60 黒い甲冑の下で
時刻は昼から夕方へと移り変わり、空は澄んだ青から夜へと移り変わる黄昏へと変わっていた。魔物たちは巣へと帰り、村の人々も仕事の時間を終えて各々の家へと帰る時間となっていた。ノイはファフネリオンを村へと招き入れる。田畑で働いていた者は道具を小屋へと置き、仕事を納め、村の小さな商店も看板には『closed』の札が架けられていた。
そんな静かになっていく街に少年と場違いな黒い甲冑が2人、いつもの帰路を歩いている。
「ファフネリオンさん、もう少しで着きますから。僕の家はこっちです」
「ああ……」
ノイが後ろからついてくるファフネリオンを見ながら道案内をしている。ファフネリオンはそんなノイのことなど見向きもせず顔を左右交互に向け、周りを見渡している。この街の様子を観察してるようだった。しかし、ノイはそんなことを気にせず、そのまま自分の家へと道案内を進めた。
そして、しばらくすると家々の間にある素朴な木造造りの1階建ての一軒家の前で立ち止まる。
「ここが僕の家! ただいま!」
ノイがその家の中に入っていく。ファフネリオンもそれに続いて部屋の中に入っていく。
しかし、家の中には誰もおらず留守の状態だった。
「母ちゃんまだ帰ってきて無いのかーー、ファフネリオンさんそこに座ってて下さい」
ノイはそう言いながら部屋のランプに火を灯しながらダイニングの椅子に座ることを促す。ファフネリオンはそれに従い木製の庶民的な椅子に座る。
家の中は特に目立った物はなく、土製の竈のあるキッチンと四角い大テーブルがあるダイニング、開いたスペースは本棚などがある家族共通のリビングがある何の変哲もない普通の暮らしである。
「母親は仕事か?」
「うん、母ちゃん、父ちゃんが事故で死んでお店のお手伝いしに1人で働いてるんだ。多分まだ仕事が残ってるから遅いのかも」
話しながら、ノイはファフネリオンの目の前の席に座った。
「そうか」
ファフネリオンはそう一言だけ言うと口をつぐむ。ノイとファフネリオンだけがいるこの空間で静寂の時間だけが流れていく。先に口を開いたのはノイだった。
「ねぇ、ファフネリオンさん」
「ファフネリオンで良い」
「あ、うん。ファフネリオンはどうしてアミュラを守ろうって思ったの?」
「どうした? 何か疑問でもあるのか?」
「だって、僕以外みんなアミュラのことを悪者扱いしてたからどうしてなんだろうって」
「じゃあ逆に聞こう。君はどうしてアミュラを守りたいんだ?」
「僕? それは……アミュラは家族だったから……」
「家族?」
質問に急に質問で返されて、一瞬驚くも、返答も一瞬だった。まるで息を吐いたかのように。
ノイの視線が少し落ちる。
「うん、アミュラは元々マダンに住んでたんだ。でも、マダンが無くなっちゃって行く当てもないアミュラを最初に引き取ったのはこの町のみんなだった。アミュラが来てからの生活は楽しかったよ。アミュラは僕の話に食いつくように聞いてくれて、色んな事に興味を示してくれたり、母ちゃんの手伝いとか料理とかしてくれて母ちゃんも喜んでた。でも、村人の1人がアミュラが竜に餌をやってるところ見ただけで悪者だと叫んだ。それに続いて僕たち以外の全員がアミュラのことを悪く言った。母ちゃんも何も言ってくれはしなかった。そして、処刑の事を聞いて……」
「……そして、君は何をしたんだ?」
「だから……僕は、僕だけはアミュラを守ろうと処刑のことを話して逃がしたんだ。この場所から離れるように……こんな事になるなら……名前……言えば良かった」
そう言って、ノイは深くため息を吐いた。
「君はアミュラに自分の名前を言わなかったのか?」
「だって、恥ずかしかったんだ……僕、女の子の友達とか居なかったし……それに……あいつの顔見るたびに……なんか……ドキドキして……」
ノイの顔は少し頬が赤くなり、身体をもじもじとさせている。
「……恋……か……」
ファフネリオンはどこか寂しそうな声でそう呟いた。
「恋?」
「……なるほど……君の思いは理解した。私はここでお暇する」
ファフネリオンは急に立ち上がると、まっすぐ扉へと向かい、家の外へと出る。
「ファフネリオン!?」
ノイは突然出て行ってしまったファフネリオンを追うように急いで扉を開け、外へと出るがそこにはもう、ファフネリオンの姿はなかった。
「あれ? ファフネリオン……?」
「あら、ノイ。帰ってたの?」
男の姿を家の前でキョロキョロと探しているノイに声をかけてきたのは昼間にノイに向かって怒鳴ったスタイルの良い青髪のポニーテールの女性だった。
「母ちゃん! 近くに黒い鎧を着た人見てない!?」
「黒い鎧を着た人? あんたまた何変なこと言ってるの? そんな人見てないわよ」
「嘘だ!! さっきまで家に居たんだ!!」
「家に? もう……ノイ、お母さん疲れてるんだから変なこと言わないの。さあ、遅くなってすまなかったね。さあ、ご飯作るから手伝って」
そう言うとノイの母親は家の中へと入っていく。ノイも首をかしげながら家に帰る。突然消えた男の事が気になったノイだったが今日あったことを母親に話す事は無かった。
ーーそして場所は変わり、サーティ地方の荒れた土地をさまよう黒い甲冑が1人孤独に歩いている。景色は暗くなり、空は綺麗な星々がこの世界を照らしている。聞こえる音は擦れる金属音と風で飛んでくる砂のぶつかる衝突音だけ。その環境音の中で後ろからバサバサと羽を羽ばたかせる音が聞こえてくる。
「調子はどう?」
「貴様かグレモリア。何しに来た」
やってきたのは蝙蝠のような大きな羽が特徴的である白紫髪の女だった。羽を大きく羽ばたかせながら陸へと着陸し、羽をたたむ。
「仲間がちゃんと仕事してるか監視よ監視。それに……子供とお喋りしてる暇があるようね? それに何で助けたのかしら?」
「貴様には関係ないことだ、ここを任されているのは俺だ、お前に指図される筋合いなど無い」
「まあ、あんたの好きにやっても良いけど……エスデス様の為にやってるって事、忘れないでね」
「ああ……分かっている」
「で? 例の女の子は確保できそう?」
「まあな、俺が動かなくてもあっちから来る可能性が高い」
「あっち?」
「目標を連れてる要注意冒険者達だ」
「あ~~、あのバズールを倒した奴らね。厄介だわ」
「心配ない、目標を確保でき次第城に戻るとエスデス様に伝えてくれ」
「りょうかーい」
女はまた羽を広げ、羽ばたかせると身体が宙に浮く。
「あと、私から一つ警告ね」
「なんだ」
「暴れすぎて、我を失わないようにね。あなた、それで一カ所滅ぼしてるんだから」
「それはどうかな」
「忠告はしたから。じゃあまたね」
女はそう言うとまた空高く飛び上がり、一瞬でこの場から消え去ってしまった。
「ふっ……さて、準備するか」
黒い甲冑の下で静かに鼻で笑うと男もこの暗闇に溶け込むかのように闇へと消えていった。





