第七話 予兆
2016/12/5 若干修正。
四月が間もなく終わろうとしていた日、俺はアリスの大家である麗華の家に来ていた。
「お呼び立てして申し訳ありません」
麗華が頭を下げると、セレブっぽい巻き髪が一緒に揺れる。
知り合いなんだし、もう少し砕けた話し方でいいよと俺は麗華に言ったことがあるが、彼女はこの喋り方が板に付いているそうで話しやすいらしい。
「いや、それで、話って?」
「ええ、アリスさんの事ですけど、少し、様子がおかしいのです」
「むむ…どういう風に?」
麗華には週に一度くらいの頻度でアリスの状況を報告してもらっていたのだが、最近は世間話の方が多かった。
「時々、ぼーっとしていたり、レシートを見て考え事をしたり、他にもお手伝いさんの話では、夕食の時間と聞いて驚いたりしているそうです」
「そう」
それだけなら、別にそれほど心配要らない気もするが。
「それに、何か、私に隠し事をしているような…」
「隠し事?」
「ええ、どこかに出かけるのですが、どこに行ったか問い詰めようとすると、少し慌てた感じで、なんと言ったら良いか…彼女らしくありません」
「まあ、聞かれて困るような話だってあるんじゃないのかな」
確かにアリスの行き先は気になるが、何でもかんでも麗華に報告する義務があるわけでもない。
麗華が少し浮き世離れしているところもあるので、神経質になりすぎている気もするのだが。
「些細なことならいいのですが、ただ、私は友人としてアリスさんの相談にも乗ってきたので、困ったことがあれば話して頂きたいのです」
ひょっとして麗華には話しづらい事なのかも知れない。
「まあ、無理に問い質さずに、アリスが相談してきたらって事で」
「ええ。そうですわね。賢一さんには、何か相談したりと言うことは?」
「いやー、特には無いね」
俺は肩をすくめた。
アリスは俺のアパートにクッキーを持ってきて、一緒にお茶をしたり、その程度だ。先週はホーンテッドライダーだったか、そんなミュージシャンの話をしていたな。俺は流行の音楽はさっぱり分からないけど。
別段、アリスに変わった様子は無かった。
「そうですか」
「じゃ、ちょっとアリスに顔を見せてから帰るよ」
「はい」
アリスが住む離れ家に向かう。花壇は赤や黄色やオレンジ色と何種類も花が咲いてここは良い場所だ。
白い洋館玄関のベルを鳴らす。
「ああ、真田様、どうぞ中へお入りになって下さい」
メイドさんが笑顔でそう言ってくれたが、一般庶民の俺はメイドという存在には馴染みが無いのでここに来ると緊張してしまう。
アリスもどう接していいかよく分からなくて困っていると言っていたが。
応接間で出された紅茶を飲んでいると、アリスがやってきた。
「賢一さん、いらっしゃい」
「ああ、来たよ」
「はい。嬉しいです」
ニッコリ笑うアリスは、別段、何かに悩んでいるという風でもない。俺は安心した。
「最近、どう?」
向かいのソファーに座ったアリスに聞く。今日は白いタートルネックに長めのグレーのスカートという出で立ちだ。白いウサギのような愛くるしさがある。
「はい、暖かくなってきましたし、お花も綺麗に咲いているので散歩に出かけたりするのが楽しいです。ただ…」
「ん?」
「その…ちょっと、少し、気になることが」
「何だい?」
アリスは少しの間逡巡したあと、俺の目を見て話し出した。
「そのぅ、変に思われるかも知れませんが、最近、部屋に知らない物が有るんです」
「知らない物?」
「はい。黒いギターだったり、楽譜だったり、CDだったり、あと、ガムや服ですね」
「ふむ。知らないって言うことは、メイドさんが気を利かせて揃えてくれたとかじゃないのか?」
「いいえ、愛さん――メイドの方ですけど、愛さんは知らないそうなので」
「じゃあ、麗華…でもないか」
「ええ、あの方なら、私に直接、渡してくれたり、プレゼントですって言ってくれると思うので」
「となると、ああ、俺のプレゼントだと思ったか」
「はい」
「ちなみに――いや、それは無いか」
他の第三者がここに入ってくることは無いだろう。麗華の兄が帰ってきているという話も聞いていない。
俺は続けて質問した。
「それは今、どうしてるの?」
「片付けて部屋に置いてあります。CDは聞いてみたんですけど、ちょっと私の趣味には合わないというか…あ! でも、賢一さんがパンクロックが好きなら、私も好きになります」
「待て待て、俺は音楽なんて聴かないし、そういうのってさ、誰かに合わせる必要は無いよ。趣味って人それぞれだし、詩織はクラシックが好きみたいだけど、俺はそこまででも無いから。パンクなんて聴かないし」
「そうですか。ひょっとして賢一さんのオススメなのかなって」
「いや、違う。だから、無理して聴く必要は無いよ」
「良かった」
アリスがほっとしたように微笑む。そしてあくびをした。
「寝不足か?」
「あっ、ご、ごめんなさい、いえ、そんな事は無いですけど、春だからか、なかなかベッドから起きられなくて」
