75 3日前の出来事
あれから来客用の二部屋に案内してもらった。組みわけはアミュラとガクト、そして俺の3人とそれ以外の4人で部屋を分かれた。
メイドから話を聞くとどうやらあと1時間ほどで夕食が出来上がるらしい。メイドが一礼をしてドアを閉めて出ていく。
部屋の中は大人数の来客用に作られた部屋なのか複数のベッドが並んでおり、清潔感が保たれていた広い部屋だった。目線の先には大きな窓がついており、そこから外の様子が確認することができる。
俺がその窓に歩み寄り、窓の外を見る。今までは移動で外など気にしてなどいなかったが外はすっかり日がもう沈みかけていた。もう、こんなに時間が経っていたなんて思いもしなかった。今まで、戦いやらなんやら色々あったせいで全く時間の事など気にしてなかったものだから時間の流れに気がつくと急に身体に疲れが広がって来る感じがしてくる。
窓の近くのベッドに腰をかける。身体が大分楽になる。白く、ふかふかな毛布が俺の全体重を受け止めてくれている。此処の所地べたに座ったり、寝ていたりしていた所為かいつもよりも暖かさを感じる事ができた。
ふと、隣のベッドを見る。隣のベッドはガクトが腰をかけていた。ガクトの目線の先には疲れとベッドの心地よさからすやすやと寝息を立てて寝ているアミュラがいた。
「この部屋に来て、横になった途端すぐ寝始めたんだ」
「相当疲れてたんでしょうね、まあ無理もないよ。色んな人から追われて、殺されかけて、友達も失いかけて……この子は本当に辛い経験を重ねてきたし、その身体をボロボロのところで寝てたんだから……」
「でも、それもすべて乗り越えられた。この子は強い子だよ」
「そうだね」
すやすやと眠るアミュラの可愛らしい寝顔を見て思わず俺は頭を撫でる。気持ちよさそうな顔をして寝言囁く。
「ノイ……みんなぁ……」
「あはは、寝言言ってる」
「……ガクトぉ……ケルトぉ……ありが……とう……むにゃむにゃ……」
「……なあ、ケルト」
「ん? どうしたの?」
「……こんなこと改めて言うの気持ち悪いかもしれないけど、俺……この子の事、守れてよかった」
「……うん、私もそう思う」
「俺、初めてこの世界に来たときはさこんな力があればゲームの主人公気取りみたいな事ができるなって思ってたんだけど実際は人を助けることがどんなに大変でこんなにも清々しい気持ちになるんだって思うことができた。前の俺たちが住んでた世界ではただゲームして勉強してのうのうと人生を歩んで、仕事なんて、人を助けることなんて別にどうでもいいとかも思ってたけどこの世界に来て考えさせられたよ」
「前の世界……」
前の世界の事はあまり考えたくはなかった。ここに来てから少し忘れかけていたがここに来る前の事を考えるとなぜか心が痛くなるような窮屈な感じがした。まるで身体が生前の事に対して拒否反応を起こしているようなそんな気がしてならない。だから、すぐに前の世界の事を思い出すよりも先に話を続ける。
「ねぇ? ガクトは前の自分と今の自分、どっちが生き生きしてると思う?」
「……どうしてそんなことを聞くんだ?」
「え? いや……それは……」
俺もなんでそんなことを聞いたのか分からない。でも、自然と聞いてみたくなったのだ。俺は前の世界で仲間のみんなを知っている。だからこそ、今と前、どっちで自分らしく個性を出す事ができているのか気になった。
「……まぁ、俺は今の方が楽しいかもしれない。でも、俺の中身は前と変わらない。だから、環境は変わったが俺と言うものは変わってない。だから前と同じさ」
「……そう」
その言葉を耳にしたとき、ほっとした自分ではなくどこか悲しくなった自分がいたのかもしれない。なぜか俺は心でがっかりしてしまったのかもしれない。
変わってない……その言葉が俺に無意識に突き刺さっていた。そこから、少しの間言葉が出なかった。
女に変わったとしても……もしかしたら……自分も……
「ふっ……まぁこの世界に来て1番驚いたのはお前が女になった事かな」
「……」
「ケルト、どうした?」
この心が悟られてはいけないと思い俺は顔を上げ、ガクトに笑顔を見せる。
「あっ!? ううん! 何でもない! そっか、ガクトは変わってない……そうだね!! 良いことだ良いことだ!! やっぱり俺が女はびっくりだよなぁ〜〜最近は女の子口調にも慣れてきたなぁ〜〜あはは~~」
