終生不変
そして場面は作戦決行の夏へと戻る。王妃エウラリアと対峙したクロエは、淡々と呼び掛けた。
「王妃陛下。高貴なお方に縄をかけるような真似は避けたいと存じます。潔く従っていただけますね?」
「たかが公爵家の小娘が偉そうに……!」
激昂して暴れようとしたエウラリアは、後ろから腕をひねられてよろめいた。背後を振り返ると、クロエとよく似た面立ちの女が彼女を拘束したところだった。
「ディアナ・ローラン!貴様、わらわにこのような真似をしてただで済むと思うな!」
「あら、娘の宣告を聞いておられなかったのですか?現行犯を確認してからの確保ですから、何も問題ございませんわ」
ディアナ・ローラン公爵夫人は、かつてアンリエットの護衛候補だったほどの武闘派である。武術の心得を持たぬ王妃が太刀打ちできる相手ではない。
母がしっかりと王妃を抑えてくれているのを確認して、クロエはさっと室内を見回した。
「レオノール!阿呆、どうしてもっと早く助けを呼ばんかったんや!」
「……中途半端じゃ、言い逃れできるでしょ」
背後ではカルロが自分のケープをレオノールに着せかけており、レオノールが震えながら憎まれ口をたたいている。
先ほどクロエが魔法で吹き飛ばした狼藉者をみれば、険しい顔をしたトリスタンが取り押さえていた。
全員が範囲内に収まっていることを確認すると、クロエは絨毯の下に仕込んだ魔法陣を発動させた。
目前の景色がぐにゃりと曲がり、レオノールの部屋に現れた時と同様に転移の魔法が作動する。
次の瞬間、目の前の光景は王女の私室ではなく、城内の会議室に変わっていた。
最大収容人数は二十名ほどの、中規模の会議室である。三方を長机にぐるりと囲まれた中心に一同は転移してきたのだった。
会議室の正面、通常なら議長席となる場所には、重厚な黒檀の机が据えられている。
その机を挟んでジェラール王とローラン公爵シリルが向かい合わせに座り、盤上遊戯に興じていた。
頬杖をついたシリルが将軍の駒を取り、魔術師の駒を置いて王手をかける。追い詰められたジェラールは、ふと人の気配に顔をあげて、驚きに目を見張った。
反対にシリルは一見平素と変わらぬ穏やかな表情でクロエたちを迎える。
「やぁ、待っていたよ。ご苦労様。結局、すべて彼の言った通り?」
「はい。カルロ殿の証言に、相違はありませんでした」
頷く娘に納得の表情を見せるシリルとは反対に、ジェラールは上ずった声を上げた。
「シリル!これは何事だ!?」
お見せしたいものがございますので、ゲームでもして待っていましょう。シリルからそう誘われて盤上遊戯に付き合っていたジェラールは、なにがなんだかわけがわからないと言いたげだ。
王の傍に控えている側近や護衛も、緊張の眼差しである。
「クロエとトリスタンが開発した転移の魔法ですよ。娘たちはなかなか優秀でしょう?」
「この魔法を見せたかったのか?しかし、この状況は一体……なぜ王妃が」
王妃様はさっきから妙におとなしいな、とクロエが振り返ってみれば、エウラリアはディアナの魔法で座らされ、防音の魔法がかけられた布で口を覆われていた。
憤怒の形相で口元がもごもごと動いているので、何やらこちらを罵倒しているようだが、声は届かない。
トリスタンはといえば、きわめて事務的な態度のディアナとは反対に、捕らえた男を憎しみに満ちた目で睨みつけていた。かろうじて殺さないでいる理性は残っているようだ。
クロエが正面に向き直ると、廊下をバタバタと駆ける音が響いた。
「父上!私が母上の子ではないとはどういうことですか!?」
会議室の扉を蹴破るような勢いで飛び込んできたのは、王太子リュシアンである。
「よくぞおいでくださいました、王太子殿下。どうぞおかけください」
「ローラン公爵……?」
「皆様にお集まりいただいたのは、とある事実確認のためでございます」
リュシアンに着席を勧めるシリルを見て、ジェラールの顔が引きつった。
「待て、シリル、いったい何を明かすつもりだ!?」
「国の今後にかかわる重大事実の全てを」
いつもと変わらない恭しい態度で王に告げたシリルの目は、笑っていなかった。
その目を見たジェラールは一瞬ひるんだように息をのんだが、大きく一つ息を吐いて、余裕そうな笑みを張り付けた。
「奥方が王妃を捕縛しているようだが、ついに妃の悪事を突き止めてくれたのだな?よくやってくれた」
そう感謝しながらも、やれやれと言わんばかりに肩をすくめて見せる。
「だがな、シリル。王妃から何を聞いたのか知らないが、罪人の言うことを真に受けて重大事実とは大げさではないか?」
「王太子殿下の母君に関する事柄が大げさ、でしょうか?」
