第二十二章
「事件は迷宮入り。だけど、とりあえず一件落着。幽霊が犯人じゃ捕まえようがないもんな。しかしこれでやっといつもの平和な神保町に戻ったわけだ」
健太郎は笑いながら若松に手を差し伸べる。同じく笑顔を返しながら、彼がしっかりとその手を握りしめると、健太郎はぐいっとその身体を引っ張り上げた。
「全く……人生って一体何が起こるかわからんな。一寸先は闇だ。不慮の天災に遭遇したり、亡霊に憑かれたり……だからこそ生きている今を大事にしないとな」
誰に言うでもなく、健太郎はぼそりと呟いた。
夏の夜の儚い幻。伸子は何を思ったか、黙ってそっと両手を合わせ目を閉じた。健太郎も若松も無言のままそれに倣う。
祈ろう。賢芳に命を奪われた三人のために。そして何より賢芳のために。安らかに成仏できるように祈るのだ。
──もう、悪戯したら駄目だよ。寂しくないようにここにちょくちょく逢いに来るからね。
伸子は目を開けると、思い出したように両手をぱんと叩いた。
「そういえば若松さん? 昨日の夜からお仕事すっぽかしていらっしゃいません? 派出所の人、困ってたみたいだけど?」
「そうだった!」
伸子に言われて若松は血相を変えて走り出した。途中、後ろを振り返って、長尾兄妹に向かって何度も手を振った。
「助けてくれてありがとな! この借りはいつかきっと倍にして返すから!」
そう言い残して、皺だらけの巡査服が動き出した街に向かって遠く消えてゆく。
「さて、あたしたちも帰ろうよ」
伸子は喉の奥まで見えそうな大きな欠伸をひとつする。今更ながら睡魔が怒涛の如く押し寄せてきたのだ。
「そういう、おまえも仕事なんじゃないのか?」
打ち捨てられていた自分の高下駄を履きながら健太郎は薄く意地悪く笑う。
「あ~すっかり忘れてた! もっと早く言ってよ、兄ちゃん!」
再び肉厚の背中にビンタを喰らわせると、伸子も身を翻して脱兎の如く走り出した。
──最初の依頼人はなんと幽霊! んー、この事件、小説のネタに使えるかも!
そんなことを考えていたら、見事にすっ転んだ。
「いったぁ……もう最悪……!」
腹を抱えて爆笑しながら、健太郎も高らかに下駄を鳴らせて後を追いかける。めげずに素早く起き上がって走り出す、愛しいその小さな背中を見送りながら彼は心から願う。
──どんな形でもいい。伸子にいつか幸せが訪れるように。
曇花の甘い残り香が朝の清風にのって、優しく二人の鼻孔をかすめたような気がした。
完結です。
いろいろとこじつけ&ムリ設定ありますが、
どうぞサラッと読み流してくださるとありがたいです。
かつて周恩来サンは神保町で学んでいたのですね。
あまり勉強好きではなかったようですが……。
ネタに使わせていただきました。
長々とお読みくださりありがとうございました。




