SS 貴婦人ブリュンヒルデとアイスティー・パーティー(4)
さて、外に出るか。
ブリュンヒルデは歩き出したオレの腕を取った。
「あら、お熱いのですね」
「フフ、ナターリヤたちには負けますわ。
ユーリ様がナターリヤを褒めた時のアレクセイの顔、いつもの糸目がカッと見開いていましたわ」
ブリュンヒルデは手を口にあて笑っていた。
「あの人は、ちょっと嫉妬深いのです」
ナターリヤは微笑んでいる。
アレクセイがヤキモチを焼くこともナターリヤには楽しいことなんだろうな。
「ちょっと夜の散歩に出てくるよ。
ナターリヤ、今日はオオカミが出るかもしれないから戸をしっかりと締めてくれ。
困ったことがあったらウチの執事を頼ってくれ。
頼りになるぞ」
オレの言葉に執事シザーはかしこまって礼をした。
「ナターリヤ貴婦人の安全は私が保障するよ。
フフ、もっとも美人の色気にあてられて私がオオカミになってしまうかもしれないけどね」
執事を演じているシザーはひざまづいてナターリヤの手の甲にキスをした。
「あら、私も貴婦人になった気がしてしまいます。
頼みましたよ、シザー」
シザーはその場で立ち上がるとぱちんと指を鳴らし、ナターリヤの元へミサンガを飛ばしてきた。
「これは?」
「ロシヤは寒いからマフラーでもと思ったんだけど、ナターリヤ様は暑がりみたいだからね、邪魔にならない程度の飾りをプレゼントしたいんだ」
ナターリヤは驚いてシザーを見つめた。
「あ……でも、私アレクセイ以外の男の人からプレゼントはもらえません。
気持ちは嬉しいのですが……ごめんなさいね」
ナターリヤはシザーの手を握った。
……手を握るのもどうかと思うけどな。ナターリヤは美人だから。
「ハハハハ、私は女だよ。
執事役をうまくこなせたみたいで光栄だけどね」
シザーはナターリヤにウインクをした。
ナターリヤがオレを見た。
ああ、そうだよ。シザーは女だ。かっこいいけどな。
オレは頷いた。
「男の人だとばかり思っていました。
そういうことなら、ミサンガ喜んでいただきます。
ありがとう、シザー」
ナターリヤもシザーに深く礼を返した。
赤と青と黄色で編まれたミサンガはナターリヤの右腕にひとりでに巻き付いた。
「キレイなご婦人を着飾ることが私の至上の喜びなんだ。
ナターリヤ様に晴れの舞台があれば、声をかけてくれると嬉しい。
どこにでも駆けつけて精魂込めた一着をプレゼントするからさ」
シザーはこれ以上ないほどの笑顔をナターリヤへ。
「ブリュンヒルデ様から王都でのティーパーティーへ誘われたんです。
春になったらお誘いいただけるそうです。
お願いできますか、シザー」
「ええ、喜んで」
シザーは嬉しそうにかしづいた。
「ぜひ、アレクセイと一緒にお越しください。
ねえ、あなた」
ブリュンヒルデはオレの腕にひっついていた。
いつの間にやら王都でティーパーティーをすることになったんだろうか。
お呼ばれしたのだから、こちらも招待するのが礼儀ではあるが、ブリュンヒルデめ。
オレに断りもなく……まあ、仕方ない。話を合わせよう。
「……ぜひ、来てくれ。
ブリュンヒルデと最大限のおもてなしをするから」
オレはナターリヤに笑いかけた。
「はい、ありがとうございます」
礼をしているナターリヤに手を振って家を出た。
☆★
オレとブリュンヒルデは月明りに照らされた村を見て回った。
どこの家も戸をしっかりと締めている。
何軒か、窓からこちらの様子を覗いている気配がしたが、家に近づくと驚いたようにカーテンをしっかりと締めた。
この村はガガーリン家の支配下にあった。今はガガーリン家はなく、代官も不在の状態だ。にもかかわらず、この村は反乱軍の頭目であるオレの訪問にも歓待の様子はない。
これはアレクセイの妻ナターリヤが雪女で、村八分にされているからというだけの理由によるものではないだろう。
「考え事ですか?」
「この村は何者かの支配下にある、ということか」
ブリュンヒルデが抱きついてきた。
目の前にある青髪からふわりと薔薇のような香りが広がる。
「さすが、ユーリ様。
