第02話「ポッチ、ぼっしゅ!」
------------------------------------------------------------
【注意書き】
この文章は「小説家になろう」サイトに投稿した文章です。それ以外のサイトで掲載されていた場合は無断転載の可能性がありますので、通報をお願いします。また著作権は「屑屋 浪」にあります。ご協力、よろしくお願いします。
------------------------------------------------------------
【本文】
その日、勇者一行は森の中で野営することにした。
平らで開けた場所を見つけると、従者は木の枝を集めて火を起こす準備を始め、聖騎士は水を汲みに川へ向かう。
魔術師はその間に安全を確認するために周囲を歩き、特に問題が無いので戻ってきたのだが、奇妙な光景が目に入り、従者に疑問形で声をかけた。
「従者くん、勇者ちゃんがあなたに連続アタックしてるように見えるのだけど大丈夫?」
そこには二頭身でオムツ姿のプニプニの勇者が、ほっぺたをプーと膨らまし、口をギュッと結んだムーッという表情で、荷物整理している従者の背中に向かってパンチパンチとしているのだ。
しかし従者は乾いた笑いで答えた。
「ダメージ0なんで、気にしないでください」
勇者のプニプニの手では攻撃してもダメージが無いのだということに妙に納得した魔術師は、今度は勇者に声をかける。
「どうしたの?ご機嫌斜めだねー」
すると勇者は魔術師に抱きついて訴えた。
「じゅー、いじわる!」
「従者くんに意地悪されたの?」
そう尋ねると、プンプンしながら肯定の「うん」と鼻息の荒い時に出る「フンッ」が混じったような返事をした。
「あ、魔術師さんに甘えても無駄ですよ。勇者様がお約束を破ったからでしょう?」
従者がそう反論すると「ないっ(知らない)」と言って、小さな足をパタパタさせて地団駄を踏んだ。
その様子を少し困りながらも笑顔で見ていた魔術師に、勇者は一生懸命に話かけてくる。
「あんね、ポッチ、ぼっしゅ!」
「ポッチがぼっしゅ?」
勇者の言葉をなんとか聞き取って繰り返えしたが、 魔術師には全く何を意味しているのか分らなかった。片言の言葉もこの旅で多少は理解できるようになったものの、まだほんの一部なのである。
「従者くん、どういう意味?」
仕方がないので魔術師は従者に助けを求めた。
「それは、ポーチが没収されたって言いたいんですよ」
従者が通訳する。
「そうなの?」
魔術師がそう聞くと、従者は近くの木を指し示す。その先には、勇者がいつも身につけている可愛らしい肩掛けの物入れが、木の枝に引っ掛けてあった。枝は大した高さではないが、勇者には届かないのだ。
ポーチが没収された経緯を聞くと、食事前にお菓子は食べない約束なのだが、先程、勇者がポーチの中からお菓子を取り出して食べ始めてしまい、どうしてもという感じだったので1個だけ許したのだが、その後も食べるのを止めないので、仕方なく没収したのだという。
「ポッチ、とって」
状況が理解できたところで、魔術師はどうしたものかと考えていると、そう言って勇者が服を引っ張ってきた。その反動でポケットに入れていた大きなドングリが転がり落ちる。歩いていた時に見つけて勇者に渡そうと拾ってきたのを忘れていたのだ。
そのドングリが転がるのを見て、勇者は目をキラキラさせて手に取り、こんなに素敵なものがあったよ、とでも言いたげに見せにきたので、魔術師はますます顔がほころんでしまった。
勇者はそのままドングリを転がして遊びだし、ポーチのことは忘れたようなので、従者と魔術師はとりあえず胸を撫で下ろした。とはいえ、ポーチも返してあげたいと思った魔術師は、食事前にお菓子を食べさせたくない従者の気持ちも分かるので妥協案はないかと考えを巡らせる。
ポーチを観察すると、大人の手のひら程の大きさしかない。あんなに小さな入れ物ならお菓子も3、4個しか入らないから、食事への影響は小さいと思うが、どうしてもというのなら、中のお菓子を全部出してしまえば良いのではないだろうか。そう考え、従者に提案した。
しかし、それを聞いた従者の顔は曇り「それが…」と言い淀んだ後、苦渋の表情で吐露する。
「勇者様のポーチにはアイテムが9999個入るんです!」
その数字に魔術師は驚いた。魔法のかかった荷物入れには、見た目以上に収納できるものがあるが、それでも100から200なのだ。
「なんでそんなに入るの?」
「勇者仕様だからです」
従者の言葉に、そういえばと魔術師は思い出す。旅をしていて、お菓子など手に入らない場所が多かったにも関わらず、いつも勇者はお菓子を食べていたのだ。てっきり従者が備蓄しているのだと思っていたが、前に従者の荷物の中身を見たときにお菓子はほとんど入っていなかったので不思議だったのである。
小さな疑問が解けてスッキリした魔術師だったが、それにしても、それだけアイテムが入るのならもっと有効な使い方があるのではないかと気付いた。
「勇者ちゃんのポーチに、冒険で必要なアイテムを入れておけば、色々と助けになるんじゃないかな?」
だが、その言葉に従者は力なく首を振る。
「俺もそう思って試した事があるんですが、アイテムを取り出すのは勇者様にしかできなくて、いざという時に全く役に立たなかったんです」
「どうして?」
「勇者様にお願いしても、お菓子しか出してくれないんです」
それを聞いて魔術師は従者に同情した。出して欲しいのは回復薬や魔法アイテムでも、勇者にとって必要なのはお菓子やオモチャなのだろう。
「おかげで全滅しそうになったこともあるんですよ」
そう溜息をついて従者は続ける。その時に入れたダンジョンの全ての道を照らす光星石や、どんな火炎からも守ってくれる赤龍の鱗など、貴重なアイテムが入ったままになっており、宝の持ち腐れなのだという。
さらに従者の話は続く。
「勇者様がお菓子と間違ってアイテムを取り出した事があったんですが、その後どうしたと思います?『ない(要らない) 』 って言って捨てちゃったんですよ!ポイッて!」
「えっ!?」
「その時はもちろん拾いましたけど、危うく賢者の石がその辺の道端に転がってるところだったんです!他のアイテムもきっと知らないうちに何個か捨てられてますよ…」
それは勿体無いと魔術師は思い、そして勇者のポーチに冒険用のアイテムを入れるのは諦めた方が良さそうだと結論した。
そうこうしているうちに聖騎士から夕食ができたと声がかかった。皆で焚火を囲み、食事が始まると、勇者はスープやパンをモグモグと美味しそうに食べだした。
勇者はいつものように完食することができ、夕食後にポーチを返してもらった。そして魔術師からもらったドングリは大切にポーチの中にしまわれたのである。