とある王家の結婚式
トリスタンを亡くしてから、クロエは再三にわたる再婚の勧めをすべて突っぱねてきた。
「私にはトリスタンとともに育てた立派な跡取りがいる。そもそも再婚したところで子はできないのだから、相手も不幸にしてしまうよ」
そう公言して独身を貫いたのである。
心配顔をして余計な口をはさんでくる親族を黙らせるため、数多の魔法や魔道具の開発に貢献し、仕事も完璧にこなしてきた。
息子が成人してシリルから爵位を継承するころには、クロエに文句を言えるものは誰もいなくなっていた。
そして、トリスタンの死から四十年余りが経過した。
このころには魔法業界の権威として揺るがぬ地位を築いていたクロエは、とある異国の城にいた。隣国の年若い国王と聖女の結婚を祝うため、賓客の一人として招かれたのだ。
一通り必要な挨拶を済ませた彼女は、テラスに出て夜風に当たりながら物思いにふけっていた。
本人も周囲もまだまだ矍鑠としているつもりだったが、寄る年波には勝てないらしい。少し人ごみに疲れて、休んでいたかった。
「いやぁ、さすが勇者の国の王様の結婚式やなぁ。飯が旨い。お嬢さんもいかがかね?」
不意に後ろから声をかけられ、連れていた護衛が身構えた。
「知り合いだ、大事無い」
クロエは鷹揚に片手をあげて護衛を制すると、料理の皿を片手にした老人を呆れた目で眺めた。
「久しぶりだな、カルロ殿。あなたも招待されていたのか」
密偵にあるまじき脱力感で料理を楽しんでいた老人、カルロは肩をすくめた。
「ホンマはお気楽な商人でいたかったんやけどなぁ。おっさんらにこき使われているうちに、いつの間にかリケッツアの情報部部長やで。俺が一番驚いとるわ」
カルロの言うおっさんとは、先代のリケッツア首長である。何年か前に亡くなった、エウラリアの異母兄に当たるやり手の男だった。
様々な魔法を開拓してきたクロエだが、未だに彼女の最高傑作はトリスタンと共同で作り上げた転移の魔法だ。
ローラン家がリケッツアに提供した魔法技術の一つでもあり、先代首長はこの魔法をあっという間に世界へ広めてしまった。
今となっては、転移魔法の魔法陣が置かれていない主要都市は存在しないのではないか、と思われるほどだ。
ともすれば運輸業界において既得権益を大いに損ねかねないこの魔法を、反発を最小限に普及させたことだけでも先代がどれ程優れていたのかよくわかる。
術数権謀があまり得手ではないローラン家は、魔法技術を提供してむしろ良かったのかもしれない。
その裏には、カルロの活躍もあったのだろうとクロエはにらんでいる。とぼけた爺さんのように見えるが、リケッツアの情報部で彼が地位を築いているのも当然の成り行きだった。
「それよりお嬢さん、さっきの見たで。散々からかわれてかわいそーに、王様」
「あなた私より一つ年下だろう。お嬢さんなんて呼ばれる筋合いはないのだが……まぁ、自分でも少し大人げなかったと反省はしているよ」
なんでも今夜の主役である国王陛下は、かつて聖女様に「あなたに愛されるつもりはない」などとほざいたことがあるそうだ。
愛する人が隣にいてくれる、それがどんなに奇跡的な幸運なのかわかっていない坊やを少し懲らしめてやろう、と思っていたのは事実だ。
実際に対面した国王夫妻は見ていて微笑ましくなるほど愛情と信頼に満ち溢れていて、件の発言も何かしらの事情があってのことだったのだろうと察することはできたが。
「母上、こちらでしたか。あまり夜風にあたりすぎるとお風邪を召しますよ。……おや、カルロ殿。お久しぶりです」
そのとき、テラスにクロエの息子がやってきた。
血の繋がりはそれほど濃くないはずなのに、不思議と所作や顔立ちまでクロエとトリスタンに似た男である。
「まったくこの子は、近頃はすっかり私を年寄り扱いするのだから」
