12 1年生 春はダンスの季節2
主人公、レベルアップ中です。
しょうがないってなんだよ。
アンナはその時間は適当にやりすごせばいいと言った。
ダンスなんて踊れなくても、そもそも舞踏会に行くような機会も少ないのだと、諦めたように笑った。
ただ、全く踊れないとそれはそれで困るので、誰か教えてくれる人を探すという。交友関係が広いので、先輩とかで踊れる人がいるかもしれないということだった。
「その時にはリリーナ様もお誘いしますね」
そう言ってもらったが、それをあてにするわけにもいかないだろう。
自力でなんとかするしかないか。
それにしても困った。
とりあえず図書館に来て教科書的なものを探して読んではみたけど、もらった教本と似たり寄ったりだ。
だいたい、ダンスって本を見て出来るものじゃないだろう。
取り合えず、見るだけでも、誰かが踊っているのを見たい。
しかし、そういうのを見る機会はない。
芸能人ダンス部とか、もっと真剣に見ておけばよかった。
ぺったりと机に倒れ込む。
「どうしたの」
頭上から声が降ってきた。
「グレーデン様」
見上げるとアルだった。金髪がサラサラしてる。相変わらずイケメンだなあ。
「アルでいいよ。学園はそういう場所だから」
いかにもお貴族様という佇まいなのに、言うことはフランクだ。
学園は身分の上下で区別しない。
そう聞いた。
しかし、実際はそうではない。
私は今、その壁にぶち当たっている。
アルは散らかっていた本をめくった。
「何?ダンスの勉強?」
「そう。やったことなくって。なのに他の子はみんな、もう上手いんだもん」
「ああ、それはあるかな」
子供のころからダンスを習っていたご令嬢と、昨日今日始めた私じゃ差があって当たり前。
私だって前世の遺産でピアノが弾けるんだから、やったことない人からしたら、さぞ不公平であろう。
「でも、これから頑張ればいいんじゃないの」
「それは無理。先生がヤル気が無くて、ちゃんと教えてくれないんだものん」
そのまま言うと、アルは秀麗な眉を顰めた。
「魔法学院の先生方の実力は最高峰だよ」
先生のせいにするなと、まるで、私が駄目っ子のように言う。
確かに、これまで積み上げてこなかったという点では駄目っこだけども。
でも、それは私の責任だろうか。
「そんなことありませーん。レディ・ドロシアは例年そうだって聞いたよ」
アンナに。
知り合いから、彼女は身分によって依怙贔屓があるという前情報があったらしい。
本当に例年そんな感じなのかと思うとびっくりだ。
アルが考え込んだ。
「ここでそんなことがあるものかな。学園長は立派な教育者だよ。そんなことを許すとは思えないな」
「でも、有名な話みたいだよ」
アンナ以外からもちらほら聞いた。
今回のことでよかったことは、レディ・ドロシアが去った後、同じくダンスができない者同士で愚痴って交流が持てたことくらい。
共通の敵がいれば団結するというアレだな。
翌日、アルに呼び出された。
「君の言ってたことだけど、本当だったみたいだ」
「だから言ったじゃない」
あの後すぐ、どこかに行ったからどうしたのかと思っていたら、なんと裏を取りに行ったのか。
信用がないなあ。
別に信用を得るようなこともしてはないけど。
「レディ・ドロシアは毎年、ろくな授業をしないのだそうだ」
今更だな。
アンナたちの話では結構有名なことのようだったのに。
「もともと女生徒が少ないし、文句を言う生徒がいなかったので、表沙汰にならなかったようだ」
「そうでしょうね。被害者が身分の低い生徒なら、学園側も取り合わないでしょうし」
「そんなことはない。学園はきちんと対処するよ」
何を根拠に。
アルもそういうとこ、いい家のお坊ちゃんだな。
差別されない側はそういうのに疎い。
アルが褒めてた学園長だって信用できるものでもない。
「私に言わせたら、あの人を先生に選んだ時点で人を見る目がないよ」
ちょっと話したらあの差別意識がわかりそうなものだが、猫を被るのがうまいのだろうか。
「レディ・ドロシアはフォルケン侯爵家の推薦なんだ。彼女を講師にするので、侯爵家は破格の寄付をしたらしい」
「ええ?」
変な声が出た。
「何それ」
「レディ・ドロシアは伯爵家に嫁がれたのだけれど、ご主人と死に別れてしまってね」
その後、亡くなった夫の弟が伯爵を継いだらしい。
一応は身内と言うことで、弟の伯爵が面倒を見ているが、金銭的にはそこまで援助をしていないのだそうだ。
実家は侯爵家で弟が後を継いでいるが、そこまで豊かではないらしい。
「フォルケン侯爵の奥方が、レディ・ドロシアの姉でね。職を世話したのだね」
フォルケン侯爵は妻の妹の面倒をみる気はなかったが、一度ならと言うことで、力を貸したのだそうだ。
「侯爵令嬢が就く職業として、この学園の講師はぎりぎり許される範囲だから」
それはわかる。
身分の高い女性は外では働かず、家の切り盛りと子育てが仕事だ。
例外として、官吏や、本人より高位の貴族女性の侍女や家庭教師などの仕事がある。
それ以外の職業は平民以下の人間の仕事とされている。
侯爵令嬢ともなると、本人より身分の高い貴族女性があまりいないので、自動的に仕える相手もいなくなる。
その場合の適切な職として、こういった学校の講師のような名誉職があるらしい。
つまり、不運なレディ・ドロシアは、そういった政治的配慮の元、講師をしているらしい。
しかし。
「それと授業をしないのと何の関係が」
名誉職でもなんでもいいが、講師なら教えろ。仕事をしろ。
「侯爵令嬢は下位貴族の娘に物を教えたりしないらしい」
「は?」
それは違う。
「酷くない?それこそ学園長とかに言ったらなんとかならないの」
「まあ、そうなんだけど。今すぐというのは難しいね。証拠を押さえて来年とか」
「ええー?」
「まあ、ちょっと待ってて」
誰が待つか。
それでは間に合わないじゃない。
私は、今、成績トップにならないといけないの!
