13 1年生 春はダンスの季節3
主人公、レベルアップ中です。
アルに声をかけられたのは翌々週の週末のことだった。
ダンスのレッスンを終えて、意気揚々と寮に帰るところを呼び止められた。
「今帰り?お茶でも飲んだ行かないか」
おごりだというので喜んでついていく。
週末は実家に帰る生徒も多いので、夕方のカフェは空いていた。
喉が渇いていたので冷たい果実水をいただいた。
美味しい。さすが、学園の提供するものは、うちの地元で出るものとは味が違う。
アルはコーヒーを飲んでいる。ブラックだ。この世界では、お手軽に提供される飲み物にミルクを入れるという概念がない。
おそらくはミルクの保存的な問題なのだろうけど、その分、ミルクを入れた飲み物の価値は高い。
ここは現代日本から来た知識チートとして、そのうち活かそうと思っている。
ぶっちゃけ、お金にならないかなあと。
そんなことをぼんやり考えていたので、アルの話が最初入ってこなかった。
「君が言っていた件、調べてみたんだけど」
「どの件?」
「レディ・ドロシアの件」
ああ。私としてはもう解決済みの気分でいた。
さっきもミス・ウォールの指導でいい感じに練習を終えたところだったし。
「君の言う通り、彼女の指導にはとても問題があった。卒業生たちにも聞いたんだけど、女子生徒の間では有名だったんだね」
「よく問題にならなかったね」
「入学までにダンスのできない女子生徒は、官僚を目指しているような子が多いんだよ、淑女教育が出来なくても気にしない。
なんなら、レディ・ドロシアみたいに立ち合いもしないのであれば、その時間に別の教科を勉強していたりする子もいるみたいだね」
なんということ。
じゃあ、私のしたことは余計なお世話?
いやいや、アンナはそこそこには踊りたいみたいなことを言っていたから、ミス・ウォールに教えてもらうのは正解だと思うんだけど。
現に、今週は参加者が増えていたよ。
来ても無駄だと来なかった生徒たちが、ミス・ウォールに教えてもらえるならって来ていたもの。
「やりたい人はいたんじゃないかと思うけど」
講座自体は歓迎されていると思う。
「誰もやりたくなくても。カリキュラムとしての必要の有無と、設定されているのにやらないのは別の問題だよ」
「まあ、それは確かに」
「なので、生徒会を通じて進言しようかと思っていたんだよね」
生徒会。
ゲームではイケメンといちゃいちゃしていただけだったが、実際はそういうこともするのか。
「で、実際の様子を記録しようと思ったんだけど」
アルがコーヒーをすする。
「何か、普通に授業が行われていたんだよね。生徒は半分だったし、先生も知らない女性だったけど」
「ああ、それは」
「それは?」
「レディ・ドロシアのアシスタントのミス・ウォールなの。初心者はミス・ウォールが指導することで合意したのよ」
「誰と誰が」
「えっと。関係者の総意?」
笑ってごまかしたけど、間違ってはいないと思う。
まあ、ミス・ウォールの許可が一番最後ではあったけど。
「いいじゃない、無事に教えてもらえることになったわけだし」
「そうだね、後は頑張るだけだけど、あまりの出来てなさに正直、驚いたよ」
「え?」
「僕が見に行ったんだよ。確認するのに」
見られてましたか。
「ちょっとびっくりするほど下手だったよね、君」
「そこまで?」
アルは頷いた。
それはちょっと残念だ。
確かに初心者ではあるものの、今日はなんとなく上手くなっていた気がしたのに。
「困ったなあ。試験に間に合わないかも」
しかし、よく考えたら、そもそも、上手く踊ることではなく、前期試験で1位を取るのが目標なのだ。
レディ・ドロシアを脅してなんとかならないかしら。
「試験?淑女教育の?」
「まあ、1位を取らないといけないんで」
アルが怪訝な顔をする。
「あんなものの順番なんてどうでもよくないかな。しかも、あの状態で1位狙いって」
驚かれた。
平民からうっかりで伯爵位が回ってきたような家の女の子が言うことではないからだろうか。
この世界的には。
でも、1位を取ってフィリップにあっと言わせて好感度を上げねばならぬ。
なんだろう。なんだかいい話にならないな。
なので、ちょっと修正する。
「成績表の張り出されるところの一番上に乗って、一目置かれないといけないのよ」
ゲームで見たように。
しかし、アルの返事はとても、思いもよらないことだった。
「淑女教育は評価には入らないよ?」
ええ?