「ええやん、大事にされとる証拠や。坊ちゃん、今度の技術提携の件ではまたよろしゅう頼みます」
カルロが気安く告げると、息子のほうでも苦笑を漏らした。
「私はとっくに坊ちゃんなどという年ではないのですが……承知しました。リケッツアの皆様にもよろしくお伝えください」
彼は如才なく挨拶を返すと、クロエの手を取って会場へエスコートしてくれた。
二十数年前に奥方を迎え、かわいい孫たちをもたらしてくれた、クロエの数ある宝物の一人だ。
二人が戻ってきた煌びやかな結婚披露会場では、まだまだ華やかな宴が続いている。
「……この四十年、いろんなことがあったな」
多くの人々が笑いさざめく姿を眺めていたクロエは、ぽつりともらした。
「母上?」
「すまない、なんだか色々なことを、思い出してしまって。私も本当に年かな」
この隣国は、現王が即位する以前は無理な戦が重なり疲弊していた。
先王はマグノリアにもちょっかいをかけてきて長年の友好が崩れる危機だったのだが、内政も外交も見事に立て直した現王の手腕はクロエも認めるところだ。
一方マグノリア魔法王国の情勢も緩やかに変動していた。
先王リュシアンは若かりし頃より王政から民主政治への移行を呼び掛けており、現王は穏やかに政治から切り離されつつある。
順当にいけば、現王がマグノリア最後の国王だ。
ローラン公爵家も魔法使いの名家としては名を残すだろうが、貴族という枠組みは徐々に失われていくだろう。
きっとこれからも、良いことにも悪いことにも見舞われながら人の営みは続いてゆく。
「帰国したら、当主の交代を進めようか」
突然の提案に、息子は少し怪訝そうな顔をした。
「それはもちろん、母上は今までやりすぎなくらい働いてきたのだから構いませんが……急にどうなさったのですか?」
「昔に比べれば体力も衰えたし、そろそろ自分のために時間を使いたくなっただけさ。もうすぐ初曾孫も生まれるころだし、下の孫たちともたくさん遊んでやりたいし、レオノール様のところにお茶しに行くのもいいな」
楽しそうに余生の計画を並べていたクロエは、ふと寂しそうな笑みを浮かべた。
「それで、最後には楽しかったよってトリスタンに会いたい」
それを聞いた息子は穏やかに微笑んで頷いた。
「そうですね。帰ったら、みんなで父上の墓参りに行きましょうか」
しんみりと笑いあう一組の親子を、宴の輝きはいつまでも照らしていた。
これにて完結となります。
シリーズの前二作と比べて少しシリアス風味でビターエンドな今作、いかがだったでしょうか。
今までの作品は本編の結末まで書き上げてから投稿することが多かったので、連載形式の今作は作者としても新しい試みでした。
最後まで書ききるには長い話だったので、今回のような公開方式となりました。
(あと連続投稿企画のリワードが、欲しかったんじゃよ……(小声)
ただでさえループものという頭使うジャンルなのに、行き当たりばったりで書くものだから読みづらい個所もあったと思います。
リアルタイムで読んでくださった方は本当にありがとうございました。
書きながら投稿していると当初の想定といろいろ違うところも出てきて(特に王家の三兄妹)、初期の描写とか設定にどう折り合いをつけていくか、試行錯誤が大変ですが楽しかったです。
そんな今作ですが一つだけ変えないと決めていた結末があります。
一作目を読んだ方は察しておられたかもしれませんが、このお話、クロエが生き延びる話としては勝利だけど、トリスタンとの恋愛物語としてみると悲恋なんですよね。
それだけは変えないでおくという決意表明のつもりで、平民聖女ラストの結婚式に伴侶のいないクロエを出しておりました。
さて、人の営みは続いていくというクロエの所感の通り、大鷲大陸シリーズはまだまだ続きます。
よろしければ次回作にもまた、お付き合いください。




