61 隠し部屋
「ユーリ様! ご無事ですか!」
遅れてクリームも領主の間へ到着した。
後ろにカンナやシザー、ククルの姿も見える。
「もちろん。
ちょうどよかった。
クリーム隷属紋を解呪できるか?」
「お任せください! と言いたいところですが、ここは黒魔術系に強いブリュンヒルデに任せましょうか」
クリームはブリュンヒルデを横目で見た。
「あら、お姉さま。
自分でも解呪出来るくせに私に丸投げなんてひどいですわ」
「解呪はブリュンヒルデのほうが得意でしょう?」
クリームはブリュンヒルデの背中を押し、獣人たちの元へ押していった。
「呪いをかけるのも、解呪するのもたしかに私の方が速いのですが……わかりました」
ブリュンヒルデはぶつぶつ言いながら黒傘をたたみ、獣人の側に行き解呪を始めた。
「皆様、こちらを向いてくださいますか?」
魔法陣を敷き、施術する獣人をその中に手招いた。
「施術自体はすぐ終わりますが、痛みや違和感を残さないためしばらくその魔法陣の中に居ていただけますか?」
獣人も言うことをきちんと聞いている。
うん、ブリュンヒルデに任せてよさそうだ。
「この場を任せるぞ、クリーム」
「任されました。
行ってらっしゃいませ。
ユーリ様」
クリームは深くオレに礼をした。
「いつものポーズをしないのか?
ドレスの裾をつまみ上げる奴」
クリームは顔を赤らめながら足を肩幅に開くと、大きくひと呼吸し、ためらいながらスカートのすそをゆっくりとつまみ上げた。
「……ユーリ様が、そこまでおっしゃるなら……」
何の気なしにクリームに淑女のポーズを取らないのか聞いたオレであるが、大事なことを忘れていた。
今のクリームの装いは、ミニスカートだった。
下から、革靴に白いタイツにガーターベルト、太ももを挟んで黒いミニスカート、という出で立ちであったのでスカートの裾をつまんだクリームはフトモモが限界まであらわになり、この上なく煽情的な恰好をしていた。
クリームはスカートをつまみあげたまま羞恥で頬を真っ赤に染めていた。
「……満足しましたか?」
「……うん」
想像もしていない状況になっていたので、オレは固まっていた。
目線はクリームの太ももに固定されていたんだけど。
「あのさ、ブリュンヒルデ」
「何でしょうか、ユーリ様」
「オレの見間違いで無ければ、暗器がオレの心臓を目掛けてゆっくり飛んできてるんだけど」
いつも表情の薄いブリュンヒルデの眉がグインと吊り上がっている。
会話をしている間も暗器は刻々とオレの心臓目掛けて飛んできていた。
ヒュイイイイイイイイン
「あら、野生の暗器ですわね。
お気を付けてくださいませ。
致死性の毒が塗られているようですわ」
「暗器は野生にはいない!
万が一野生の暗器ってやつがいたとしても、毒は塗られてないッ!」
ヒュン!
オレは暗器を跳躍してかわし、領主の元へ急ぐことにした。
先ほど領主が逃げた入り口は既に塞がれていた。
「ハガネ、頼む」
ハガネはヒト型になると、入口だった場所へ命令した。
「我は九十九神。眷属たる扉よ……ってあれ? 答えてくれない。
木でできてるんじゃないかな? カンナ、キヅチおいで」
「何、ハガネ」
「なに?」
クリームに連れられてきていた二人がオレ達の元へ来た。
ハガネが砂糖菓子を二人にあげながらお願いした。
「ここ、木でできてるっぽいんだよね、開けられる?」
「聞いてみるね」
カンナが答え、キヅチがうなづいた。
二人で息を合わせ入り口を叩いた。
コンコン。
「一緒に遊ぼ?」
「面白いよ」
声をかけたあと、入口に耳をつけた。
「あ、うん。この子木材だね」
「開けてくれるってさ」
カンナとキヅチは息を大きく吸い込んだ。
「「ひらけゴマー」」
入り口がぱかっと空いた。
「助かったよ、二人とも」
わしゃわしゃと頭を撫でてやる。
「「褒められた―」」
カンナとキヅチはジャンプして喜んでいた。
さて、オレ達はそろそろ入り口へ侵入しようか。
「じゃあ、行ってくるね。二人ともクリームの側にいるんだよ」
「「はーい」」
うん、返事が良い。
素直に育ってるな。
「あ、ユーリ様。伝言」
「何?」
オレは足を止めて、キヅチに耳を貸した。
「シザーがね、『お好みであればクリーム様のスカートもっと短くしておきます』って」
シザーめ、さっきのクリームとのやり取り見てやがったのか。
「……『そのままでいい』って伝えて」
「はーい」
キヅチの元気な声を聴きながら、オレとハガネは隠し通路を進んでいく。
☆★
隠し通路の中は、石材でできていて見通しが利かない。
「ハガネ、【共鳴】で位置を掴めるか」
――出来るよ。
剣型のまま、【共鳴】を行うハガネ。
いつも人型で行うため、どうしてだろうと思ったんだけど……
キィイイイイイイイン!
