なんちゃら式とかって、だいたい陰謀がうずまいてるのがテンプレ
エリスの戴冠式の準備は恙なく進んでいて、表面上は問題がない様に見える訳なんだがね。
俺は、城にシレッと入ろうとしていた男達を昏倒させると、バラキ、ウリと一緒に騎士団長の所に持って行った。
ミカとセアルティはエリスの護衛にやっている。ラファとガブリはイブと一緒。今日は、仮縫いだったか?
「済まないね、トール卿」
「団長さん、俺に敬称はいらんよ」
表立って問題を起こす奴らが居ない時は、大抵、裏で暗躍する輩が居るんが世の常識ってやつかね。
貴族の基本は暗闘だ。コネ、談合、賄賂、噂話etc……
印象と駆け引き、自分に有利な場を作り、相手を貶めてドブへと突き落とす。ロビイ活動なんて、その最もたる物だろう。
エリス本人には、本人の気性のせいもあるだろうが、その手の戦い方に全く慣れてない。
当たり前だ。本来であれば社交界にも出ていない“小娘”な訳だからな。
まぁ、その辺はゴドウィン候に丸投げさせて貰おう。実際、俺だって、そう言った経験は少ないからな。
だからこそ、俺は俺に出来る事でエリスを守るしかない。触接的な武力もそうだが、そう言った武力を持つ者が側に居るってだけでもけん制に成るからな。
王弟軍との戦いに直接参加して無かった貴族なんかはともかく、あの戦いで、俺を直接見た者なら、正面切って戦おうとはしないだろう。バフォメットみたいな奴ならともかく。
そうなると、行える手段なんてそうは無い。暗殺とか、脅迫とか。エリス本人だけじゃない。その周辺に居る人間でも構わないだろう。
そう言った連中を傀儡にする事で、エリスを害するなんて事も当然ある。
俺に、貴族的な戦い方のノウハウは無いが、裏工作についてのノウハウならそこそこある。情報の集め方やら忍び込んでの活動やらのな。
だからこそ、そう言った場合の対処の仕方なんてのも、当然ある訳だ。俺がどれだけ公爵家の暗部と渡り合って来たと思う?
そう言った連中が、どんな風に忍び込むかなんて事、手に取るように分かるわ。
流石に、周囲の人間を脅迫した場合なんて事にまでは手が回らんが、暗殺者は俺が近づけさせないし、もし、毒なんかを仕込まれたとしても、ミカが必ず気付くだろう。アイツの鼻の良さは、折り紙付きだからな。
そうやって俺達が時間さえ稼げば、あとはゴドウィン候や騎士団の仕事って訳だ。
まぁ、適材適所ってやつだな。
ここしばらくは、そうやって、あちこちの貴族連中や他国から送られた諜報部の連中なんかを捕まえては、騎士団に引き渡していた訳だが、そう言った輩から情報を抜き取っては、逆に弱みとして握ったらしく、ゴドウィン候がホクホク顔に成ってる。
「姫様の味方も、随分増やせましたぞ」
その味方、下僕ってルビが見え隠れしてるんだが?
まぁ、今後のエリスの活動がしやすくなるんだと思えば、良い事だよな。
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戴冠式の当日は、俺もオファニムを着込んで、貴賓として列に並ぶ事になっている。式の最中は流石に犬達は中に入れないし、イブも、その後のパーティーくらいにしか参列できない訳だが……
荘厳な教会の大聖堂の中は、参列者が静かに着席している。国中の貴族や代理人だ。当主や、その後継者が参列しているのであれば恭順の意を取っているらしいのだが、それ以外の代理だと、物申したいと言う無言の抗議であるらしい。なんだそりゃ。
青を基調とした壁には、銀細工で意匠が施されていて、色とりどりのステンドグラスが静謐さの中にも彩を加えていた。
大聖堂正面には、この教会の主神だろうか? 放射線状に光を表しているだろう背負いものをした髭を蓄えた男神の像。
今日はこの間の奇妙な違和感を感じんな。気のせいだったってこたぁねぇハズなんだがな。俺とイブ、聖武器の二人も感じてたんだからよ。
チラリと周囲を窺う。場内のあちらこちらを騎士達が固めている、外も同じ様に固めていると聞いている。これなら万全の警備体制に成っている……ハズだ。
いくら邪竜を倒した“英雄”だと言っても、流石に警備の全ての詳細までは知らされていない。
戴冠式は、“神の名の下に”正統なる後継者であると認められる為、教会が王冠をエリスに授けるパフォーマンスは、形式上とは言え必要なファクターだからな。
……神ってどこの神でも良いんじゃろか? 今居る光の神の教会ってのは、この国最大の教会だって事で使ってるって話だからな。そもそも魔人族の祖は、邪神から【加護】を貰って、その後改教した子孫て話なんだが、その時に認めてくれたって神様じゃなくて良いんかって気がするんだが? 改教した後だから、“邪”じゃない神から認められれば細かい事はどうでも良いんじゃろか?