「あー、俺も布団から出たく無いんだよな」
「はい」
しばらく雑談に興じた後、俺は帰ることにした。
「じゃ、またな、アリス」
「はい、また」
洋館の外に出て門へ向かっていると、後ろから呼び止められた。
「真田様」
振り返ると、アリスの専属のメイドさん、愛さんだったか。
「はい。何ですか」
「二三、お伺いしたいことが。よろしいでしょうか?」
「構わないけど…」
「アリス様が昨日、外出されていますが、真田様はお会いになりましたか?」
「え? いや、昨日は会ってないけど」
「そうですか…」
深刻な顔になるメイドさん。
「別に、アリスがどこかに出かけても、構わないと思うけど」
「いえ、それはそうなのでございますが、夜更かしをして、普段とは違う格好をされているとなると…」
「違う格好?」
「はい。ジーンズのパンツや、黒のレザーのミニスカートです」
「レザー? それは」
アリスが穿いているところを想像したが、なんか違う。
「もう一点、真田様は最近、アリス様に冷たく当たられたり、その…告白を断った、というようなことは?」
「え? いやいや、そんな事はしてないし、アリスは俺に告白してきたりはしてないけど」
去年の夏、砂浜で俺と詩織のキスを目撃したアリスが慌てて逃げたり、ひょっとしたら俺が好きなのかという気もするのだが。
もちろん、俺がアリスに冷たく当たったりするわけが無い。
「そうでしたか。いえ、おかしな詮索をして申し訳ございませんでした。私の思い違いのようですね」
「ああ、うん…」
最近、アリスの見ているところで、詩織といちゃついた覚えも無い。
釈然としないまま、俺はアパートに帰った。
「うーん、アリスも気分転換したかったのかな? ハッ! ま、まさか、男?」
あり得る。
新しい男ができて、アリスがその男に趣味を合わせている……いやいや、アリスは自分で趣味と合わないCDだと言っていたし。
携帯が鳴り、珠美からだった。
「ディスティニーランドに行こー!」
相変わらずテンションが高い。
「はあ? 嫌だ」
「なんでよー」
「ゴールデンウイークにわざわざそんな混雑しそうなところなんて行きたくないぞ。春休みに行けば良かったのに」
「だって、春休みはスキーやらライブやら温泉やネトゲで忙しかったし、忘れてたんだよねー、くそー」
「勉強も思い出せよ」
「うわ、賢ちゃん、そういうこと言ってると友達に嫌われるよ? せっかく彼女との思い出作りに協力してやってるって言うのに」
「そこは…まあ、感謝はしてるが、ディスティニーランドはパスだ」
「なんでよう。詩織とか好きだよ? ああいう夢のあるテーマパークって。シンデレラでイチコロだよ?」
珠美が言うが、確かに詩織はああいうのは好きそうだ。
「うーん、でもな…」
「乗り物無し! あと、アリスもおまけに付いてくる」
「いやいや、デートに景品みたいな言い方すんな。アリスも来るって言ったのか?」
「うん。それに、もう予約のチケット、取っちゃったんだよねえ。ま、賢ちゃんがどうしても嫌だっていうなら、別の子を誘っていくけど」
「待て。アリスが行くなら、俺も行くぞ」
「うわ、本命はアリスか!」
「そうじゃねーよ。あくまで保護者としてだな…」
「あの子、保護者がいるような年齢じゃ無いでしょ。記憶は戻ってないんだっけ?」
「ああ」
「それは可哀想だけど、でも、普通に学校とかも行けてるって聞いたよ」
「んん? アイツ、学校に行ってるのか?」
初耳だ。
「おっと、それよりもさ、明後日から一泊二日の予定だから、上手く詩織を口説き落として連れてきてよ」
「ああ? お前から話せば良いだろ」
「ダメダメ、そこは彼氏が、詩織、一緒に行こうって低い声で誘わないと」
「うーん、まあ、予定を聞いてはみるけど」
「じゃ、頼んだよ。あと二人、可愛い女の子もおまけしておいてあげるから」
「お前な…まあいいや。じゃ、ちょっと聞いてみる」
「うん、任せた」
アリスは何も言ってなかったが、俺が帰った後で珠美が電話を掛けたんだろうな。
詩織に電話を掛けてみる。
「詩織、俺だけど、明後日と明明後日は何か予定が入ってるか?」
「いえ、特には無いです」
「そう。珠美がディスティニーランドへ行こうって誘ってきたんだが」
「あ、ディスティニーランド…。私、小学校の時に一度、両親と行ったことがあるんです。懐かしいな…」
弾んだ声になった詩織は行きたいようだ。
「じゃ、一緒に行くか」
「はい。あっ、えっと、ホ、ホテルの部屋は…」
「心配しなくても別々だ」
そこは紳士だからな。
「ああ。ですよね…」
「あと、珠美の友達が二人、付いてくるみたいだが」
「そうですか。賢一さんも行かれるんですよね?」
「ああ」
「じゃ、行きます」
よし、詩織も誘えた。
このところ詩織と遠出はしていなかったし、こういうデートもいいかと思った。一対一では無いけど。