お気づきでしたか」
「くっつくな、歩きづらい」
オレはブリュンヒルデを引きはがした。
不服そうなブリュンヒルデでである。
今日一日はブリュンヒルデの旦那様の役割を務めるつもりでいるが、夫婦であろうとそもそも抱き合ったまま歩くやつなどいない。
「ジーナの家はどこだ?」
「今日一日は仕事をせずに済むかと思いましたけど……私の力が必要ですか?」
「もったいつけるな、頼むよ」
「……ユーリ様。私、お願いがあるのです」
「何だ、ロクでもないお願いか?」
ブリュンヒルデはもじもじしている。
「早く言え」
「私、今日本当に楽しかったのです。
天気の良い日にテーブルを囲んでティーパーティー。
友達のナターリヤと、ユーリ様と……執事もメイドもペットもいて……まるで本当に貴婦人のようで……」
ブリュンヒルデは今日を思い出すようにゆっくり話していた。
「そうだな、本当に晴れて良かったな。
あ、そうだ。ブリュンヒルデ、マドレーヌも美味しかったぞ」
ブリュンヒルデは飛び上がって喜んだ。
「ユーリ様のお口にあったようで良かったですわ。
私、服もお料理も好きなものですから。
だから、自分の分は自分で作っているのです。
もちろん、シザーやククルが作るものには及びませんけど。
自分で作った服を褒めてもらえたり、おいしいって言っていただけると嬉しいですから」
ブリュンヒルデはポツリポツリととつぶやくように言った。
「私、汚れ仕事をしているので自分の仕事はあまり褒めてもらえないものですから」
オレはブリュンヒルデを後ろから抱きしめた。
「ユ、ユーリ様……」
「ブリュンヒルデは頑張ってる、オレは知ってる。
諜報活動が多いからみんなには内緒のこともあるから、オレしか知らないことだって多い。
クリームや、アレクセイにだって伝えてないことだってある。
……どんなことだってオレは見てるからな。
いつもありがとう」
ブリュンヒルデはいつも飄々としているし、表情はいつもポーカーフェイスだ。
でも、感情だって持っているんだ。
今日のティーパーティーのような日の当たる場所だって、ブリュンヒルデは嫌いではないのだ。
いつも夜や日陰に追いやってしまってるのは暗い仕事をブリュンヒルデに頼っているオレのせいだ。
「……そうでした。私の仕事はいつもユーリ様から褒めていただけます。
それだけで、十分ですわ」
オレの方を向いたブリュンヒルデの笑顔は月明かりに照らされてとてもキレイだった。
「身体は大丈夫か?」
「……お姉さまから聞かれたのですね。内緒にしてくださいと言っていましたのに。
赤竜との戦いで少し、刀身が傷ついているようです。
活動には影響ありませんが……ヒト型をしているときも少しだけ胸に痛みがありますね」
「すぐに刀鍛冶の九十九神を作ってやるからな」
「ありがとうございます」
ブリュンヒルデはそういうとオレから離れた。
「でも、ユーリ様。
いつものようにお仕事は言いつけてくださいませ。
偵察、暗殺、警備……私も自分の仕事には誇りを持っておりますから」
振り返ったブリュンヒルデはいつものポーカーフェイス。
薔薇のカチューシャは青い髪にも良く似合う。
普段、帽子で隠されていて目立たないが、ポニーテールを丁寧に作っているのだ。
「たまには鍔広帽子じゃなくてカチューシャもいいんじゃないか。
ポニーテールも似合っていて可愛いぞ」
ポーカーフェイスを崩してブリュンヒルデは笑った。
「せっかく、お仕事モードに切り替えましたのに。
褒められると嬉しくって仕事をする気になりませんわ」
「そうだ、ブリュンヒルデ。
お願いって何だ?」
話が逸れたが、ジーナの家を教えてくれる代わりのお願いだったな。
「今日はユーリ様とみんなと一緒でとても楽しかったのです。
また、お出かけに連れて行ってくださいますか。
その時は……また夜にお散歩に行きませんか?
その……二人きりで」
恥ずかしそうにブリュンヒルデはそう言った。
「オレも楽しかったからな、また、お出かけしよう」
「はい!」
ブリュンヒルデにはめずらしく、力いっぱい返事をしてくれた。