まぁ、これも、教会同士の力関係とか色々あるんだろうがね。生臭いよなぁ。
どうにも不安が拭えんせいで、妙な事ばかりが脳裏に過る。
今、目の前ではエリスが大司教の前で頭を下げ、大司教が自分とこの神様がどんだけ偉いんかって事を朗々と語っている最中だ。
ここには、この国の貴族たちが勢ぞろいしてる。それはもう、元からエリスの派閥だった者達も、王様ん所の派閥だった貴族も、王弟に与していたやつらも。
そして来ているのは、この国の貴族だけじゃ、もちろんない。
周辺諸国の王家の代理も出席してる訳だ。
こんな中で騒ぎが起きたら、当然問題になるだろうし、俺なら、このタイミングで行動を起こすんだがな。
いや、それは俺が考える事じゃ無いやね。この国の者が考えんといけん事だったわ。
軽く頭を振り、エリスの方を見る。大司教が何かロッドを振っている。錫杖と言うんだったか? 儀式で使う為か細やかな装飾がついた。やけにギラギラとした物だ。
……違和感があるって程じゃない。なんだ? 何かが……
エリスが立ち上がり、大司教の側まで歩みを進める。二人と周囲の者達との距離はそれなりに在り、まるでぽっかりと穴が開いてる様な感じだ。
キシリ……奇妙な音が響く。不意に先日の様な空気感を感じた。
それとは別に、頭の中で、奇妙な既視感を覚えた。大司教の張付いた笑み。唐突に、遺跡の“扉”を守る像と、主神の像とが重なる。
聖武器はこの国で発見されたと言っていた。遺跡からだ。
この国にダンジョンが一つだけって事は無い。今回、偶々、坑道の奥で繋がった為に発見されたが、そもそもこの国には他にもダンジョンは有る筈なんだ。
この国が、遺跡群の上に立って居るんだとしたら、相当数のダンジョンが出て居ておかしかない。
その中には、自領で発見されたにも係わらず、国に報告せずに、そこの貴族がそのまま所有しているダンジョンだって当然あるはずだ。
“扉”の向こう側もそうだが、あのガーディアンにしたって、相当なお宝になる。
そしてダンジョンにお宝なんて事は、坑夫だって知ってた事だ。
そして、発見し黙秘している連中が貴族だけって事はないだろう。
ダンジョンを維持できるだけの資本を持つ輩ならだれでも、だ。
大司教の顔は、今は陰に成って見えない。神像が、一歩を踏み出した。
動く? 神像が?
そもそもガープは、どうやって【加護】を得て魔族に成った? 唐突に邪神から神託でも来たって言うのか?
神像が両手を胸の前に差し出し、そこに黒い点が浮ぶ。
本来なら血肉を喰らわない邪神に、ガープが血の贄を捧げようとしたのは何故だ?
点が広がり、空間に、黒い穴ができる。神像は、それを振りかぶり……
ちょっ!! あれアレ投げられるんか!?
騎士団は動き出した。だが……
「届かんよ!! 何故このタイミングまで持ったと思ってる!!!!」
豹変した大司教が狂気じみた声を上げる。
俺の位置は、騎士団よりも更に遠い。どうする? 音速では移動できない。衝撃波が起こる。
そもそも、あれ以来、音速は超えられていない。
だからどうした!!
そんな事、指を咥えて見てる理由には成らない!!
俺は、ギリギリ周囲に被害の及ばないスピードで走る。
「遅い!! 全ては遅いのだ!! 王族を贄に!! 我等が神の復活を!!!!」
エリスが、目を剥いて穴を見つめる。反応ができていない!!
空気が重い。まるで悪夢の中の様に、手足がユックリとしか動かない!!
周囲の騎士達は、届かない。大司教の高笑いが響く。
あと一歩、あと一歩が遠い!!
「オファニム!! 搭乗口解放!!!! 俺を打ち出す!!!!」
俺の言葉に黒鎧が展開する、内部で纏っていた魔力装甲を外装状態まで戻し、高速で循環させる。
ギュルギュルと外装が唸る。ピッチングマシーンの原理ってのを知ってるか? 回転するホイールによって、球を打ち出すんだぜ? 高速で循環する外装と、俺を切り離す。吹き飛ばされる様に、赤い子供が打ち出された。
“扉”の空間口が偉い勢いで迫る中、俺は身体能力向上を切る。そのままじゃ、エリスが怪我しちまうからな。
異音に気が付いたのか、エリスが振り向く。
そこに居るのは真っ白な子供。
「トール……!!」
手を伸ばした先のエリスの、唖然とした泣きそうな顔。
“扉”が、迫る。
手が……届……
……
俺はニヤリと笑う。
良かった。間に合った。




