窮鼠、追い詰められたネズミは
「この国からは手を引こう」
「何故だ?」
いや、分かっちゃいるんだが。全てがオドを得る為、自身を満足させる為だって言うなら、バフォメットの目的は叶っている事になる。
まぁ俺が目的と成ったのだ。
だが、コイツはともかくとして、ゴモリーは……飽きたんだったか。そうか。そうだったな。
つまりこの二人には、この国に執着する理由はないのか。
てか、飯を喰らうってだけで、こんな騒ぎが起こるんか。なんちゅう迷惑な種族だ。
種族と言ってよいかも分からんが。
それはともかく、つまり残りはガープだけって事だな。
アイツの言う“血の供物”ってのはどう言う事だ? いや、そもそも邪神にはそう言ったものが必要なのか?
そういえば、アレ、どこ行った? 最初に吹っ飛ばして以降見てないが。
………………
いねぇ!! マジか!? あんにゃろう、逃げ出してやがる!!
******
バフォメット及びゴモリーとは『これ以上この国にちょっかいかけない』って事で手打ちにした。
正直、コイツラを放置するのもどうかと思ったが、バフォメットはまだ倒せるイメージが湧かないし、ゴモリーは……ぶっちゃけ相手をしたくない。
ただ、それ以上にガープのヤツをそのままにしておく方が不味いと判断したからだ。
「じゃあ、人よけの結界を解くわよぉ」
美女モードのゴモリーがそう言った。流石に怪人体でウロウロする訳には行かなかった様だな。
「正直、アンタが結界術を使えるとは思わなかったわ」
「フフン! ゴモリー、結構得意なのよ」
ただの色ボケ魔族じゃなかったって事か。
「見られたくない人とかは、完全隔離するけど、こっちからだけ見える結界にしたり、見えてても気にならなくなる結界にしたり……」
「よし、黙れ」
色ボケで十分だったわ。
そんな風に思っていると、ゴモリーが欲情の籠った視線でこちらを見、ブルリと身を震わせる。
「?」
意味不明な行動に首を傾げていると、バフォメットが耳元でささやいて来た。
「ヤツの喰らうオドは性愛に関する感情だと言っただろう? あの阿婆擦れ、ライバル、トールの性的な話題に対する“嫌悪感”を啜っておるのだ」
無駄美声に背中がゾワリとし、その話の内容に、嫌悪感で背筋が寒くなる。てか、俺のオド、つまみ食いされてたんか!!
「何それ怖い」
え? 何、オドってこんなに何の違和感もなく奪われる物なんか? こんなの抵抗できねぇじゃん。
見ると、ファティマにすごい勢いで追い払われてるバフォメットが、「心配するな」と言葉を続けた。
「吾輩のライバル、トール程『心の力』の強い者であれば、体外に出ているオドの量は相当な物に成る。その余剰分だけでもあの阿婆擦れにとっては満足できる量なのだろう」
ファティマの猛攻を避けながら、良く舌も噛まずに喋れるな。
てか、そう言うものなのか? って事は、バフォメットは俺との戦闘中にオドを吸収できてたって事だよな……いや、戦闘しながらエネルギーの回復してるて……この戦闘狂のタフネスの秘密の一端を見た様な気がする。
いやいや、本当に、コイツ倒すのってどうすりゃできるんだ?
とりあえずすり寄って来たミカとバラキをもふって心に平穏を戻す。
……それだけだと、ゴモリーの謎行動に説明になってないんだが? 説明を促す様にバフォメットに視線を送る。
「ああ、その阿婆擦れなりの好意の表し方だ。何しろソイツは、好感情すべてが性欲に全振りだからな」
なんじゃそりゃ!!!!
つまりゴモリーは、相手を好ましく思えば思うほど、欲情するって事か? 何そのはた迷惑な仕様。
俺は体をくねらせるゴモリーから若干距離を取る。
するとゴモリーはちょっと人に見せたら問題になりそうな表情で仰け反ると、そのまま床に倒れびくびくと体を震わせ始めた。
ああ、俺の色魔に対する“嫌悪感”を喰らいやがったんだなって、それ所じゃねぇ!! 俺は、大慌てでイブの覆い被さると、その目と耳を塞ぐ。
え? オドを喰らうってのは、そのままエネルギーの摂取って事じゃねぇのか? それだと、この駄魔族の反応が可笑しいんだが? もしかして、それ以外にも別に意味があるのか!?
「オドは、そんのままっ!! 吾~輩等のっ、身体を構成する要っ素、でもあるからなっ!! 特に、吾輩のライバルっトオオォォォォルのオドはっ純粋で質が良く、濃ゆい!! つ、ま、り、はっ、その阿婆擦れは今っ、強っ引にっ美味な料おおおぉぉぉ理を詰め込まれっ、その旨さが!! 体中を蹂躙する事での幸~福がっ、全身を駆け巡っている状っ態っなのだっ!!!!!! それはっ、得~も言われぬ充足感を与えっ、それをもたらした、ライッバルッ、トオオオオォォォォォルに対する好~意はっ天っ元っを突破しっ……」
「じゃっかぁしい!!!!」
鬱陶しい上にどうでも良い!! ご託は良いから、結界解除、はよ!
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結界が解かれ、その異変はすぐに伝わって来た。
怒声に悲鳴。破壊音と高笑いの声。
十中八九、ガープ絡みだろう。その騒ぎの中心に近づくにつれ、血の匂いが濃くなって行く。
幸いと言って良いかは分からんが、兵士の死体らしきものは見当たらず、つまりそれは、重症者は居れども死者はいないと言う事でもある。
後ろから来てるであろうイブに、あまり凄惨な場面を見せずに済む事に安堵しながら、俺は先を急いだ。いや、貧民街じゃ、色々とひどい感じの死骸とかもあったけどさ、見なくて済む物は見せたくないじゃん。
今、俺に追従しているのはラファを抜かした犬達とファティマ。いや、コイツ等くらいしか俺のスピードについて来れないからな。魔族共は、一緒にこられたら説明とか面倒だったから、同行は拒否させてもらった。
バフォメットに「だが断る」とか言われたが、そこは再戦の約束をして引いて貰った訳だが……アイツ、その約束をさせる為だけに駄々こねたんだよな? 元々同行する気なんざ、有りはしなかったにも係わらず。しなくて良い約束させられたわ! ちくせう。
ゴモリー? 余韻で転がってたから放置して来た。バフォメットに「来させるなよ」と釘を刺して。
そうこうしてる内に騒ぎの中心と思われる広場に着く。
そこには、残りの聖武器を手にしたエリス達が、予想通りガープと対峙している姿があった。




