最終話 そして幸せは一つに
2017/1/25 新薬エイルメリンの描写を追加。
市立三鷹公園。
新緑のケヤキの並木のトンネルの下で、俺達は木漏れ日の下を歩く。
「おい、奈央、あんまり走ると転ぶぞ」
先を行く奈央に俺は注意した。
「転ばないっての!」
キッと睨んでくる彼女は妙に怒りんぼさんだ。
ツインテールにまとめた髪の毛が元気よく揺れている。
「ふふっ、奈央ちゃんはいつも元気だね」
俺の右横を歩くアリスが幸せそうに笑う。
もう十年近く経つが、彼女の解離性同一障害の症状は認められていない。
完治したと言っていいだろう。
エイルメリンと言う薬が上手く効いてくれた。
カルシウムとセロトニンに作用するこの薬が効いたと言う事は、アリスの脳内物質のバランスを保つ遺伝子に何らかの異常があったのだろう。
それに加えて家族の事故という精神的な強いストレスが引き金となって解離性同一障害を引き起こしていたと考えられる。
ただ、同じ症状であっても効果の無い患者もいて、多重人格についてはまだ解明されていない事が多い。
両親と妹の事については彼女の中で悲しい思い出として記憶されているが、それ以上に楽しい思い出もあった。今のアリスは全てを思い出している。
そして何より、新しい家族の存在、それが彼女にとって幸せだと言う。
俺の同僚として、またかけがえのない家族の一員としてアリスは思い出を共有している。
そしてこれからも――
「おとーさん」
「ん? なんだ、愛音」
俺は振り向く。そこにはまだ小学生になったばかりの娘がいる。黒目黒髪だが、顔の形はアリスにそっくりで美人さんだ。
性格は奈央とは対照的で大人しい。
「手、繋いでいい?」
「ああ、いいぞ」
小さな手を左手で握ってやる。
「私、賢一とこうして一緒に暮らせるなんて、きっと無理なんだろうなって思ってた」
アリスが言う。
「そうだなぁ…」
「あなたはきっと詩織さんを選ぶ。いつもそう思ってたから」
「うん」
「あの時の詩織さんみたいな家庭を築きたいな」
「ああ。アリスと三人で夕食を食べてた時か」
「ええ。それに、私のように困っている患者を一人でも治療できたらいいなって」
アリスもすでに医師として何人もの患者を救っている。
「ああ」
「賢一のおかげだね」
アリスが言う。
「いや、俺は別に」
「ううん、あなたがいなかったらどうなっていたか」
「葵さんや熊川先生もいるだろ」
「ええ、でも、賢一がいてくれて良かった」
アリスが微笑む。
「そうか。今の俺があるのも、アリスのおかげなんだけどな」
「私?」
「そうだ」
アリスと出会わなかったら、俺は途中で医師を辞めていたかもしれない。
「ううん、よく分かんないけど…それに詩織もいてくれたからじゃない?」
アリスが言うが、詩織は彼女にとっての理想の存在なのかもしれない。
「それはあるかもな」
「じゃ、感謝しないとね」
「そうだな。まあ、いつもしてるだろ」
「ええ? そうかもしれないけど…」
アリスが困ったように目を伏せた。
俺は八年前に詩織との恋人関係を解消した。
色々と迷ったのは事実だ。
周囲にも色々と言われた。反発もあった。
だが、それでも、この幸せを手に入れて正解だと思う。
アリスを助けたいという気持ちはたぶん、医者としての義務を超えた恋愛だったのだと思う。
だから俺は不誠実な人間だ。
詩織との約束も、破ってしまった。
「ごめんな、詩織――」
「もう、何なんですか、二人とも。それじゃ、まるで私が過去の人みたいなんですけど」
詩織が後ろから不満げに言う。
「え? いや、別にそういうわけじゃ…」
「なってない、なってないから」
アリスも慌てた様子で手を振る。
「言っておきますけど、戸籍上の妻は私、真田詩織なんですからね?」
「そんなの言わなくたって、みんな分かってるだろ」
「どうだか。時々、私って仮面結婚なんじゃないかと思えるときがあります」
「おいおい、奈央を産んでおいて、それは無いだろう」
「だって、奈央はアリスに懐いてるんですよ? 性格も私に似てないですし」
「今の私にもあまり似てないけど…」
アリスも言う。
「別に家族だからって性格が同じにならなくても良いだろ」
俺は不毛な言い争いを回避すべく言う。
「 そうだね 」「そうですね」
すぐに二人が頷いた。そして二人でくすりと笑い合う。
「じゃ、アリス、そろそろ賢一さんにも報告しておきましょうか」
詩織が言う。
「あ、そうだね」
アリスも同意したが。
「ん? 何かあるのか」
「はい。実は私達、また妊娠してるんです」
詩織が照れくさそうに微笑んで言った。
「ああ」
子供はもう一人くらい欲しいと三人で話し合っていたが、二人同時と来たか。
ちょっと計画をミスったかもしれない。
身重になると大変なんだよな。
片方ずつなら家事も分担できるから楽だったんだが…。
二人にどう声を掛けたものかと考えていると、奈央が向こうを指差して叫んだ。
「とーさん、アイスー!」
「そうだな。じゃ、全員分、買うとするか」
ケヤキのトンネルを時折駆け抜ける夏のそよ風は、ほんの束の間だけ心地良くさせてくれる。
それと同じように、今の幸せがいつまで続くかは分からない。
だが、この七人なら、きっと何とかなる。
そんな予感がしている――
蝉が鳴き始めた。
今年もまた暑くなりそうだ。
―― 完 ――
あとがき
完結しました!
ラストまで書き上がって最高に気分が良いです。
ただ前作よりポイントが落ちるとは…(´Д`;)
というか、思い切り外しましたね…。(*丿丿)
闇軍師でお気に入りに登録してもらった方には申し訳なかったなと反省しています。
ちょっとシリアスで流行のジャンルでは無さそうだというのは認識していたのですが…。
他にも色々問題点があるかと思いますが、次回作に注力するつもりなので、お手柔らかにお願いします。
どこかの話数で、「あ、ここ面白い」と思ってもらえたり皆さんの暇つぶしになれば幸いです。
「よーし俺がもっとまともな医療or多重人格モノを書いてやるぜー」なんて発起してくれたらいいなとも。
ではまた。