「男子の剣術と女子の淑女教育は、成績という点では参考記録だよ」
「剣術は成績が高いと騎士団への推薦が貰えるけど、淑女教育は、いい家の子が落第しない様に底上げする程度の役割だよね」
し、知らなかった。科目数が多いから、そんなに比重が高くないだろうとは予測していたけれども、ノーカウントだったのか。
無駄?
ここ最近いろいろ画策してた努力が無駄?
なんだかツラい。
「さっきから変だと思っていたんだよね。君って、ダンスの時間に先生がいなかったら
別の教科を勉強しそうな筆頭だったから」
どういうイメージだ。
間違ってないけど。
「まあ、王妃様になるんだから、出来て困ることはないよね」
ふと、思いついたようにアルが言った。
「下手したら他の学業より大事だよ、ダンス。王宮の舞踏会の一番最初に踊るんだから」
それは、考えたこともなかったな。
「世界を救ったら問題にならなくないかしら」
救世の乙女って、そこまで求められない気がする。
「君の言う通り、世界の滅びを救えばそうだけど、単に王子様に見初められてってことになったら話は違うよね」
「それはないでしょ」
前提が違っていたら、何のために転生してきたものやら。
しかし待てよ。
私が世界の破滅を救ったとして、そこまで華々しい活躍できなかったり、誰も見てなかったりしたらどうなのか。
主に、国王陛下とか偉い老人とかが。
その場合、山出しの田舎者である私はなかなか認めてもらえないのでは?
でもでも。世界を救うご褒美がイケメン王子と結婚なんだから、そこはすんなりいってくれないと。
いや、待てよ。
結婚するまではいいものの、結婚した後に嫁いびりとかされちゃったりとか。
だって、エンディングの後は何があってもわからないわけだから。
なんか頭がぐるぐるしそう。
考え込んでいる私をアルは可哀想に思ったらしかった。
「大丈夫だよ。僕がなんとかするから」
「アルが?」
「言っただろう。王妃になるために協力するって」
言われたけども。
「ダンスくらいなら僕が教えるし」
続いた言葉にびっくりした。誰が教えるって。
「複数で一括の授業より、個人指導のほうが上達するよ。こう見えてもちゃんと習ってるんだ。」
そりゃあ、そうだろうけれども。
確かに。ダンスは男女でやるものだから、男も踊れないとしょうがない。
むしろ、男性のほうがリードしなければならない分だけ、技能が必要とされる。
そう考えたら、男もちゃんと習わないといけないのは当然のこと。
いかにも貴公子然としてるアルが踊れて不思議はないんだけど。
同級生の男の子たち、例えばトーマスが踊れそうかと言ったら、そんな感じもしないので。兄たちも踊れないと思うし。
やはり生粋のお貴族様は違う。
まあ、このチャンスを逃す手はないということで、夜、ダンスホールでこっそり会うことになった。
って、淑女的にそれはいいのか。
一応こちらの基準で、男女の二人きりは良くないのであった。
学校は「そういうことは起こらない」という前提の聖なる学び舎なので、通常の委員会活動などではうるさく言われないんだけど
夜の教室にこっそりって、さすがにどうよと言う気はする。
しかし、前世日本人だしな。
それに、少し思うところもあって。
アルはもしかしたら、お助けキャラではないのだろうか。
実はずっと気になっているのだ。ゲームでのお助けキャラの同級生が、クラスメイトの中にいなかったことが。
そのくらいのズレはあるという楽観的な気持ちと、誰も私を助けてくれないのか、という心細さ。
なので、アルがレディ・ドロシアの情報をくれた時に、思いついたのだ。
女神様が代わりをよこしてくれたのではないかしら、と。
有益な情報をくれるって、お助けキャラの定番だ。
であれば、アルから先に、お近づきになるはアリではないか。
ダンスホールにつくと、既にアルが扉の前で待っていた。
「あ、待たせてごめん」
鍵を開ける。
アルが微妙な顔をした。
「その鍵、どうしたの?」