「まぁ……いいか」
「あ、そうだ一つ気になってたことがあるんだけど」
「ん?」
「ガクトと私たちが別れてからさあの後、どうなったの? あれから何か色々あったんじゃないの?」
「あーー色々あった」
「教えてよ」
「……お前らが出て行ってからの事だ」
それは3日前のあの日に遡る。
ケルト達がアミュラを救出し、ガクトを残してこの城から出てからの話だ。
ケルト達が出て行った入口に立つガクトとそれに対面しているケテルネス、両者鋭い眼差しでお互い睨み合う。
「さて、今度は俺が神と相まみえようじゃないか」
ガクトは腕を暗く変色させ、肉体を肥大化させ、体に背負った巨大なオノを軽々と片手で持ち上げ、構えをとる。
どこから、どんな攻撃が来ても良いように全神経を研ぎ澄ませていた。ケテルネスが一体どんな行動をするのか皆目見当もつかない状況なので体が緊張している。
相手はあの破壊神だ、勿論相手の耐性を見るからにガクトとの相性は悪すぎる。負けるかもしれない、殺されるかもしれない……だけどやらなくてはならない。そんな思いが恐怖よりも先に一歩出ていたのだ。
さぁ……どこからでもかかってこい……
「はぁぁぁぁ……やめだわ……」
ケテルネスは大きなため息を吐くと後ろを向いて、玉座まで歩いて徐ろに座る。
「みなのものーー神子が持ち出されたから今日は元の持ち場に戻れーー」
そうやる気のないような口調で部屋全体に声をかけ、手を2回叩くと兵士たちが呆れた様子でため息を吐きながら持ち場に戻って行く。
ぞろぞろと人が居なくなっていき、ガクトは状況が飲み込まないでいた。
「はぁ……マローン? いつもの頂戴ーー」
すると後ろからメイドがトレイに1杯の飲み物を持ってくるとそれをケテルネスの横にある小テーブルに置く。
「……少ないわよ」
「今日はもう1杯飲んでます。ですから今回は特別に少ない量でもう1杯差し上げます」
「ねぇーー!! 良いじゃないの!! あーしさっき働いたじゃない!! じゃじゃ馬共を追い払ったじゃない!!」
「だーめーです」
すると俺の横を軽い足運びで通り、この部屋から出て行った。とりあえず、俺は斧を背中につけ直して腕も元に戻す。
……しかし、どうして良いか分からなかった。
「ケテルネス」
「……ん? まだいたの?」
「えっと……これはどういう事だ?」
「お前の仲間が神子を持って行ってしまったから戦う必要がなくなったからもうやめただけの事。はぁ……せっかく良い事思いついたのに……」
「俺を馬鹿にしてるのか?」
「は? 何言ってる? 考えてみろ? お前が私と戦って勝てるとでも思っているのか? せっかく戦わないし捕まえもしないんだから、そう考えたらお前にとってもラッキーだろ?」
その時、ガクトにとって相手にもされない態度を取られた事で例え相手が神だとしても悔しかった。
「ふざけるなよ……」
「あん? もしかして、まだ戦うことを続けるのか? このあーしと? ははは、やめときな。あーしが疲れてる間はめんどくさい事はしねぇ。あーしが見過ごしてやる間の今のうちに帰れ」
「帰れるかよ!! 俺は命を張ってあいつらを逃したんだ!! のこのこと帰れるか!!」
そう言って、ガクトは即座に右腕を変色させて斧を持ちケテルネスに向けて振り下ろす。
斧の刃はケテルネスに当たった……と思われたが、ケテルネスはその斧の刃を片手で掴み受け止めていた。
「へぇ……それでも尚、神に楯突くってか……面白れぇ」
「くっ!? やっぱり駄目か……」
「お前、名前は?」
「ガクト=シグムントだ……」
「シグムント? まさか……」
ケテルネスはそのガクトの名を聞いてから少し考えるとニッと白い歯を見せて笑う。
「なるほど。気に入った」
ケテルネスは掴んでいた手に力を込めるとガクトごと斧を掴み上げ、地面に叩きつけた。地面にひびが入ってガクトがめり込む。
叩きつけられた衝撃の威力により、ガクトは気絶してしまった。
「マロン!! カロン!! こいつを手当てして部屋に寝かせてやれ」
そう言うとメイドが2人現れ、ガクトを担いで部屋を出て行った。
「ガクト……面白れぇじゃん」
そう言いながら、手元のオレンジュースをグイッと飲み干した。
 





