62 エルフの少女と「弓」の九十九神
隠し通路を抜けて城外に出たオレ達が領主に追いついた時には、城の裏にある森の中、領主はアリシアと魔剣ブリュンヒルデ・ダーインスレイブに回り込まれていた。
ブリュンヒルデの魔剣の効果ですら捕捉できなかった九十九神の位置は隠し通路を開けたこと、オレが隠ぺい魔法を破壊したことにより丸裸となったのだろう。
九十九神を連れて逃走しようとしたことにより領主はすぐに見つかってしまった。
「クソ、邪魔をするな!」
「逃がすわけないよ、今すぐズタズタにしてやりたいのを我慢してるんだ、あたしは」
アリシアは領主が動こうとする方に剣先を合わせ牽制していた。
もう少しで初老に届こうかという領主ヨシフ・ガガーリンは胸にまで届くかという立派な口ひげ以外何も身に着けず、肩で息をしていた。
アリシアは、領主とその傍らの幼い娘に目をやる。
「もう、大丈夫だからね、あたしたちに任せて」
娘は怯えたように後ずさった。
「そうだ、ルタ。
ワシから離れるな。
お姉ちゃんが心配だろう?」
ルタと呼ばれた少女は逡巡の後、強く唇を噛み締め、領主の側に恐る恐る近づく。
10歳ほどに見える少女の桃色の大きな瞳に光はなかった。
領主に近づきたくはないが、言うことを聞かねばならない理由でもあるのだろうか。
ところどころ破れた黒いローブ以外、少女は何も身に着けていない。
桃色の髪は立ち上がっても下につくほどの長さであるが、ロクに手入れはされていないようだ。
おそらく逃走を阻止する意味も込めているのだろう。
靴すら履かされていなかった。
それらの特徴を踏まえてもなお、長い髪をかき分けて主張している細く長い耳が一番その少女の特徴を表しているだろう。
……エルフか。
ろくなものを着せてもらえない幼い少女のためすぐにでも領主を殺してやりたいと思ったが、九十九神回収のためと心を落ち着かせ、オレは領主に声をかけた。
「九十九神はどこだ?」
「……知らんな」
領主は知らないといったが、オレの呼びかけに応じて九十九神はルタの後ろから姿を現した。
ルタでもがんばれば引けそうな小ぶりなブラウンの弓。
ブリュンヒルデは剣型からヒト型となると弓に近づき、語りかけた。
「あなたのお名前は存じ上げませんが、九十九神の当代でいらっしゃるユーリ・ストロガノフ様の御前ですわ。
あなたも九十九神ならば、ヒト型で敬礼なさいな。
可愛がっていただくため、お顔をお見せなさい」
弓はオレが九十九神の当代と聞くと、瞬時にヒト型となった。
「隠れてやり過ごそうと思ったんだけど、当代様なら失礼できないもんね」
ヒト型となった弓はルタよりは年上だろうか。
ハガネよりも身長が低いが、活発さを感じさせる金髪のショートカットに金色の目。
茶色のローブを着ているが、ルタと同じく靴はない。
ボーイッシュな女の子にも見えるし、可愛い男の子にも見える。
「ユーリ様、自己紹介いたします」
イソルデは元気よく礼をした。
オレも返す。
イゾルデはにっこりとほほ笑んだ。
「ボクはイゾルデ。
イゾルデ・プラチナハートっていう弓の九十九神だよ。
ルタと契約している」
イゾルデは、ルタを見やった。
「イゾルデ。
余計なことをしゃべるな。
奴らを殺せ!」
領主の言葉にイゾルデは顔をゆがめながら答えた。
「わかってるよ、領主様。
ボクはアンタを裏切れない」
イゾルデは宙に浮くと、懐から矢を放り投げた。
クルクルとイゾルデの周りを回るその矢は加速度的に速さを増していく。
「ユーリ様、ボクはバカだ。
ルタとアイシャを守ろうとしてあんな奴の言いなりになっているんだ」
イゾルデはオレの心臓を見据え話を続けた。
「ユーリ様、死んでもらうよ。
アンタはボクに死ねというだけでボクを殺せる。
ここから領主と……ルタを逃がすなら、アンタを一番に殺すほかない」
イゾルデの言葉にブリュンヒルデがおどろいた。
「やめなさい、イゾルデ!
当代様の力を知らないの?」
ブリュンヒルデはイゾルデに近づき、懸命に説得する。
オレが心配って言うより、イゾルデを心配してって感じだな。
――あの子、きっと悪い子じゃないよ。あのちっちゃなエルフの子もいい子だよ。
ハガネはイゾルデとルタを心配している様だ。
わかってる。
助けるからな。
オレは返事の代わりにハガネを力強く握り込んだ。
「あなたがユーリ様を狙った矢だって、ユーリ様が一声かければあなた目掛けて飛んでくるわ。
それにユーリ様に矢が届くまでにあなたを確実に殺すことができる。
何よりユーリ様は素敵な人です、殺すなんて許しませんわ!」
ブリュンヒルデの説得に、イゾルデは覚悟を決めた目でオレを見つめた。
「九十九神にも愛されているんだね、ユーリ様。
きっと素晴らしい人なんだろうな。
ボクは、『愛と死の弓』。
愛されているあなたを殺すのは気が引けるけど……ボクにも守るべき愛は等しくあるからね。
この矢で死んでもらうよ、ユーリ様」
イゾルデはオレに向けて矢を飛ばした。
「ははは、いいぞ。イゾルデ!」
領主はイゾルデの攻撃を喜んでいた。
イゾルデは何らかの方法で領主に従わされている。
イゾルデはオレにウインクをした。
……これでいいんだな?
「九十九神よ、その眷属たる矢よ!