突っ込まれるとは思わなかったな。
「私、ミス・ウォールと仲良くなったんで」
授業の時の鍵の管理はミス・ウォールの担当だ。
一緒に帰った時に、特別教室の鍵の管理が甘いことに気が付いたのだ。
この学校は名門で生徒は貴族がほとんどなので、学校の敷地内への安全性は確保されている。
代わりに、学内では性善説に基づいた造りになっているようで、非常に隙が多い。
ので、利用させてもらったのだ。
ゲームの中で主人公と攻略対象が密会していたが、こういう裏付けがあるのであるな。
アルはいろいろ準備してくれていた。
さすが魔法学園。
魔法で動くレコードがある。ダンスの授業の時のものより小さくて高性能だ。
「ドレスを用意してくると良かったのに」
「持ってないよ、そんなもの」
「試験ではドレスで踊るんじゃないの。安いやつでいいから買っておくといいよ」
そうなのか。
思い返せば、ダンスの試験(?)があった初回、エミリアたちはドレスで参加していた。
そのまま帰るためかと思っていたけどダンスのためか。
誰も教えてくれなかったよ。
自分の理解不足にがっかりする。
魔法学園は強い魔力を持つものであれば、身分に関わらず、平等に受け入れる公平な学び舎だ。
でも、その生徒のほとんどは貴族で、その不文律に支配されている。
彼らは知っていて、私が知らないことはとてもたくさんあった。
平民や社交に疎い下位貴族はどうすることもできない。
アルは爵位だけは同じ伯爵家だということだけど、うちよりもかなりいい感じの家柄なのだろうと推測できる。
平民育ちの両親は問題外として、大伯父夫妻よりも格段に洗練されている。
それはそうか。
最初に会った時に、王子の護衛のようなことをしていた。
ああいう仕事は本人も家柄の良い家の人にしか回ってこない。
アルのダンスはとても上手かった。巧みなリードに滑るような足さばき。なるほど、これがダンスか。
身体で理解するとはこのことだ。
そして、私にはダンスは駄目だと思い込んでいたが、剣の型だと思えばいける。
剣技だ。
ちゃんと合わせていけてる。
「ステップは踏めてるけど全然だね」
いけると思った瞬間に突き落とされたよ。
「一応動きは出来てると思ったんだけど」
「うん。だからそこだけ。剣舞をしてるんじゃないんだからさ」
そこまで見透かされていましたか。
しかも、こっちは必死で間違わないようにしているのに、アルは余裕で考え事をしている。
「もっと密着して身を任せて、でも相手が間違ってもいいように自立して立つんだよ」
「ちょっと意味が解りません」
言った瞬間、背中に回った手が落とされて、こけそうになる。
勿論、こける前に引き起こされるんだけども、ちょっと怖かった。
でもまあ、いくらリードが上手くても、ぼんやり身を任せていたのでは駄目なのだなということは理解したよ。
「まあ、おいおい練習するしかないよねえ」
「はーい」
「ダンスは女性の武器だから頑張りなよ」
はいはい。
そういうことが何回かあった後、ダンスホールに行ったらアルだけじゃなくてクリス様がいて、さっくり紹介された。
身分が上の人は向こうから名乗ってもらわないとこちらも名乗らない。
隣に座っていても。『知らない人』ということになる。
それも謎の不文律だ。
なので、クリス様と私は、本日が初対面ということになる。
そして、紹介されたら、さっきまで知らない女だったのが、いきなり『淑女』という扱いになる。摩訶不思議貴族社会。
でも、私はクリス様が二推しだったので、純粋にとても嬉しい。
推しに会いました、的なミーハー心が満たされる。
それにしても。
入学式の時も一緒にいたし、クリス様は宰相閣下のご長男なのに、アルと仲良しなのだな。
「クリスと僕はおない年なんだよ。クリスは留学してたから」
アルは私より3歳上だと言っていた。
そういや、すっかり忘れていたけど、ゲームのクリス様も歳上だった。
なるほどなるほど。