「なに、そなたが疑いたくなる気持ちはわかるぞ?リュシアンは王妃には似ず、賢く優しく勇敢な英俊だからな」
「王妃陛下に似ておられないのは当然でしょう。血が繋がっていないのだから」
シリルがそう告げると、王の醸し出す空気が変わった。
「……ローラン公爵。非公式の場で、友の言うことゆえ、一度限りは聞かなかったことにしてやる。それ以上くだらない憶測を口にするのはやめてもらおう」
威圧するような、怒気のこもった王の言葉をシリルは受け流して、リュシアンに向き直った。
いわれたとおり会議室の椅子の一つに腰かけたリュシアンは、所在なさそうに父親たちの会話を聞いている。
「リュシアン殿下。あなた様のお母上はセギュール公爵家の亡きご令嬢、アンリエット様に在られました」
「聞くな、リュシアン。でたらめだ。シリルはあまりにもお前の出来が良いものだから、淑女の鑑と賛美されたアンリエットの子などと、妄想を抱くようになったのだ」
全く異なる意見を聞かされたリュシアンはしばし困惑したのち、口を開いた。
「しかし、父上。ローラン公爵ほどの賢臣が、証拠もなくこのような事を言い出すでしょうか。公爵、王に異を唱えるからには根拠があるのだろう?詳しく聞かせてくれ」
「もちろんでございます。十六年前、王妃陛下が男女の双子の御子をお産みになった。これは間違いありません。しかし、一年ほどして男児の方が入れ替えられたのです」
十五年前交わされた国王ジェラールと王妃エウラリアの密約を、シリルは滔々と語った。
ここで「黙れ」などと騒ぐのはかえって信憑性を高めるとわかっているのか、ジェラールは赤黒い顔でシリルを睨みながらも沈黙している。
「私が、セギュール公爵令嬢の息子……?だとしたら、入れ替えられた本物の「リュシアン王子」はどこに?公爵の口ぶりでは、死んではいないのだろう?」
「ここにおるで」
ケープでぐるぐる巻きにしたレオノールをクロエに預けた後、カルロが立ち上がった。
金の巻き毛に青い瞳の垂れ目、レオノールと同じ特徴を持つ、同じ年頃の美男子。
その姿を見たジェラールはおかしそうに高笑いした。
「ローラン公爵!まさかとは思うが、その薄汚いリケッツア人が証拠だと言うまいな!?確かに顔立ちはレオノールや王妃に似ているようだが、役者でも雇えば済む話であろう」
勝ち誇った顔の友人を、シリルは静謐な眼差しで見つめた。
「……血を分けた子を前にしても、真実をお認めにはならないのですね」
「失望することないで、公爵のおっさん。俺の生物学上の親父がクズなのはわかっとったことや」
仮にも公爵と一国の王に対して無礼極まりない口を叩くカルロを排除しようと、ジェラールは背後にいた側近に命令しようとした。
シリルはそれをやんわりと遮り、王に尋ねる。
「ところで陛下は鼻紋というものをご存じでしょうか」
「は?」
突然の話題変換に思わず聞き返すジェラール。シリルは王の返答に興味はなかったようで、すぐに続けた。
「牛などの家畜の鼻の皴のことです。これは生涯変わることがなく、個体ごとに異なっているそうですよ。酪農家は、鼻紋で自分の牛を管理できるということですね」
こんな局面で無ければ興味深い雑学の一つとして聞き流したであろうその話に、ジェラールはとても嫌な予感がした。
「実は同じように人間にも、指紋といって終生不変の模様が指先にあるのです。……君が正直に認めてくれれば、私とてこんなことまではしたくなかった」
シリルは王の友人としての言葉をぽつりともらした後、魔道具の呼び鈴を高らかに鳴らした。
しばらく澄んだ音が響き渡ったのち、会議室の扉が開く。初めに姿を現したのはトリスタンの父親であるラザロ・リシャール伯爵だ。
そしてラザロに案内されてやってきた人物が三人。
老齢ながらしゃんと背筋を伸ばした威厳のある老人と、老人に似た中年の男性。そして彼の隣に寄り添う妙齢の美女だ。
いずれもジェラールがよく知る人物だった。
「ご足労いただき感謝いたします、セギュール公爵家の皆様方」
シリルが慇懃に礼をとる。それもそのはず、三人はローラン家と同じ家格を有する公爵家の人々だ。
老人は前当主にしてアンリエットの父親、グレゴリー・セギュール。隠居した現在も政界に影響力を残す重鎮である。
中年男性は現当主でアンリエットの兄、そして美女はジェラールに代わってセギュール家との縁を繋ぐべく、現当主に嫁した王妹だった。
「そなたたち……なぜここに?」
「あら、かわいい妹に対して随分なお言葉ではなくて、お兄様?」
セギュール公爵夫人が皮肉気に笑い、まぁまぁと夫がなだめた。
「我ら夫婦は父の付き添いで、此度の見届け人にございます、陛下」
