第4話 接続された少女たち
四つの器に分散された一人の少女の意識。
物理法則の崩壊を食い止める「生体部品」として、彼女たちはただ静かに消費されていました。
非情な指令が下される中、日高と真壁が下す決断と、変わり果てた研究施設の真実を描きます。
四人、いた。
壁穴から身体を通し、
構造体の並ぶ区画に入った瞬間に、
日高はその全容を把握した。
円柱形の構造体が四基。
等間隔で、対称に配置されている。
それぞれの内部に、一人ずつ。
淡く濁った液体の中に、同じ姿勢で、同じように繋がれている。
四人全員が、同じ顔をしていた。
年齢は十代半ばほど。
細い身体。
閉じた瞼——一人を除いて。
日高が壁穴越しに視線を合わせた少女だけが、目を開いたままこちらを見ていた。
日高は構造体から三メートルの距離で止まった。
全員に手信号を出す。
現位置維持。接触禁止。
メディックが前に出た。
構造体を触れない距離から観察する。
バイタルモニターが構造体の側面にある。
数値を読む。
「バイタル良——四名、生存確認。パペット、自力歩行不可」
報告は正確だった。
訓練通りの声量と抑揚で、過不足なく状況を伝えていた。
ただ......
その言葉が指しているのは、装置ではなかった。
真壁がメディックの報告を聞きながら、構造体を見ていた。
四基を順番に見た。
一基目、
二基目、
三基目、
四基目。
それからもう一度、最初に戻った。
「……全員、同じ顔か」
独り言に近い声量だった。
「一個体ではない。別個体が、同一の外形を持っている」
日高が返す。
「分散処理をさせているのか。一人では処理しきれない負荷を、四つに割っている」
真壁が日高を見た。
「人間を使って、か」
「はい」
二人の間に、短い沈黙があった。
テックが構造体の周囲を慎重に回っている。
触れない。
パッシブスキャンのみ。
「生体電位、検出します。四名とも同一周期で変動しています」
「同期しているか」
「はい。完全同期です。個体差がありません」
「記録しろ」
「了解」
日高は構造体の接続部を見た。
ケーブルの束が、後頭部と脊椎に繋がっている。
生命維持のラインも混在しているが、それは補助的なものだった。
主系は別にある。
情報系のケーブルが、他より太い。
情報が流れている。
この四人を通じて、何かが処理されている。
そのとき、区画の奥から音がした。
かすかな、湿った音。
全員が向く。
壁際に、人が倒れていた。
白衣。
成人女性。
構造体には繋がれていない。
床に横たわっている。
白衣の表面が、部分的に変色していた。焦げではない。
熱による損傷ではない。
細胞の組成そのものが変質したような、無機質な損傷だった。
「カバーつけろ。単独接触禁止」
日高が指示を出す。
二名が近づく。
「呼吸あり。浅いが維持しています」
「バイタル?」
「不安定です。脈拍が乱れています」
日高が近づく。
白衣の胸元を探り、内側に挟まれていたIDプレートを引き出した。
タクティカルライトを当てる。
シオン。
研究員番号と、その名前が刻まれていた。
「……データベース照合」
「照合中——一致。施設登録研究員です。専門、QTR制御理論」
日高はIDプレートを戻した。
シオンの瞼が動いた。
ゆっくりと開く。焦点が定まらない。
天井を見ている。
だが意識はある。
唇が動いた。
「……き……て……」
音にならない。
「……こないで……」
日高は屈んだ。
シオンの視線の方向に自分の顔を入れる。
シオンの目が、日高を認識した。
焦点が合う。
「……あなたたちは」
声が出た。かすれているが、言語として成立している。
「我々は東亜連邦の自衛軍です。回収任務で来ました」
シオンの表情が変わった。安堵ではない。別の何かだった。
「……回収」
繰り返す。
「……何を」
「データです。施設の記録を——」
「違う」
遮った。
呼吸が乱れているのに、声だけははっきりしていた。
「あなたたちが回収すべきは——」
視線が構造体へ向く。
「——彼女たちです」
日高はシオンの視線を追った。四基の構造体。四人の少女。
「四人が繋がっている間だけ」
シオンが続ける。
「ここは、成立しています」
「成立、とは」
「この施設全体です。空間の維持。物理定数の固定。あなたたちが今立っているこの場所が、通常の物理法則の上に存在できているのは——」
呼吸が途切れる。
数秒待つ。
「——四人が繋がれているからです」
日高は構造体を見た。四人の少女。同じ顔。同じ姿勢。閉じた瞼——一人を除いて。
空間の歪み。
爆発しない着弾。
消えた隊員。
変質した壁。
すべての起点が、この四人だった。
「切断したら」
「暴走します」
間を置かずに返ってきた。
「制御を失った出力が、空間に直接干渉します。この施設は消滅します。周囲数キロも、おそらく」
「切断しなければ」
シオンが日高を見た。
「彼女たちが、壊れます」
静かな声だった。感情を排した報告の声だった。だからこそ、意味が直接届いた。
真壁が構造体の前に立っていた。四人を見ている。背中しか見えない。何を考えているか分からない。
「この人たちは……」
低い声だった。
続かなかった。
真壁はそこで言葉を止めた。
止めたまま、構造体を見続けた。
日高もシオンも、その続きを促さなかった。
促す必要がなかった。
テックが端末を叩いている。
「同期率、現在94.2。ゆっくりですが上昇しています」
「上限は」
「施設の設計値では100。ただし——」
一瞬、止まる。
「——シオンさん、上限に達したらどうなりますか」
シオンが答える前に、構造体の一つが鳴った。
音ではない。振動だった。
床から靴底を通じて伝わる、低い振動。
周期が崩れている。
「……負荷が増しています」
シオンが呟く。
「外部からの干渉を処理しようとしている。あなたたちが来たことで、維持すべき空間の定義が変わりました」
「俺たちが原因か」
「一因です」
日高は立ち上がった。
シオンを見る。
「動けますか」
「……少しなら」
「先に聞きます。上層部への連絡はありましたか。俺たちが入った後」
シオンの目が細くなった。
「……ありました」
「内容は」
「聞かされていません。ただ——」
シオンが日高の目を見た。
「あなたたちが来ることは、最初から分かっていたようでした」
その瞬間、日高の端末が鳴った。
上層部からの通信だった。
日高は端末を開く。音声ではなくテキストだった。
一行。
——回収対象はデータのみ。人員は置いていけ。
日高はその一行を三秒見た。
端末を閉じた。
真壁が振り向いた。
日高の顔を見た。
何も聞かなかった。
日高はシオンを見た。
「立てますか」
「……はい」
「立ってください」
「人員は置いていけ」という非情な一行は、軍という組織の冷徹さを浮き彫りにします。
少女たちの命と、数キロ圏内の消滅。天秤にかけることすら許されない過酷な状況。
シオンに手を貸した日高の沈黙の中に、彼なりの「抗い」と覚悟が静かに滲んでいました。




