プロローグ
横たわる古の龍、先ほどまで激闘を繰り広げたとは思えないほどの静寂に包まれ、その瞳は今なお生きているようにこちらを見つめていた。
次第にその屍は仄かに光を帯びると風化する岩のごとく穏やかに崩れ始め、光はまるで何かから解放されたように天へと上り、世界に帰っていく。それを追いながら見上げた空はいつもと変わらないはずだった。
ゆっくりと手から離れる剣が地面に触れ、乾いた音だけが残った。
―――――――
かつて教会だった建物の一室で、ギルド上位意思決定機関アービターの会議が行われていた。
「進行状況はどうなっている?」
「はっ、現在封印準備を終え首都を出発し、到着予定はあと10日…」
その言葉を遮るように、ドアが勢いよく開かれた。会議室は一瞬で沈黙に包まれ、彼らの視線の先には息を切らしたシーカーが立っていた。そして呼吸を整えることもなく口を開く。
「…失礼します、現場のスカウトから緊急報告です」
その言葉に一瞬空気が揺れ、次第に声が漏れ始めた。
「緊急報告だと?」「今このタイミングでか?」
会議室の奥、最も上座に座るアービターが鋭い眼光を向けると、ざわめきは押しつぶされるように静まっていった。
そしてアービターは静かに口を開く。
「割り込むほどの案件なのかね?」
問われたシーカーは小さく息を呑み
「…はい、至急とのことです」
上座のアービターは僅かに目を細めた。
「封印対象の反応、消失を確認しました」
その報告を受けた瞬間、会議室の空気がぴたりと止まり、誰一人としてすぐには理解することが出来なかった。
…数拍の沈黙。
やがて一人が乾いた笑いをあげると、そこから次第にざわめきが広がり始める。
「消失だと…?」
「封印対象が?…ありえない」
ざわめきが広がる中、「ありえない」「そんなはずがない」と否定の言葉が繰り返された。
やがて、散らばっていた視線が一点へと収束されていき、その先にいるのはチェイサーだった。
そして彼はゆっくりと周囲を見渡し、静かに口を開く。
「ふむ…報告を受けた時点では、消滅を可能とする戦力は確認されていない」
僅かに視線を落とし、不要な情報を切り捨てる様に思考を整えると、上座のアービターへと意識を向けた。
上座のアービターは表情を変えることなく、静かに情報を元に事象を整理していた。
消滅させた存在、その価値は未確定。戦力か、制御可能な異物か、それとも。
わずかな沈黙の後、判断材料が静かに並べ替えられる。そしてゆっくりと目を閉じ深く息を吸い込んだ。
前提が成立するのであれば、選択肢は一つ。
「本件はヴォールデッド扱いとし、極秘事項とする」
その場に結論を落とし、静かに目を開く。対象はすでに定まっていた。
「……チェイサー、対応に入れ」
それは、すべての始まりに過ぎなかった。
会議から数日後。
異変は静かに各地で広がり始めていた。
それを最初に持ち帰ったのは、幾度もの戦場を生き抜いてきた老練のスカウトだった。