「今日は、踊っているだけではわからない部分をチェックをしようと思う」
アルが宣言して、私とクリス様はクルクルと踊らされた。
公爵令息だけあって、クリス様はとてもダンスが上手い。小さい頃から教えられてきたのだなあ。
素敵なイケメンと踊るのはそれだけで楽しい。
が、横でメモを取っているアルがちょっと怖い。
案の定、ダメ出しの嵐だった。目線とか背中のそらし具合とかターンのブレとか。前側に倒れる時の角度は35度
が一番美しいとか言われても踊ってる最中にわからないと文句をつけたら、ここを見るようにと定規で図られて示された。
私が駄目だしされてやり直しはしょうがないけど、自動的にクリス様もやり直しになってしまう。
さすがに嫌になったようだった。
「ちょっと厳しくはないかな」
うんざりした顔を隠しもしない。
「他は幼いころから練習してきたご令嬢ばかりだ。リリーナはそれ以上の研鑽を積まないと」
アルは結構真面目な人だ。
スパルタ教育だよ。
「ダンスなんて、そこそこ出来たらいいんじゃないかな」
クリス様、優しい。そして、ごもっともです。
そういえば、クリス様も攻略対象だったな。
せっかくだから好感度上げとくか。
そんなついでのように好感度を上げられても、クリス様は嬉しくないかもしれないけど。
でもまあ、これは仕事のようなものだ。
面倒でもやらなくてはならない。
「わたくしの父がヴェルデガン伯爵の跡目を継ぐことになって爵位を得ましたが
貴族の教養などは身についておりません。」
私はちょっと声のトーンを落とした。
「私に淑女としての教養が無いと母は悪く言われてしまうことでしょう。それは、とても嫌なのです」
目を伏せて儚げに微笑む。
私は知っている。
公式設定では、公爵家の奥方はエミリア様を産んだ時に亡くなっており、クリス様は母の代わりに妹に愛を注いできた。
そのせいで、甘やかされた妹はとても傲慢に育つけれども、クリス様はずっと家族を大事にしてきた。
そんなクリス様は『母』のワードに弱い。
「そうか。君は家族思いなんだね」
さっきまで、面倒なことに付き合わされて勘弁してくれよ状態だったクリス様がちょっと軟化した。
「私に出来ることがあれば手伝いたいと思う」
「それは助かるな」
だから、何故そこでアルがしゃしゃり出るの。
「お前は妹がいるから刺繍の得意な女性にも詳しいだろう。誰か紹介してくれないか」
ナイス。私は忘れていたけど、来週から刺繍の授業が始まるのだ。
最初がダンスの初歩で刺繍の初歩、音楽の初歩と続いていくらしい。
私は刺繍も初めてだ。
平民だったので裁縫は出来る。繕い物なんかお手の物だ。でも、平民は刺繍はしないんだよね。
刺繍の先生がダンスの先生のように、みんな一通りは出来る前提だとお話にならない。
しかし、アルは刺繍も重要だと言う。
なんと。
この世界では、淑女が刺した刺繍が褒章になるらしいので。
王妃様の作品ともなると、数多く生産されて、いろいろな人にばらまかれることになるらしい。
それは。やらねばならぬのか。
水彩画とかピアノは意外と披露する機会がないのだそうだ。
よりにもよってだなあ。
「わかった。探してみよう」
好感度の上がったクリス様はそう言った。
その後もクルクルクルクルとアルが納得するまで踊らされた。
ああ疲れた。
終わった後に座り込んでいると、アルが飲み物をくれた。
冷たくて美味しい。
「なぜ、冷たいの」
この世界にも魔力で動く冷蔵庫はあるが、寮の部屋とか、限られたところにしかない。
「僕の魔法で」
「すごい」
ありがたくいただく。ふはーとくつろいでいると不思議そうに問われた。
「君は頑張り屋さんだよね。詰め込みすぎたから、根を上げるかと思ってた」
詰め込み過ぎなのか。やっぱり。
ちょっとだけそう思っていた。
でも、多分、機会があるうちにやっておかないと。
邪竜が現れるまで、あと3年を切った。
私の人生は詰め込みすぎくらいじゃないと間に合わない。




