってもらうのは事前に規定しておく。中にはオーディオやバイク等の高額取引もあり、コンテンツとしての人気は上昇した。
こうなると、新規コンテンツのアイデアは前世のインターネットを経験している俺は豊富と言うか、有名なものをただ上げればよいだけだった。
『教えてください・教えましょう』『出会いの広場』『公開日記』『つぶやき』『オークション』『レンタル』等、やりたい放題と言うか、順次掲載を増やして行った。
本家試験対策の村田商店のほうも、二年だけでなく、一年でも出筆したいと言うものも現れ、これも同様毎回対象科目を段階的に増設していくことになった。我々が三年になった時には、全学年において村田商店は発行された。
作成側の人数も増え、組織的になったのと、図書準備室では手狭になったこともあり、村田商店は新聞部と写真部を合わせたような校内出版を行うクラブ活動として認められ、図書室の近くに部室が当てがわれた。村田が、初代部長、由香が副部長となり、部員も八名までになった。なぜかクラブ名は村田商店のままだった。
それには、当初からの理念が尊重された為である。まず、エンターテーメントも扱うが、マスコミとして中立であること。そして、その維持の為、独立採算であることにより商業出版を行うものとし、商店としたのだった。
試験対策の村田商店は好調を維持したこともあり、学校からの補助金は無しとした。これにより、学生主体の発言や発信が可能となり、学校側の関与から基本的に抜け出ることができる。つまり、学校側に不満があれば、堂々と記事にできると言うことである。
但し、村田商店は鋭利の追求は行わない。得た売り上げは、出版物作成の経費となる他、写真、製本等の設備に投入される。このあたりの収支は明確に帳簿管理され、金銭の入出金だけ、学校の事務局が管理してくれることとなった。
そして、僅かではあるが、一般からの広告も掲載することになった。近くの文房具店や電気店、そして志賀高の坂の下から直ぐのところにお好み焼きの恋花と言う店があった。味も美味く、我々学生や先生等も時々利用している。これらからクーポン付き広告を掲載するのである。
広告料は現金では無く、クーポン券として利用する学生に還元される仕組みである。
仕入れ、つまり出版物の印刷依頼できる業者は在学生の中で二軒ある。これも三対七を最大比率として入札、競合見積もりとした。これに競い合うことによって低価格での依頼が可能となる。
このような運営の基盤となる仕組みや実績を作り上げていったのだった。




