第十章
「留学生の翔宇という、年の頃は十九、二十歳くらいの男性なのですが」
ここまで聞くと、松本校長は壁面に据え付けられた巨大な書棚の前に立ってしばらく中を物色すると、一冊の分厚い本と薄い綴りを取り出して健太郎の前に置いた。
「卒業者名簿と在籍者名簿です。震災で昔のものは消失してしまいましたが……翔宇という人物ですな?」
「はい」
健太郎は頷いて、パラパラと名簿のページをめくる松本校長の手元をじっと見つめた。
「ざっと見た限りでは、そのような名の在校生も卒業生もここにはおらんようですな」
しばらくして、彼は残念そうに呟いた。
「ただ、一つ気になるのは、おそらくこの翔宇というのは、本名ではなく、字だと思うのですが……」
「字?」
「そうです。中国では普通、名を呼ぶことは大変無礼なこととされているので、たいていの場合、字で呼び合うのですよ」
「そんな……本名が解らないと、いくら名簿があっても捜しようがない……」
「まあ、そういうことになりますかな」
健太郎はがっくりと肩を落とした。光に向かって伸びている細い糸がぷつりと切れたような気がした。賢芳にもう一度会って訊いてみるか。いやいや、彼女も本名を知らないのではないか? あの曖昧な受け答えからして、そんな気がした。声にならない唸り声をあげて脳内でいろいろ考えを巡らせていると、松本校長が思わぬヒントをくれた。
「この辺の中華料理店を訊いて廻れば、何か手掛かりが掴めるかもしれませんよ」
「中華料理店?」
「そうです。留学生の殆どは、故郷の味を懐かしんでそこに行きますからね」
「なるほど」
健太郎は大きく頷いた。




