第八話 ディスティニーランド
目覚ましが鳴り、すぐに手を伸ばして止める。
いつもなら休日だし、俺ものんびり起きるところだが、みんなと出かけるとあって今日は目が冴えている。
朝食のトーストを食べ、すぐに着替えて支度してアパートを出た。
バスに乗り、集合場所の三鷹駅に向かう。
「賢一さん」
駅前の広場にはすでに詩織が来ていた。
「早いな」
「はい、早く目が覚めてしまって。昨日、今日が楽しみであんまり眠れなかったんです」
恥ずかしそうに肩をすくめる詩織。
「そうなのか。ま、移動中に寝ててもいいし」
「はい。でも大丈夫です」
白いブラウスにピンクのカーディガンを羽織った詩織はいつも通りに可愛い。
「お早うございます」
「ああ、セリア」
白いブラウスに空色のスカートを穿いたセリアがやってきたが、お揃いの空色のリボンを付けていて、こいつ、前よりずっとオシャレになったよなぁ。
「今日はどこかに出かけるのか?」
黒のボストンバッグを担いでいるし、駅に来るからには遠出だろう。そう思って俺は何気なく聞いてみたのだが。
「む、聞いておられないのですか? 私もディスティニーランド・ツアーへの同行者です」
「ああ、そうなのか。珠美が友達を二人誘うっていうのは俺も聞いてたんだけど」
「そうですか。詩織さんも、今日はよろしくお願いします」
「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします」
礼儀正しくお辞儀し合う二人。
「セリアー」
手を振って黒崎がやってきた。黒のノースリーブのタートルネックに黒いミニスカート。青い宝石のペンダントをしているが、モデルみたいだよな、コイツ。
「お早うございます、沙希」
「お早う。詩織ちゃんも、今日はよろしくね」
この挨拶だと、黒崎がもう一人の同行者らしい。全然知らない奴が来るかと思っていたが、珠美も俺と詩織の知り合いの方がいいかと配慮してくれたようだ。
「あ、はい、よろしくお願いします」
「で、真田君は今日はどこかに行くの?」
黒崎が聞いてきたが。
「ディスティニーランドだよ。俺もこのグループだぞ」
「えっ! いや、ええ? 珠美とお友達数人って聞いてたのに、男だなんて…」
「そんなに気にしなくても、寝る場所は別々だぞ」
「あ、当たり前でしょ!」
ちょっと黒崎は気にしているようだが、珠美も事前にきちんと説明しておけと。
「あ、アリスちゃん」
詩織が言ったので気付いたが、アリスが来ていた。Gジャンにデニムのミニスカで、GRという派手なロゴが付いた黒いTシャツ。いつもと少し雰囲気が違う。
「お、お早うっス」
片手を上げてぎこちなく笑ったアリスだが。
「「「 んん? 」」」
俺も含めてその場にいた全員が戸惑う。
「どうしたの、アリス、ああ、テレビで流行ってる物真似とか?」
黒崎が聞いたが、なんだそれか。俺はあんまりテレビを見ないから分からなかった。テレビチューナーを買ったけど、要らなかったかも。
「い、いやー、アハハ」
頭を掻くアリスは外したからか恥ずかしそうに頭を掻く。
「気にしなくて良いぞ。俺や詩織はそれ、よく知らないけど、珠美ならウケるかもな」
「ん? ああ、そうだね! ま、今のは忘れて忘れて!」
手を素早く振ったアリスは、何かが違うんだが。
「あなたは誰ですか?」
セリアがそう言ったが、俺はドキッとした。
「い? い、いやー、アリスなんだけど」
「確かに、見た目はそっくりですが…放っている気が違いますね。私達と砂浜でビーチバレーをしたことは覚えているのですか?」
「もちろん! いやー、セリアの動き、ホント凄かったね。あんなに飛べるなんてさー。あたし、マジびっくりしちゃった」
「むむ、本人のようですね…」
セリアは少し納得した様子だが、俺は逆にコイツがアリスとは思えなくなった。
「アリス、その言葉遣いはどうした」
「えっ! ああ、うん、えっと、ちょっとしたイメチェン。イメチェンだ――です! アタシも今日は楽しみにしてたから、ア、アハハ…おほほほ」
そういう事か…。
新しい人格。すっかり忘れていたが、多重人格、解離性同一障害の子だった。
「ふう、ちょっと来い」
「ひゃっ、な、なに?」
みんなと少し離れたところまでアリスを引っ張って行き、言う。
「お前、アリスの記憶はあるんだな?」
「あ、あるけど…」
となると、これが元?
「全部思い出したのか?」
「え?」
「両親や葵さんの事だ」
「ああ、いや、親のことは覚えてないけど、葵さんの事は覚えてるよ」
親のことを忘れているなら、元の人格では無いと思う。
「そうか。お前はいつから出てきてる?」
「え?」
ずっと前からではないと思う。この喋り方や態度なら俺もすぐ気付いただろうし。
「賢一さん、どうかしましたか」
詩織がやってきてしまった。彼女にはアリスの多重人格の話は伏せている。だが、話しておいた方が良いかもな。機会を見てだけど。
「いや、後で話すよ、詩織。アリス、言葉遣いは気にしなくて良いから、普通にしてろ。余計に挙動不審だぞ」
「うう、やっぱバレたかぁ」
悔しそうな顔をしたアリスは自然体だった。演技では無いだろう。これで幼女やお淑やかな大人も演じ分けられるとしたら、大女優だ。
それに、この前アリスは自分の部屋に有った物を『自分の知らない物』と言った。音楽の嗜好まで変わるとは知らなかったが、仮にアリスが多重人格を演じているとして、好きでも無いCDを聞いて、それを俺にアピールする理由がどこにあるだろう?