なので、アルのくれた情報を有効活用することにした。
大人なのでね。
話し合いをするのも大事だよ。
そう思って待っていたのに。
翌週、レディ・ドロシアはダンスホールに来なかった。
この前、居残りさせられた数人だけが待つところに、アシスタントの女性が各自で練習しろと伝えに来た。
そうか。そう来るか。
「どうして、先生はお見えにならないのですか?」
挙手して発言する。
「各自で練習というのが先生のご指示ですが」
レディ・ドロシアとはかなり違うようで、小さい声で細々と話す女性だ。
日頃から生徒に話しかけられることなどないのだろう。困ったように眉根を寄せている。
「いつもそうですよね」
「それは」
「残念だなあ。私じゃなくて、先生がですけど」
私はなるべくほがらかに聞こえるように明るい声を出した。
「若くやる気のある生徒にダンスを教える。このお仕事は素敵ですよね」
ニコッと笑って。
「さぞ、やりたい人も大勢いることでしょうね」
「なにを」
「エミリア様やブリジット様のご身内にもいらっしゃるのではないかしら」
同級生の名前をあげる。
「同じ条件でやりたい方が複数いらした場合、どうやって適任者を決めるのかしら。
ダンスの上手さ、いいえ、やはり講師なのですから指導力かしらね」
隣のアンナに笑いかける。
実はこの世界は未亡人や縁に恵まれない女性も多い。
魔物が出て人を襲うのだから、戦って亡くなる男性も結構いるのだ。
どの家にも、兄弟に養ってもらっている女性はいたりする。
レディ・ドロシアでないと駄目だということはないだろう。勤怠が悪ければ尚更。
「貴女、脅しているの?」
「まさか。事実をお話しているだけです。脅してなんていませんよ、まだ」
でも、相手の出方次第では対応も変わる。
それこそ、エミリア様やブリジット様を焚きつけてもかまわないのだ。
アシスタントの女性は足早に立ち去った。
さっさとレディ・ドロシアに報告に行くがよい。
「リリーナ様ったら」
アンナが呆然と私を見る。
「なんてことを」
「何か問題がある?」
「ないですけど。何か困ったことにならないでしょうか」
そうなったらなったのことだ。
既に今、困っている。
レディ・ドロシアは真っ赤な顔をしてやってきた。
やはり近くにいたのだな。
ダンスホールに来ない時もカフェで目撃されていたりするのは情報として仕入れていた。
講師であるからには、まったく出勤もしないということもないだろうと踏んでいたのだが、本当にいたらしい。
「リリーナ・ヴェルデガン」
「ごきげんよう、レディ・ドロシア」
丁寧に淑女の礼をする。
「あな、あなた、その」
上品なレディ・ドロシアは上手く話せないらしい。
「お見えになったということは、ステップを見ていただけるのかしら。光栄だわ」
無言で立ち尽くしている。
どうするべきか考えているのだろうか。
「でも、わたくし、まだあまり自信がないんですの」
これは実際に自信がない。
ステップの練習をするより、レディ・ドロシアや、そこにとって代わりそうな年配の貴族令嬢の情報を仕入れていたからだ。
貴族の家庭を顧客に持つトーマスがとても役に立った。
ただ、今はそこは問題ではない。
全然駄目でも、見てもらう。
まっすぐに目を見る。弱気になったほうが負け。
嫌だな、魔物や野生動物と対峙する時みたい。
「それを、教えるのが仕事ですから」
レディ・ドロシアがぼそぼそと言った。
私はにっこりと微笑んだ。
「ですけど、本当にまだまだですの。ミス・ウォールに見ていただいてからにしましょうか」
「え?私?」
アシスタントのミス・ウォールがキョロキョロを視線をさまよわせる。
「そうですわ。アシスタントのミス・ウォールに教えていただいて、合格してからなら、レディ・ドロシアにお目にかける自信がつくかも」
レディ・ドロシアは落としどころをきちんと読み取った。
「そうね、ミス・ウォール。貴女には皆様の指導をするのに十分な能力があると思っていますよ」
レディ・ドロシアは重々しく宣告した。
「わたくしは…少し頭痛がしますので、休んでいるので終わったら迎えにきてちょうだい」
「あ。はい」
ミス・ウォールが頷く。
そう、別に何も、やる気のない侯爵令嬢様に直々に教えてもらう必要はないのだ。
ミス・ウォールは元々、他でダンス講師として平民のお金持ちのお嬢様の指導をしている人だ。
なら、それで十分。




