第五章
「翔宇を捜して頂きたいのです」
直感で恋人の捜索だと思った。
少しだけ発音にくせのある、服装からして中国人と分かる少女。結いあげた髪に白い大きな花を一輪差して、華奢な身体に淡い桜色のゆったりとした旗袍を纏った姿はとても可憐で清楚で、彼女が座っているとおんぼろ長椅子さえ何だか新品に見えてしまうから不思議だ。記念すべき「長尾探偵事務所」最初の依頼人、しかもこんな美少女。俄然やる気がわいてくるというものだ。
「翔宇? 姓は何というのですか?」
「姓……?」
少女ははっとして、思案しているかのようにしばらく押し黙っていたが、か細い声で「わかりません」と答えた。
──わからない?
そんな馬鹿なと拍子抜けしつつも、質問を続ける。
「お捜しの人は男性、女性?」
「男性です。年は……確か十九だったかと」
「翔宇という名前で、姓は不明。男性、年は十九。もちろん中国の方ですね?」
問いかけられて少女はこくんと頷いた。
それを受けて健太郎は、机の上で何やら必死で手帳にペンを走らせる。サマにならない探偵然とした仕草は何だか滑稽でもある。きっと本人はなり切っているに違いない。伸子はドアの細い隙間から覗いて、込み上げてくる笑いを必死に押し殺していた。
「彼の職業は?」
少女は首を振る。
「学生だと言っていました。日本に勉強しに来たのだと」
「留学生か……失踪時の住所はご存じですか?」
「詳しくは分かりませんが……」
と、少女は捜索人が逗留していたと思われる一軒の旅館名を言った。
「いつ頃失踪したか分かりますか?」
「確か今頃……夏だったと思います……」
「夏? 去年の?」
「突然いなくなってしまって……」
「お国に帰られたとか?」
「そんなことありません。翔宇が私に黙って帰ってしまうなんてこと……!」
少女は必死に首を振った。
──んー、若い恋人同士の他愛無い痴話喧嘩か、はたまた男の浮気か。
「失礼ですが、その方との御関係は?」
少女は俯いて「恋人です」と聞き取れないほどの小さな声で答えた。
──やっぱりな。
健太郎の心にほんの微かな同情の念が湧いた。男が女の許から突然行方をくらます場合、かなりの確率でもう一人別の女が絡んでいる可能性が高い。
あの「ナルミヤ」の節子の場合もそうだったからだ。