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曇花  作者:
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第六章

 この街に来たばかりの二人は、日々仕事探しに奔走していた。

「兄ちゃん、いいよ……あたしどこかの華族さんの女中にでもなるから」

 健気に伸子はそう言うが、健太郎は死んでもそんなことはさせたくなかった。女中と女工には決してなるな。長時間労働と雇い主からの人権侵害にも似た扱いの多いこの仕事が過酷この上ないことであるのは、誰もが周知の事実であった。

 歩き疲れて棒になった足を休ませるために立ち寄ったミルクホール。それが二人の救い主、節子との出会いであった。


 震災前からこの場所で店を営んでいた鳴海夫妻は、震災後も協力してバラックで罹災者の為に営業を続けていた。その後店が軌道に乗って店舗を構えた途端、主人は魔が差したのか、余所に妾を作って突然失踪してしまったのだ。

 出逢ったばかりの、途方に暮れていた節子を見かねた健太郎は、巡査時代のつてをフル活用して、若い女と一緒に暮らしていた旦那を難なく見つけ出したのだ。感激した彼女は健太郎への感謝の気持ちをこめて、また、二人の身の上を憐れんで、伸子を「ナルミヤ」で雇ってくれた。そしてありがたい事に、この界隈で顔の広い節子による、健太郎が元巡査であるという触れ込みと、仕事斡旋希望という口コミが幸いして、少しづつではあるが彼の許にも、殆ど何でも屋の類ではあるが、何だかんだと仕事が入って来るようになったのだ。

 その後、自分の許に戻る気の無い旦那に見切りをつけて、節子はきっぱりと離婚。節子の逃げた旦那を見つけて手ごたえを感じたのか、健太郎も遂に血迷って、「長尾探偵事務所」を立ち上げてしまったのである。


 そんなことを思い出しながら、この少女の捜している男もきっと同じようなケースだろ

うと、健太郎は大方察しをつけていた。

「どうかお願いです。翔宇を捜して下さい。お金ならいくらでも払います。どうしても、あの人にもう一度逢いたいの」

 長椅子から身を乗り出して哀願する少女を目の前にして、健太郎は、腕を組み、眉をひそめてしばらく考えた。

 ──話に曖昧な所が多いし、どうみても子供だし、かと言ってひやかしで来ているわけでもなさそうだし。

 引き受けるか否か。しばし考えた後、

「わかりました。引き受けましょう」

 と、答えてしまった。

 ──あちゃ~引き受けちゃったよ、あの人。大丈夫なのかな? いくら依頼人さんが可愛いからって……もう、安請け合いなんだから!

 覗き見している伸子は気が気でない。

 ──目指せ、庶民の為の、地元に愛される「長尾探偵事務所」! 仕事は選んでいられない。それにこんな美少女の依頼を断ったら、男が廃る!

 それに引き換え健太郎は乗り気も乗り気、少しというか、かなり勘違いが入っている。

「ありがとうございます!」

 少女は瞳を潤ませて健太郎を見、そして深々と頭を下げた。

「ええと……それでは、もう一度あなたのお名前と連絡先を」

「はい。陳賢芳と申します」

 楚々とした控え目に咲く花のような笑顔をほころばせて賢芳は自宅の住所を告げた。

「伸子、依頼人さんにお茶でもお淹れしろ」

 いきなり飛んできた健太郎の鋭い一喝に、バレていたかと伸子は舌を出す。

「へへへ……こんばんは。すぐお茶淹れますね……」

 頭をぽりぽり掻きながらバツが悪そうに台所へと引っ込んだ。

「大毅もそんなところに隠れてないで入れよ」

 健太郎は探偵としての初依頼に少し興奮しているのか、頬を紅潮させて手まねきする。若松とは健太郎が巡査だった時の同期であり、教習期間終了後、健太郎は亀戸警察署に、若松は西神田警察署に配属されていた。同い年ということもあって何かとウマが合い、ここに引っ越して来てからも何やかやと世話になっている人物である。


「いいのか健太郎? 仕事中だろ?」

 若松がちらりと賢芳を窺うと、

「どうぞ、お気遣いなく」

 と、可愛らしく首を少し傾げた。

「それでは、お言葉に甘えて」

 若松が賢芳の隣に腰を下ろし、制帽を取って挨拶しようとしたその時、

「翔宇!」

 大きく目を瞠って、彼女が小さな叫びを上げた。

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