SS 騎士崩れ殲滅戦(2)
「ブリュンヒルデ。
この状況で出て行ってもジーナを説得できる気がしないぞ。
完全に気持ちを持っていかれてしまってる」
オレはジーナとニコライの会話を人骨スピーカーを介して聞いていた。
カチカチ歯と歯が触れ合ってうるさいこと以外はクリアな音質で聞きやすい。
「うーん、『イヌ族への略奪者』から『仲間を守るパラディン』へ変えたあのニコライの演出、稀代の劇作家になれそうですわ」
ブリュンヒルデは黒傘を取り出して、大きく開いた。
「私も悪行、悪癖の類いへの理解がないわけではありませんが、子どもを傷つけるなんて……外道の風上にもおけませんわ」
ブリュンヒルデはニコライがイワンを傷つけたことに憤慨していた。
「風上におけないから外道なんだが。
ただ、言いたいことはわかる。
ジーナの目を覚まさせて、ニコライをぶちのめそう」
ブリュンヒルデがオレの手を取った。
「はい、旦那様」
オレの手を取って笑うブリュンヒルデにはどんな木工細工が似合うだろうか。
目じりまで下げた笑顔をオレは見たことがなかった。
「私、イワンの様子を見てくるね」
「ああ、側に居てやってくれ」
人骨スピーカーから二人の話し声が聞こえた。
「あ、ジーナが出て行きましたわ」
「本当か」
オレとブリュンヒルデは岩陰から顔を出して覗いた。
「さて、今のうちにニコライを締めあげるとするか。
ジーナには後で説明しよう」
オレが立ち上がるとブリュンヒルデがオレのフロックコートの裾を掴んだ。
「武器は何を使われるのですか」
「んー、今日は紳士の格好をしているから幸いステッキを持っている。
素手だと間合いの長い槍に対して不安だが、刃がなくても長物さえあれば騎士たちに後れは取らないよ」
オレはステッキを片手に持ちくるくると回転させて見せた。
「私を使ってはいただけませんか」
ブリュンヒルデはステッキを持つ反対側の手を両手でぎゅっと握った。
「ブリュンヒルデを握るとオレ精神がおかしくなっちゃうからなあ」
オレは以前、魔剣ブリュンヒルデからにじみ出る殺意に取り込まれて正常な精神を失ってしまったことがあり、それからはブリュンヒルデを握らない様にしていた。
「……【服従】させてもかまいませんから!
強く握った私を如何様にでも使ってくださいませ!」
ブリュンヒルデは真剣な瞳をオレに向けて離さない。
「【服従】って?」
「あら、ユーリ様ご存じありませんでした?
普段ユーリ様はハガネやお姉さまを装備し、いわば対等な関係で剣を振るっておられます。
それに対して、私がクリームお姉さまと戦った時は女剣士に【憑依】しました。
剣が人を意のままにする【憑依】。
その逆が【服従】でございます」
ブリュンヒルデはオレの手を取り、かしづいた。
「私を【服従】させてくださいませ、ユーリ様」
「いや、でもなあ……」
また、正気を失ってしまうのは困るんだ。
これから連れて帰ろうとしているジーナすら切り刻みかねない。
ブリュンヒルデはジトッとした目をしてオレを見つめた。
「まあ、当代一の剣士様とはいえ、いまだソフィアすら堕とせていないお子様でございますからねえ、ユーリ様は。
二人でおでかけしたのにキスはおろか、手も繋げずに帰って来た意気地なしでございますから」
「お前、覗いていたのか!」
ソフィアと二人で服を買いに行ったのを尾行してやがったのか。
「ユーリ様は女の扱いも武器の扱いも、実はお子様なのではありませんか?