「真田君、彼女の前で他の女の子と仲良くするのってどうかと思うわよ」
みんなの所に戻ったら黒崎が勘違いしてるし。
「そうじゃないって。それより、そろそろ時間だが、珠美の奴、遅いな…」
俺はその場にある支柱の時計を見て言う。
「私、電話してみますね」
詩織が携帯を出して呼び出してみたが、珠美はすぐ近くまで来ているという。
「やー、ごめんごめん」
「遅いぞ、珠美」
「だってぇ。もう一眠りと思ったら、ぐっすり気持ちよーく眠っちゃってさあ、あはは」
「もういいわ。早く行きましょ」
黒崎が言い、俺達は切符を買って電車に乗り込んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「よし、じゃ、せっかく来たんだから、ちょっと写真撮っておこうよ」
珠美が言う。ディスティニーランドの中に入ったが、ゴールデンウィークとあって、やはり人が多い。
他の客に頼んで、一枚、お城をバックに集合写真のような物を一枚撮った。
「ありがとうございまーす。じゃ、次は向こうだから」
珠美はプランを練ってくれているようで、彼女に付いていけばいいだろう。
と、誰かに肩を叩かれたので振り向くと猫の着ぐるみだった。
愛らしいデザインのキャラクターなのだが、近くで見ると表情が変わらないし、なんか怖い。
「んん?」
そいつはしきりに手を合わせて何か俺にアピールしてくるが、いや、何言ってるかさっぱり意味不明だから。
どうせ喋れるんだから中の人は喋れよと思うのだが。
「あ、ミケちゃん」
詩織も気付いて名を呼んだが、そうか、お前は三毛猫だからミケか。黒猫のクロは俺も知ってたんだが。
「え? え?」
詩織にもパントマイムをするが、詩織も理解不能の様子。
って、気軽にオマエ、他人の恋人の肩を触ってどこかへ連れて行こうとすんな。
俺がむっとしてミケの手をどかせようとすると、ミケはサッと詩織から手を放してゴメンのポーズ。
「わー、可愛い」
なんて詩織が言ってるが、コイツの中の人、絶対男だぞ?
「賢ちゃん、どうかしたの?」
珠美が戻ってきた。
「いや、コイツが絡んでくるから」
そいつは慌てたように違うよ違うよと手を振って、再び頂きますみたいなパントマイム。
「あー、写真か。そうね、じゃ、一人ずつ、ミケと撮っておこうよ」
珠美が一発で気付いて通訳してくれた。
「なんだ、写真か…」
ミケが大きく頷くが、喋れ。
「じゃ、撮るよー、ハイ、チーズ!」
詩織が一番手で、珠美がデジカメで撮る。肩を組んでくるミケにちょっとムカついたが、詩織は笑顔で楽しそう。
そしてミケが俺の側に来て背中を押す。
「え? 俺はいいっての」
「いいから、撮っておきなさいよ。ミーちゃんは女の子だゾ! モテモテじゃん!」
珠美が弾けるようなウインクで親指まで立ててくるが、わざとらしいんだよ。
「いやいや、コイツ、中身は男だって」
「もー、賢ちゃん、それ、営業妨害だから止めてね。子供も近くにいるんだし、みんなの夢を壊しちゃダメだよ」
そう言われると、営業妨害はともかく確かに大人げなかった。ミケの隣に並ぶ。だから、俺に気軽に触んなと。
「ほらほら、じゃれてないで、賢ちゃん、笑顔笑顔、カメラ目線! 他の子も撮るんだから早くして」
「くそ、分かったよ」
パチリ。
「はい、オッケー。じゃ、次アリス行く?」
「あ、うん」
「女の子が撮るのは分かるけど、男子が笑顔でツーショットってどうなのかしら」
と聞こえよがしに言ってくる黒崎。
「沙希、最近はLGBTなど、マイノリティーへの配慮が求められる時代です。他人の趣味にあれこれ言わない方が賢明でしょう」
と真面目くさった顔でいうセリア。
「ああ、なるほどねー、や、ごめんごめん、配慮が足りなかったわ、ぷぷっ」
「アホかお前ら、誰が着ぐるみを嗜好するかよ!」
全員がツーショットを撮り終えたと思ったら、今度はクロと犬っころもやってきて、妙に着ぐるみが俺らに集中してくる。
お前ら絶対、学生のバイトで、可愛い子目当てだろ?
ちゃんとその辺の子供の相手してやれと。
「やー、まさかキャラコンプできるとは思わなかったねー。なかなかムズいんだよ。アタシも十回くらいここ来てるけど、ダックス君は初めて見たわー。レアよ、レア!」
珠美が言うが、オマエ、十回もよく来たな…。
「ああ、そうなんだ。ふふ、良かった。ミケちゃんも凄く可愛かったし」
詩織が楽しそうだから良いんだけども。
「ミケもいいけど、アタシはクロが好きだぞ!」
アリスが拳を握りしめて自分の好きなキャラを熱弁しているが、なんか不思議な感じだなぁ。
「じゃ、次はカンブリア号に乗ろう!」
乗るという言葉に俺は不安を覚えたが、カンブリア号は遊覧船で、波も無い水路を回るだけだから、船酔いの心配は無いようだ。
「おー!」
テンションが高いアリスは、今日はずっとこのままなのかもしれないが、心配だから目を離さないようにしておこう。




