秘密の倉庫に潜入しました
「………ここが、例の剥製が管理されているらしい倉庫だ」
貧民街から離れ、街の中心よりやや北に位置する閑静な住宅街。その一角を堂々と牛耳る圧迫感すら感じる大きな倉庫には、常駐で警備が置かれている。隣家からも乗り移れぬよう隣家より背のある塀も築かれ、その警戒具合が建築物そのものから物々しさすら漂う。
「なんでこんなのが住宅街なんかにあるんですか」
「この辺は商業ギルドが管理していて、ギルド職員が生活するための貸家なんかが乱立してる。ここの倉庫管理をしてるやつらは軒並みこの辺に住むって寸法だ」
「そういうことですか」
得心がいって頷いたカイトに、憮然とボスが尋ねる。
「それで? その黒猫に何させるんだ? こんな厳重に警戒されている場所に早々に入り込める手段なんてないと思うが」
「さぁ、それはネロにまかせてみないと……ネロ、どうかな?」
足下のネロに屈みつつ尋ねると、ネロは周囲の環境をぐるりと見回して言った。
『月明かりもしっかりあるし、問題なくできるにゃ。あるじー、ちょっとみんなで壁の近くでくっついてて欲しいのにゃー』
言われたとおりに全員で身を寄せ合うと、ネロはその回りをくるりと一周してから二股の尻尾で地面を叩く。
『影の箱船』
宣誓と同時にネロを起点に黒い円が地面に浮き上がると、瞬く間にカイトの腰の辺りまで伸び上がってくる。円柱の箱の中に入ったかのような状況に、カイトは瞠目、ボスと沈黙を貫いていた側近も息を呑む。
『上がるにゃー!』
そのまま円形の影から一本の太い線が塀の方へ真っ直ぐ伸びて、ネロの宣誓と同時に視界の景色が動き出す。
「…………え、エレベーター………」
「な、んだこれは……」
「………とんでもないですね」
常識の埒外の魔法行使に絶句するしかないボスたちに比べ、カイトはこの魔法が何を参考にしたのか分かるだけに苦笑しかでない。こんなことできたのか。
『このまま塀の上に上がるにゃー』
幸い砦のように外壁の上に人が通れる通路は造られていない。その代わり巡回の警備員が外壁の内外で周囲を警戒しながら歩いているのだが、一向にこちらに気付く素振りを見せずカイトは首を傾げた。
『闇魔法のひとつに認識阻害があるにゃー』
疑問に気付いたのか、ネロが明確な回答を口にする。なるほど、隠密行動にはもってこいな魔法である。
塀を円柱の中に立ったまま乗り越え、今度は下降が始まる。この頃にはもう、落ち着いたボスたちがやや疲れたような顔でこちらを見てきた。
「………お前、とんでもない従魔ばかり連れてんだな」
その言葉に吃驚した。
「ーーー何のことですか」
「ティオの周りの人間については探らせてある。カーバンクルにフェニックス、次いで隠密行動に向いたこいつ。まさかと思うがその狼も規格外の能力持ちだったりしないだろうな」
ーーーアルの正体いつ掴んだんだよ?! 見せたの一回だけだぞ!
「まさか、そんな」
ひきつりそうな表情筋を意識を総動員して動かし、何気ない風を装うも、ボスの目は胡乱だと言わんばかりにこちらを見つめてくる。
「………吐け。ティオの周りの危険因子なんぞ早々に掃き溜めに打ち捨てる」
「そんなこと言われても……」
「は、け」
迫られるも、何とか誤魔化せないかと視線を彷徨わせるカイトに、絶対に何かあると確信したボスだが、その詰問に制止をかけるように魔力が膨れ上がった。
『カイにぃいじめるなキュー』
結界により物理的な接触を絶ったレンは、そのままボスに体当たりする。
『ネロの魔法範囲内であることに感謝するキュー』
そうではなかったら、この程度では済まさないと息巻くレンに、ネロが魔法行使中でよかったとカイトは内心安堵する。
だがカーバンクルという種族ゆえ非戦闘種と判断していたレンが真っ先に物理的な手段を用いたことが想定外だったボスは、足に受けた衝撃を受け止めきれず尻餅をつく。
「………お、まえ! 初っぱなに喧嘩売るのがカーバンクルとかどんな育て方してんだ!」
「腫れていないか確認します」
衝撃を受けた箇所が前世で有名な歴史的人物も泣き所と例えられるところだったために、ボスの目に涙が滲んでいる。ボスを気遣うように部下が甲斐甲斐しく足の状態を確認し始める。
『到着にゃー』
そんなカイトとボスの会話を断ち切るように、ネロの呑気な声が響いた。
魔法が解除され、周囲を囲んでいた闇が晴れると、頼りない月明かりの下で見える巨大な建築物は異様さすら醸し出している。思わず固唾を飲んだカイトから離れ、ネロはアルに話を振った。
『アル、上の方に人が通れる程度の窓はないかにゃー?』
『確認してくるピィ』
羽ばたいたアルが下部は鉄格子などで侵入を防ぐようできているようだったが、上部の方に嵌め殺しの窓があるのを見つけてきた。
それに頷いて、ネロが再度影の箱船を起動、嵌め殺しの窓まで辿り着くと、ネロはたんと足を窓に触れさせた。
瞬間、鉄枠に嵌め込まれていたガラスが消失、ボスが唖然とする。
「………規格外にも程があるぞ………」
『枠に嵌め込まれてたものだけを空間収納しただけにゃー。壁と密着してる枠は無理にゃー』
それでも十分すぎるが。
なんの取っ掛かりもない壁に採光をとりいれるためだけに備え付けられただろう窓ゆえに埃を被っているし、内外どちらにも梯子すらかかっていないので窓を乗り越えても足場がない。しかも人一人がやっと通れる程度だ。どうするのかとネロを見れば、今度はルイにネロは話を振っている。
『ルイー、向こう側に足場つくってにゃー。あるじが落ちないように工夫もお願いするにゃー』
『任されたのー』
ネロの指示に頷いて、ルイが氷魔法を起動。壁の向こう側に氷の足場ができる。滑っても落ちないよう、武骨ではあるが器のようになっているのが素晴らしい。
順番に氷でできた足場に慎重に移り、全員が移り終わったところでネロが魔法を再起動、ルイが氷魔法を霧散させ再びゆっくりと闇魔法で下へ降りていく。
降りきった後、認識阻害で見回りの人間たちの意識の外に身を置きつつ、彼らは倉庫の中を見回っていく。
「目的のものはどこにあるんだ?」
「分かるわけねぇだろ。侵入自体初めてなんだ。だがーーー…」
ボスが立ち止まる。
「後ろ暗いものなら、大抵人目を忍ぶとこだろうよ」
皆様お久しぶりです。
こういう陰謀めいた話は書くの難しい…(  ̄- ̄) 難産ですわ……!時間かかりました。小説って難しいなと改めて感じました。
楽しんでいただけたら幸いです。
一時間後、もう一話自動投稿されますので、どうぞお楽しみください。