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(14)私にとって大事なもの:芽衣side

 想いが通じ合い、晴れて恋人同士になった桐子と直人君。これで肩の荷が下りたと私は心の底から安心して、我が泉野家一同が集まる食事会に出席。


……ということもなく。


 食事会が行われる店に向かう途中、電話がかかってきた。着信画面を見れば、掛けてきたのは直人君。

 その後に桐子とどうなったのか、直人君から全く連絡がなかった。それより桐子が今、どうなっているのかが気になる。直人君に訊けば分かるだろうか。

 電話の一本も寄越さない薄情なイトコに怒鳴りつけてやろうと電話に出たが、向こうは何も言ってこない。何やら話し声が聞こえるだけ。

「もしもし!もしもし、直人君!ちょっと、聞いてんの⁉」

 しばらく呼びかけたのちに聞こえてきたのは、

『もしもし、芽衣。私、桐子』

 という、親友の小さな声だった。


 それから桐子の話を聞き、お互いの勘違いを謝り、親友の恋が実ったことを喜ぼうとした矢先、私はあることに気が付いた。


―――桐子の後ろから何も聞こえないってことは、どこか建物の中にいるってことだよね?お店にいる訳じゃなさそうだし……。まさか!


 と思って訊いてみれば、案の定、あの男はまんまと桐子を連れ込みやがったのだ。

 二人は大人で恋人同士なのだから、夜を一緒に過ごしても問題ない。しかし、それにしたって手が早すぎるだろうが、あの馬鹿イトコ!がっつきすぎだっての!

 親友の危機(?)を察して桐子に家に帰るように促すが、何の前触れもなく突然通話が切られた。慌てて掛けなおすものの一向に繋がらない。直人君が電源を落としたようだ。

 いたいけな桐子が直人君の毒牙にかかるのを見過ごせないけれど、今日の食事会はどうしても外せないのだ。


―――直人君。桐子に酷いことをしたら、一生許さないから!桐子、どうか無事でいてね!


 プリプリと頬を膨らませて足取りも荒く歩く私は、とにかく親友の無事を祈った。




 そして翌日の土曜日、私は直人君の家に突撃した。

 朝食が済んだ頃を見計らって呼び出し用ベルをしつこくしつこく鳴らし続ければ、渋々といった感じで玄関の扉が開けられた。

 シンプルな白いシャツと洗いざらしのジーンズに身を包んだ直人君は、何気ない服装なのにカッコいい。そんなカッコいい直人君は、綺麗な顔を不機嫌そうに歪めた。

 私の顔を確認した途端にドアを閉めようとしてきた直人君に、そうはさせるかと靴をねじ込んだ。その素早さ、悪質セールスマンも舌を巻くだろう。

 女性の私が足を挟んでいるというのに、直人君はグイグイと扉を閉めようとしてくる。そんな彼の行動を見越していた私は、持っている中でも一番丈夫なブーツを履いてきたのだ。ふん、私を甘く見るな!

 ようやく観念したのか、ドアノブから手を放し、

「用事が済んだら、さっさと帰れよ」

 と、直人君が言った。

「何よ、桐子は私の友達なの。直人君にだって邪魔はさせないんだから」

 扉際での勝負に競り勝った私は、堂々と玄関に足を踏み入れる。その玄関の端の方に、桐子が愛用しているパンプスがチョコンと置かれていた。案の定お持ち帰りして、そのまま滞在させているようだ。

 まったく、これまで耐えに耐えてきた我慢を爆発させるのもいいけれど、少しは私にも桐子と過ごす時間を分けろっての‼

 直人君をジロリと睨んだ後、私はズカズカと廊下を進む。

「桐子、おはよ!」

 彼女がいると信じて疑わない私は、リビングに意気揚々と乗り込んだ。いきなり現れた私に驚いた桐子は、顔を真っ赤にして

「え、ええと、おはよ」

 と小さな声であいさつを返してくれる。

 普段の落ち着いた桐子も素敵だけど、こうして恥ずかしそうに小さくなっている桐子も可愛くて好きだ。

 しかし、彼女の様子に私の眉尻がクッと上がる。

 桐子は温かそうな素材で出来た膝丈のフレアスカートを穿いて、リビングの床に置かれているクッションの上に座っていた。

 それだけなら、何の問題もない。問題なのは、上半身。

 どう見たってサイズが合っていないブカブカのセーターを着ている。間違いなく直人君の物だ。近頃世間を騒がしている彼シャツ彼パジャマの次は、彼セーターの時代か!さりげないけれど、独占欲が丸出しである。