「うわあああ!」
オレは、驚いてその場にへたりこんだ。
ハガネは共鳴を終えると、ヒト型に戻った。
「剣型で共鳴すると、どうしても金属音がするんだよね。
びっくりした?」
ハガネはオレに手を差し伸べる。
その手を取り立ち上がると、ハガネはまた剣型に戻り鞘の中に納まった。
「何でわざわざ剣型で共鳴したんだよ、耳がキンキンするよ」
――ごめんね。つい、意地悪したくなっちゃった。この先にいる。急ごう、ユーリ。
ああ、さっきのクリームとのやり取り、ハガネも怒ってたんだね。
☆★
隠し通路を進むと、魔法陣が書かれた扉が開け放たれていた。
魔法陣自体は強力なものらしく、開け放たれた今も微弱に発光していた。
「なるほど、土魔法系統の【隠ぺい術】か。
この部屋を隠していたんだな」
――わかるの? ユーリ魔法使えないのに?
ハガネがびっくりしたように答えた。
「魔法陣の構築文法は知ってるよ。
ダンジョン探索は魔法陣見て罠かどうかわからないと即、死ぬからな」
もちろん、全部知ってるわけでもない。
ただ、危険なものや地形を変化させるものなどは見て判断できるようにはしてある。
先頭を歩く戦士が罠に嵌ると、一気に全滅の可能性があるから。
――がんばってたんだね。
「そうだな、前衛のオレが倒れたら後ろにいるソフィア達を守れないだろ?」
つい、昔みたいに後ろを振り向いた。
……誰もいない。
「そうか、今は一人だったな」
オレの後ろには誰もいなかった。
前に目を戻したオレをハガネが後ろから抱きしめてくれた。
いつの間にヒト型になったのだろうか。
「今は、私が後ろにいるよ。
ユーリ、一人じゃないよ」
「そうだったな。
ありがとう、ハガネ」
くっついてきたハガネは冷たかったけど、気持ちは伝わったよ。
ただ、のんびりもしてられないからな。
オレは腰に回されたハガネの手を払ってあたりを探した。
「ねえ、ユーリ。
何もないよね?」
「んー、そうだな」
ここで生活していたという匂い、気配はある。
ただ、何もモノがない――
何らかの魔法か?
ただ、発見できた魔法の痕跡は扉に書かれた魔法陣だけ……
そうか。
オレはもう一度魔法陣を見た。
先ほど見た通り、土魔法系統の【隠ぺい術】が掛けられていた。
そして、良く見ないと分からないほど細い線で――もう一種類【隠ぺい術】が掛けてあった。
魔法を隠すなら、魔法の中ってわけか。
一つ目の【隠ぺい術】で、外からの探索魔法から身を隠し、
もう一つの【隠ぺい術】でこの部屋の見られたくないものを隠ぺいしてるんだ。
見られてはヤバイものが隠されてるんだろうな。
さて、木の扉から魔法陣を消すか。
困ったな。
「木材かあ。
カンナとキヅチを置いてきちゃったな」
「ユーリが自分でやればいいんじゃないの?」
あ、そうだった。
オレも出来るんだったな。
オレは扉に右手をかざす。
「九十九神カンナとシザーよ。
我に力を貸し、眷属『扉』に彫られた魔法陣を排出せよ!」
扉は身体を震わせたと思うと、魔法陣を二つ吐き出した。
「ハアアアアアア!」
宙に浮かんだ魔法陣を念のため切り刻んでおく。
後には、何も書かれていない扉が残った。
すると、何もなかった部屋の色が変わり、隠されていた部屋が本来の姿を現した。
剣、ノコギリ、鎖、槍等の解体道具。
転がった小さな魔石。
――エルフの死体。
死体は胸を切り裂かれており、魔石を取り出されていた。
「ひどい……」
アレクセイは領主を交渉カードとして使うため、殺すなといっていたが……
「先を急ぐぞ」
「どうして、こんなひどいことできるの?」
おもちゃみたいに扱ったんだろうな。
報いは受けさせてやるぞ。
オレとハガネは埋葬を後回しにする非礼を詫びて、その部屋を後にした。