反転し、領主ヨシフ・ガガーリンを貫け!」
オレの命に応じ、反転し領主へ目掛けて矢は飛んで行った。
領主はニヤリと笑い、ルタを盾にした。
「ルタよ。
逃げるな、ワシの盾となれ」
領主は赤く大きな魔石を握り込んだ。
「うううううう」
ルタは痛みに身体をよじらせるが、言われるがまま領主の体にしがみついて盾となろうとしていた。
イゾルデは激昂し、ルタの元へ飛んで行った。
「ヨシフゥウウウウ!」
オレはルタに刺さらないように、領主目掛ける矢に停止命令を出した。
「九十九神よ、眷属たる矢よ、停止せよ!」
矢は空中で止まった。
領主は生き延びたことに安堵し、渇いた声で笑った。
「ひひゃははははは、ふー。
命拾いしたわい」
「死ねええ!」
領主目掛けて突っ込んでいたイゾルデは空中で止まっていた矢を握り、ルタを避け領主のみを刺せる点を狙いすました。
だが、その矢が領主に刺さるより速く、領主は再び魔石を握り込んだ。
「く、うわあああああ!」
「イゾルデ……」
イゾルデは背中から発光し痛みにのたうち回り握った矢を落とした。
ルタはイゾルデを見て涙をこぼした。
「ごめんね、イゾルデ……」
「イゾルデ、この大バカ者が!」
領主は腹立たしさのままイゾルデを踏み続ける。
「もう、勘弁ならん。
イゾルデ、ルタに憑依し戦えッ!」
「や、やめろ!
ボクがお前と契約してやるから、ルタに手を出すな!」
領主はイゾルデの真剣な願いを一笑に付し、魔石を握り込み命令した。
「イゾルデよ、ルタに強制憑依し、ワシを守って見せよ!
あの者らを皆殺しにせよ!」
「グアアアアアア!」
イゾルデは弓型と化し、その体からツルを伸ばした。
そのツルはルタを取り囲むが、勢いを弱めた。
「隷属紋が痛いの? イゾルデ……ごめんね。
いいよ、私を使って……」
ルタは自分に絡みつくイゾルデのツタに寄り添い、その身を投げ出した。
「イゾルデと一緒なら、怖くないよ」
ツルはルタの四肢を目掛けて伸びていく。
ま、まずい! 止めなければ!
「弓の九十九神、『愛と死の弓』イゾルデ!
動きを止め、我が元へ参集せよ!」
オレが叫ぶのと同時に領主は黄色の球を地面へ叩きつけた。
たちまち土が領主とルタとイゾルデを覆った。
「間に合わなかったのか?」
オレの命令を拒否するような魔法だと?
土壁を生じさせる魔法か?
それなら……
「九十九神よ、眷属たる土壁よ。
同胞との彼我の結びつきを解き、土くれへと形を変えよ!」
オレは土壁に命令したが、土壁はびくともしなかった。
「くそ、無生物が言うことを聞かないだと?」
しばらく状況を見ていたブリュンヒルデが口を開いた。
「おそらく、土壁に魔力を流し続けているのではないかと推測いたします。
ユーリ様は、魔法で作られた土くれは動かせますが、魔法そのものを制御できるわけではありませんからね」
ブリュンヒルデは身体を震わせた。
【共鳴】で連絡が来たのだろう。
「クリームお姉さまを通じて、元領主の部下のアレクセイに確認しましたが、領主ヨシフ・ガガーリンは魔法使いではないとのことですわ」
ブリュンヒルデはクビを傾げる。
「あの土壁、あの大きさに持続力……魔法の巻物で発揮できる威力ではないと思うのですが……」
「スクロールは使用者の魔力に応じた威力になるんだったな」
ブリュンヒルデは頷く。
「はい。スクロールは大した魔力を持たないただの一般市民でも使える魔法を詰めたもの。
逃走用、ランタン、狼煙をあげるため…など、少しの魔力で役に立つ便利な魔法で、戦闘に使えるものは出回りません」
オレはブリュンヒルデに確認する。
「それに九十九神に隷属紋をかけるとは、まったくもって許せませんわ!」
いつも声色の冷静なブリュンヒルデも怒っている様だ。
「隷属紋って獣人以外にも使うんだな」
「あたしたちは魔力が低いからね、かけやすいんだって。
魔力が高いものが、低いものを支配するためのものだからね」
アリシアの瞳はぎらぎらと光っている。
領主に仲間を随分殺されているんだ。
「エルフなんかは魔力が高いから、あまり隷属紋は使われない。
よっぽど高い魔力を持った術者か、魔力触媒があれば別だけど」
アリシアの説明にブリュンヒルデはうなずいた。
「ええ。
おそらくイゾルデは私やクリーム様とほぼ同格。
魔力も持っているはずですから、どうやって隷属紋をしかけたのでしょうね」
ブリュンヒルデは土壁の様子を見て、剣型へと変わった。
――そろそろ、魔力切れですわ。土を使役するのは、現状ユーリ様がいいかと。先ほどの命令を再度、お願いします。
もう一回おんなじのを言うのはなんだか抵抗があるけど……
「九十九神よ、眷属たる土壁よ。
同胞との彼我の結びつきを解き、土くれへと形を変えよ!」
土壁はバラバラになって浮かび上がり、やがて地面へと落ちた。
「はははは! イゾルデ。
ルタを使い、ワシを守り抜け!」
土壁の破片の向こうから領主が少女の後ろから叫んだ。
ルタという少女に弓と化したイゾルデから幾重にも伸びたツタが四肢に取り付いており、その少女の周りを無数の矢が回転しながら取り囲んでいた。
「ルタ……」
ルタは血走った目で自分の名前を呼んだ。