 広く開いた襟ぐりから見えるほっそりした首筋が私にはない色気を醸しだしていて、それはそれで非常に素晴らしい。

 そこまでは許そう。大きなセーターにすっぽり包まれている桐子は可愛いからね。


 ただし、鎖骨の少し下に付けられた赤い痕は許すまじ!


「直人君、私の大事な桐子に何してんのよ!」

 私の後ろからリビングに現れた直人君は、怒鳴り声にニヤリと笑う。

「……何って、見たマンマだろうが。キスマークだっての」

 恥ずかしがり屋の桐子を気遣って、直人君が声を潜めて答えてきた。その余裕たっぷりな感じが、非常に腹立つ。

 桐子が寝ているうちに痕をつけたのだろう。彼女は自分の首元にキスマークが付けられていることに気が付いてないらしく、不思議そうな顔で私と直人君のやり取りを見上げている。

 首を傾げることでセーターの襟元の形が崩れ、上から彼女を見下ろしている私の目に新たなキスマークが飛び込んできた。

 更に視線を鋭くして、直人君を睨む私。

 そんな私を鼻で笑う直人君。

 そして、これまで黙っていた桐子がようやく口を開いた。

「芽衣、どうしたの?私に用事?」

 フワリと微笑んだ桐子に優しく声を掛けられ、私は彼女の足に負担がかからないように気をつけて飛びついた。

 桐子の気持ちがはっきりするまでは、彼女の笑顔はすごく苦しそうで悲しそうだった。だけど今はそんな暗い影はどこにもなく、私が大好きな笑顔に戻っている。

「桐子に会いたかったんだよ!直人君が桐子を手放さないから、こうして会いに来たの!」

 直人君は自分のスマホはおろか、桐子のスマホの電源まで落としていたのだ。そして私の勘では、桐子のスマホを彼女には見つからないところへ隠しているはず。どこまで独占欲が強いんだよ!

 ギュッと抱き付くと、戸惑いながらも桐子が抱き返してくれる。

「私も芽衣に会いたかった。昨日は変な別れ方をしちゃったから、すごく気になってたの。やっぱり、電話じゃ物足りなくて」

 そう言って、彼女はポンポンと私の背中を優しく叩いてきた。ああ、やっぱり桐子は理想の姉だ。ものすごく落ち着く。

 ギュウギュウと親友に抱き付いていれば、直人君が私の襟首を鷲掴みにして桐子から引き剥がそうとしてくる。

「桐子に会えたんだから、用事は済んだだろ。お前、もう帰れよ」

「いーやーだーーー!」

 直人君に抵抗して、思いきり桐子に抱き付いた。そんな私を更にグイグイと引っ張る直人君は、本当におとな気ない。首が締まって苦しいが、負けてたまるか!

「あ、あの、直人さん」

 ためらいがちに桐子が呼べば、襟から手を放した直人君が素早く桐子の後ろに回って彼女を抱き締めた。

「桐子、何?」 

 その顔が砂糖と蜂蜜とガムシロップをどっぷり塗したように甘く蕩けていて、一目見ただけで私は胸焼けを起こす。

 とても間近で見ていられないイトコの顔に、私はズザザと後ずさった。

 この男、私と桐子に対する態度に差があり過ぎる。いや、同じように接してこられても、全力でお断りするが。

 ブカブカセーターの可愛い桐子に優しく抱きしめられたので、私は少し落ち着いた。とりあえず、ね。後でチャンスがあったら、また桐子に抱き付こう。

 少し離れたところで桐子と直人君に見守っている私。

 そんな私の視線を気にすることなく、ひとしきり桐子に頬ずりしていた直人君は、

「飲み物を用意してくる」

 と言って、立ち上がる。

「あ、それなら私が」

 桐子が腰を浮かしかけると、直人君は素早く彼女の額に口付けた。

「いいから、座ってて。面倒だろうけど、コイツの相手をしてやってよ」

 桐子はキスされた額を両手で隠すように覆って、真っ赤になったままコクンと頷いた。

 うわぁぁ。桐子、可愛い!そして、直人君、ものすごくムカつく!私も後で桐子のおでこにチューしてやる!

