78 説得
結局ガクトはランチビュッフェ形態の朝食をある程度楽しんだ。
やはり、料理の味はおいしいので思わず少し食べ過ぎてしまった。それ以外にもケテルネスとの2人きりの緊張心を少しでも和らげるために食事で気持ちを無意識にごまかしていたのかも知れない。
目の前には腹が少し膨れて大満足な面持ちでいる神がいる。それはそうだ、1人であの山のように装った量の料理を目の前で5杯も平らげているのだから。
「はぁ~~食った食った、うちのメイドはまた腕を上げたな~~満足じゃ満足じゃ~~」
この時だけガクトは本当に私生活はおっさんみたいだなった思った。
「ケテルネス」
「さまがついてない」
「ケテルネス……様、そろそろ話を」
「ああ……そうだな……まぁ……簡単に言うと、シグムンドって家名を持つ奴がいたから一体どこから生まれたのか聞きたかっただけだ。けどまさか、貰った物だとは。しかも渡した奴も奴だからなぁ……」
「俺たちの家名は特殊なのか?」
「まぁ……あーしら神にとっちゃ特殊だ。そして、この家名をお前にやるくらいだから相当リベアムールが認めたに違いない。お前、一体何したんだよ?」
「俺は何もしていない、うちのリーダーがリベアムールと戦ったんだ」
「はぁあ!? リベアムールと!? 勝てるはず無いだろ!?」
「スピードは互角までいったがやはり力と経験の差で負けてしまったんだ。でも、あいつのおかげで力を認められて俺たちも一緒に家名を貰ったんだ」
「だから、あのガキあーしに挑んでくる度胸があったのか……あの女子供の名前はケルトっていうのか?」
「そうだ。一応リーダーだ(中身が男だなんて言えないな)」
「ケルト=シグムンド……ん?あのガキの顔……」
ケテルネスは少し顎に手を置いて何かを考え始めた。数分間後ろの窓から向こうの山を見ながら何かを考えている。数分の間、ケテルネスは考えっぱなしで部屋には静寂が広がっている。
何をそんなに考えることがあるのか俺は気になっていた。ケテルネスと話している間は待っている方が長い。
そして……とうとう俺は意を決して聞いてみることにした。
「ケテルネス……様、そんなに考えているが俺たちの家名、シグムンドに何かあるのか?」
「うっさい……お前には関係ない事だ」
自分からは口を割らないか……なら、あの話を持ち出すしかない。
「考えてることは、もしかしてあんたの大切な人と関係があるのか?」
それを言った途端、勢いよく振り返る。
「お前!! なぜそれを!?」
「やっぱりそうか、教えてくれ!! あんたの大事な人の事、この家名の事! あんたの事を!!」
「お前には……関係ない!!」
「あんたは元は優しかったんだろ? 民からも愛されてたんだろ? でも今じゃ恐れられてしまった……それを立て直すことができなくなって絶対神政とか背伸びしてしまったんだろ!? それは大切な人に何かあったから……」
「うるせぇえええええ!!!!!!!」
ケテルネスは癇癪を起こして、目の前のテーブルに向けて拳を振り下ろす。勢い良く叩きつけられたテーブルは真っ二つに割れ、割れた場所から溶岩が生み出され、垂れた溶岩がテーブルを溶かす。
「ケテルネス……」
「さまをつけろボケェ!!!!!」
「ケテルネス様!! お願いだ、教えてくれ!! 何があったのか!! 頼む!!」
そう言って、ガクトは深々と頭を下げた。
無理だと思っても、例えここで殺されたとしても、何故か聞かなくてはならないと言う衝動と好奇心が恐怖よりも勝ってしまっていたのである。
(これでダメなら俺はここで殺される)
そう心の中で思うほど背中から脂汗が流れてくる。
かつかつとハイヒールを鳴らしながらこちらに近づいてくる。しかし、ガクトは頭を上げはしなかった。そしてケテルネスはガクトの頭に手を乗せた。
(死ぬのか……)
そう一瞬思った。しかし次に発せられた言葉は意外なものだった。
「シグムンドとは、私の大切な者の家名だ」
「え?」
「顔を上げろ」
恐る恐る顔をあげるとそこには笑顔を見せたケテルネスがいた。
「ふふふ……あはははははははは!!!! この世界にまだ、あーしを恐れない馬鹿な人間がいたとは面白すぎる!! あーーはははははははは!!!!!!」
突然溢れんばかりの笑顔で大笑いし始める。作り笑いではない純粋な笑顔である事は表情で分かる。
いきなり笑い出したケテルネスを前にガクトは困惑していた。
「はははっ……はぁーー笑った、久しぶりに腹抱えて笑ったよ。この世の人間にも恐れ知らずはいたもんだ! 良いだろう、お前には特別に色々教えておいてやる。特別だぞ?」
ケテルネスはガクトの顔を下から覗き込むように近づく。顔が近くて思わず顔を背けてしまった。
そしてケテルネスが椅子に座ると手を鳴らした。
「マローン? テーブル壊したから新しいの持ってきてーー!!」
すると、入口のドアが開くといつものメイドがため息をつきながら入ってくる。
「ケテルネス様また壊したんですか……1週間で7個は壊してますよ、物は大切に扱ってください!!」
「いやーーすまんすまん、かっとなってつい手が出ちゃうんだよーー」
「もう!! ガクト様、お怪我の方はされてませんか?」
「ああ、俺は大丈夫」
「それならよかったです。ただいま新しいテーブルを用意しますので」
そう言うとメイドは両手を前に出し、何か呪文をつぶやくと手が青く光りだす。
≪詠唱:【物体転送】≫
目の前に青い六芒星の印が浮かび上がるとそこからさっき使っていたのと似たテーブルが湧き出てきた。
そして、物がしっかり印から出たのを確認するとメイドの手から光が消えて、六芒星の光も同時に消える。
「ふぅ……倉庫にあるストックもそろそろなくなってきました。木製じゃなくて次から鉄製にしてほしいって家具屋さんに頼みましょう……」
メイドは俺にペコっと一礼するとお茶を入れると言って部屋から出て行ってしまった。
「さて、話を始めるか」
ガクトはごくりと唾を飲んで椅子に座った。
 