当代一の戦士が聞いてあきれますわね」
「ブリュンヒルデ、おまえいい度胸だな。
女としても武器としてもオレに服従させてやるからな!」
まんまと挑発に乗ったオレはブリュンヒルデの頭をわしづかみにした。
剣型となったブリュンヒルデはオレの手のひらに収まった。
――さあて、私の魅力に抗えますか、ユーリ様。私に身も心も任せていただければベッドの上でも坊やのように可愛がって差し上げますわ
「言ってろ。
お前の殺意ぐらい飲み込んでみせる」
――頑張ってくださいませ、ユーリ様。できれば私もあなたの剣でありたいのですから
柔らかな声でブリュンヒルデはオレに語り掛けた。
その声を聴きながら、オレは両手でグッとブリュンヒルデを握りこんだ。
濁流のように殺意と狂気が押し寄せる。
次第に視界は氷塊を通したように遠くなっていき、血の色と匂いを求めて喉が締め付けられるように乾いていく。
今まで目にした死体達が、起き上がって「コロセ、コロセ」とオレに囁いてくる。
ネコ族の村長、ガガーリン家のグリゴリー、ヨシフ。
「戦士ヲ、若い女ヲ、赤子ヲ切リ刻メ」死体達が代わる代わる起き上がりオレの耳に囁いてくる。
……オレだって殺してやりたかったよ、何もかもを。
「でもな、オレが斬る相手くらいオレが決める。
剣をむけた相手を斬るのが戦士の仕事だ。
オレの仕事に口を出すなあッ!」
オレはブリュンヒルデを握りしめ、死体達の幻影を斬り払った。
すると氷塊は消え失せ視界は戻り、喉の渇きは収まった。
【服従】が完了したのだろう。
「オレの目で見て、オレの手で斬るべきものを斬り払う。
ブリュンヒルデ、お前が導いてくれるんだろう?」
――仰せのままに。ただ、私はモノ言う道具。自ら動きはいたしません。私のすべてを使いこなし、ジーナを村に返して見せてくれるんでしょう? ユーリ様は女に甘くていらっしゃいますからね。
魔剣を握りしめても平然としていられるのは、オレが強くなったからだろうか。
それとも、少しはブリュンヒルデと心を通わせられたからだろうか。
「……行くぞ。ついて来いよ」
――ユーリ様。服従させられた私はたとえ冥府であろうとお供いたしますわ。
心なしか嬉しそうなブリュンヒルデの声を聴きながら、オレはニコライを目指した。
【闇潜り】
ブリュンヒルデの能力はすべてオレの制御下にある。
闇をつたって地面からヌッと現れたオレを見てニコライが叫んだ。
「誰だ!」
オレはブリュンヒルデを握った手でシルクハットを抑え、反対の手でステッキをくるくると回した。
「ハハハ、『誰だ』とはな。
ヴィクトリアの劇作家が喜んで使いそうな幕開けだ。
勧善懲悪、チャンバラ活劇。
ニコライ、それをお前が望むなら御覧入れよう。
『なに、貴様こそ。動くな、名を名乗れ』」
一人の重騎士が血気にはやってオレをランスで突こうとした。
右手のブリュンヒルデでランスを払い、回転させたステッキで兜を思いっきり付いた。
ガァアアアアン。
兜の重さと衝撃で騎士は脳震盪を起こして倒れた。
「動くなって言っただろ。
あと、重騎士は頭部への衝撃に気を付けろって教練でいやほど教わるはずだけどな。
お前、不勉強だぞ。
のびてるやつに言ってもしょうがないけどな」
騎士たちは槍や剣を握りしめ、オレを一斉に取り囲んだ。
「そうそう、正体不明の奴に対しては囲んで様子を見るのが正解だ」
「お前、めかし込んだふざけた貴族だと思ったが……ただモノではないな」
ようやく我に返ったニコライも細剣を抜いて構えた。
「なあに、ただの貴族だよ。
なあ、お前」
オレはブリュンヒルデを空中に放り投げた。
剣型からヒト型に戻ったブリュンヒルデはくるくると黒傘を回しながら優雅に岩肌丸出しの地面へ着地した。
「「な、なんだと?」」
騎士達は剣が人に変わったことに動揺しているようだ。
「ええ、あなた。
我々はティーパーティーを抜け出してきた只の紳士とその貴婦人でございますわ」
ブリュンヒルデは嬉しそうにオレの手を取った。
ニコライはじっとオレとブリュンヒルデを見つめていた。
「剣が人に変わる……お前、ユーリ・ストロガノフか」
騎士たちがどよめき後ずさった。
「そうだと言ったら?」
「ハ、ハハハハハハ!」
ニコライは怯えた目で後ずさりながら騎士たちに号令を飛ばした。
「ユーリを殺せば、獣人たちと手を組む必要などない。
オレたち人の手にロシヤを取り戻せる……殺せ!」
騎士たちが一斉にオレたちに襲い掛かってきた。
「旦那様。
私も少しだけ、遊んでもよろしいですか?」
ブリュンヒルデはドレスの裾を広げて淑女の礼をした。
「ブリュンヒルデ、少しだけ遊んでやれ」
「仰せのままに、旦那様」
ブリュンヒルデはふわりと空中に浮かび、黒傘を放り投げた。
【傘型機関銃[雨あられ]】」
空中に浮かんだ黒傘型の仕込み銃から騎士達へ銃弾が降り注いだ。
「「グギャアアアアアア」」
半数ほどの騎士たちが崩れ落ち、穴の開いたプレートアーマーから血が噴き出していた。
「ち、チクショウ! このクソアマ!」
生き残った騎士の一人がブリュンヒルデに槍で襲い掛かった。
「助けてくださいませ、旦那様!」
ブリュンヒルデは自分でどうにでもできるだろうに嬉しそうな笑顔を浮かべてワザワザオレの助けを呼んだ。
「まったく……」
オレはブリュンヒルデに襲いかかる騎士へ駆け寄り、槍を横から足刀でへし折るとブリュンヒルデの頭をつかみ剣型にして握りしめ、鎧の騎士を斬った。
「ギャアアアア」
鎧がすっぱりと斬り落とされ騎士は断末魔の叫びをあげた。
――フフ、容赦のない剣ですこと
「切れ味が増してる……殺すつもりなかったんだけど」
――私とも心が通い合ったからですわ!
ブリュンヒルデは嬉しそうに叫んだ。
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只今、新作を準備しております。
5月にはお見せできたらなあと準備しております。
九十九神はぼちぼち更新していきます。
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