 

 親友とイトコの恋模様は、思いのほか腹が立つようだ。




 その後、直人君が用意してくれた飲み物を飲みながら、三人でのんびりとした時間を過ごす。

 大き目のクッションに座っている桐子は、レモンティーが入っているマグカップを両手で持ち、細い足は前に投げ出している。そんな桐子の肩に左腕を回し、直人君が右手でコーヒーを飲む。

 甘い雰囲気の二人を前にして、私は満足そうにミルクティーに口を付けた。

 なんだかんだあっても、私は直人君の応援者だからね。桐子の恋も結果として実ったわけだから、私としては万々歳なのである。

 それに、嬉しいことは他にもあった。

「このままうまくいって桐子が直人君と結婚したら、私と桐子は親戚になるんだね」 

 私の言葉に桐子はウッと言葉を詰まらせ、ドカンと顔を赤らめる。

「結婚したらって、何だよ。結婚するに決まってるだろうが。な、桐子」

 すぐそばにある桐子の頭に頬を寄せた直人君に、

「あ、あの、そんな、私、まだ、そこまで考えていませんので……」

 困ったように俯く桐子。その様子はあくまでも「困ったように見える」のであって、本気で困っているわけではなさそうだ。

 恋愛において引っ込み思案な彼女なので、直人君のように強引な感じで突き進まないと、彼女は一生結婚に踏み切れないかもしれない。

 それに直人君はこんな風に強引だけど、桐子が嫌がることは絶対にしないはず。長いことイトコとして彼を見ていて、私は確証を持っていた。

「そっかぁ、いつか桐子は直人君のお嫁さんになるんだねぇ」

 大好きで大事な親友の桐子が自分と親戚関係になることを喜んでいた私は、ここであることに気が付いた。

「……桐子が私の兄と結婚したら、ただの親戚じゃなくて、本当のお姉さんになるじゃん」

 長男は既に結婚しているが、次男、三男は、只今絶賛花嫁募集中なのである。兄はめでたくお嫁さんをゲットし、そして私は念願の姉をゲット。こんなに素敵な事はあるだろうか!

「そうだよ、桐子!私の兄と結婚して!インテリの次男と、スポーツマンの三男、どっちもおすすめだよ!」

 興奮気味に声を上げると、直人君が

「ふざけんな!桐子は俺と結婚するんだ!」

 と、そばに置いてあった小さなクッションを私目がけてブン投げてきた。それをスッと首を傾けてかわす。ふふーんだ、私の反射神経を侮るなよ!

 そんな私たちを見て、オロオロと視線を惑わせている桐子。心配しなくていいよ、桐子。こんなやり取り、私たちにとっては日常茶飯事だから。

 私は平然とした顔で残っていたミルクティーを飲み干す。


 とにもかくにも、桐子が笑顔でいてくれればいいのだ。私にとって大事なのは、親友の優しくて明るい笑顔なのだから。

 



●これにて「さよなら」は完結です。

 

 桐子、直人、芽衣と進むにつれてコメディ色が強くなっていった気がしますね。

 いえ、気がするのではなく、確実にそうなっていますが……。


 芽衣ちゃん、はっちゃけ過ぎ(苦笑)

 三人の中で一番書きやすいキャラは、やはり芽衣ちゃんでした。彼女の「桐子大好きオーラ」が半端なく、おかげでみやこの手が止まらない、止まらない。


ですが、桐子視点のように淡々とお話が展開される作品も好きなのですよ。

いつの日か、しっとり読める恋愛小説をまた書きたいものです。


●この作品にて自分の力不足が浮き彫りになり、反省しきりでした。

 物語の展開について、もっと勉強しなくては。

 改稿前の桐子視点最終話を閲覧なさった方、モヤモヤさせてしまいましてスミマセンでした。

 更に気を引き締め、読者様に楽しんでいただける作品を目指します。


ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。



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