見届ける?いったい何を?内心で混乱するジェラールを、グレゴリー翁が刺すような眼差しで見つめた。
「拝謁の機会を賜り光栄に存じます、陛下。本日は一つお伺いしたく参上いたしました」
慇懃な口ぶりとは裏腹に鋭い目を向けられ、ジェラールは胸の内でますます焦燥を募らせる。
「十五年前。わしの孫は……アンリエットが産んだ男の子は、急逝したと知らせを受けました。あの時の驚きと悲しみは、今でも鮮明に覚えております」
アンリエットの出産はごく一部の限られた者以外には伏せられていたが、実の父親であるグレゴリーはもちろん例外だ。
多忙な仕事の合間に時間を見つけては夫婦で修道院に足を運び、孫の成長を見守ってきた。
娘を亡くしてからふさぎ込むようになった妻も、孫と触れ合う時だけは生気を取り戻していた。
グレゴリー夫妻にとって、娘の忘れ形見は何よりの救いだったのである。
孫が王位継承権を放棄することで、自分たちが引き取れないか王に掛け合っていた矢先のことだ。
元気だったはずの孫が急死したとの知らせが入った。
せめて弔ってやりたいと申し出ても遺体を一目見ることすらかなわず、妻は生きる気力を失って病死してしまった。
「陛下、当時はいくら問い合わせてもお答えいただけなかったことを、今一度お尋ねいたします。あの子は本当に亡くなっていたのですか。なぜ我らはあの子の葬儀もさせていただけなかったのですか」
グレゴリーの語り口は穏やかなのに、誤魔化しを許さぬ気迫があった。
ジェラールが返答できずにいると、グレゴリーは傍らに大事そうに抱えていた書類入れから一枚の厚紙を取り出した。
紙の真ん中には、小さな赤子の手形が押されている。
貴族や裕福な平民の間では、子供の成長記録の一種として、子供の手形を残しておくのはよくあることだ。
ローラン家の談話室にも、クロエが生まれたころの手形が飾られている。
同じように、グレゴリー夫妻も孫の手形を記念にとって、大切に保管していたのである。
「不躾ながら、会話は隣室で聞いておりました。陛下があそこまで否定されるのならば、きっと王太子殿下はアンリエットの子ではないのでしょう。ですがローラン公爵の話を聞いた以上、確認せずには居られぬのです」
もはやジェラールの顔は真っ青だ。シリルがまっさらな紙とインクを手に立ち上がった。
「リュシアン殿下、お手を貸していただけますでしょうか」
「やめてくれ!!!」
シリルが一歩リュシアンに近づこうとしたところで、ついにこらえきれなくなったジェラールが叫んだ。
「……リュシアン殿下がアンリエット様の御子と認める、ということでよろしいでしょうか」
再び着席したシリルが、冷ややかなまなざしで友人と思っていた男を見つめた。セギュール公爵夫妻も似たような失望と軽蔑を浮かべている。
「なぜですか、陛下。なぜ、私どもからあの子を取り上げるような仕打ちをなさったのですか!?」
グレゴリーが悲痛な声で訴えた。
「政治的に必要なことだったのであれば、二度と孫と呼べずとも、元気に生きていてくれればそれでよかったのです!わしらに隠したということは、疚しいことをしている自覚がおありなのではございませぬか!?」
「違う、私は、そんなつもりではなかった!奥方のことは残念だったが、公爵家の庶子より次代の王となったほうがリュシアンの幸せになると、良かれと思ってのことだったのだ!」
破れかぶれにジェラールは叫んだ。
「だいたい今はローラン公爵がリュシアンの偽物を用意したことこそ問題であろう!僭称の大逆である!!」
ジェラールがカルロを指さすが、密偵の青年は冷ややかな眼差しで動揺を見せなかった。
溜息一つ、シリルが口を開く。
「陛下。指紋が同じ人間はおりませんが、双子のそれはとても良く似ております。……お二人とも、こちらをどうぞ」
シリルに促されてやってきたレオノールとカルロが指にインクを塗り、紙に指先を押し付けた。二人が指を離した後には、細部は異なるものの、よく似た模様の指紋が並ぶ。
「顔立ちや年齢だけならまだしも、指紋まで似た役者など、あまりにもできすぎではありませんか?」
冷静に、淡々と述べるシリルとは反対に、ジェラールの目は血走り、体は怒りと不安に打ち震えていた。
いっそ、レオノールとカルロをまとめて自分の子ではないと宣言してやりたいくらいだったが、レオノールは王家の血統魔法の使い手だ。
王妃の不貞の子だとするには、さすがに無理があった。
実のところ双子の指紋が似ているのは一卵性の場合がほとんどだそうです。
男女双子(ほぼ確定で二卵性)のカルロとレオノールの指紋が似ていたのは割とご都合主義だったり……(ごにょごにょ)
ま、まぁエンタメ小説なので見逃してください!!




